第5話
週末にまた公園で会う約束をし、そして約束通り昼過ぎに黒田さんはやってきました。三人で藤棚の下のベンチに腰掛けて、自販機で買ったコーラを飲みます。本来なら子供である二人を巻き込まずに解決したいところですが、校舎に入ったり他の子から噂を集めるのは黒田さんには難しいでしょう。週末に集まって情報を共有し、開かずの廊下が何なのか突き止める事。現状出来るのはそれくらいだとこの時は思われました。長住さんの祖父に無理矢理話を聞きに行くのも出来たかもしれませんが、タイミング悪く体調を崩し市内の病院に入院していました。これもまた符号の様な気がして気持ちの悪いものが込み上げます。
黒田さんは一息にコーラを飲み干して、さて、と切り出してカバンの中から取り出したのは数枚の紙。どうやらこの辺りの地図のようです。1枚目は3年前。今とほとんど変わらず、強いて言えば高層マンションがあるか無いかくらいの違いしかありません。町内の地図ですし、長住さんの行動圏内と大体一致していて馴染み深い、少し懐かしいものでした。続いて出されたのは30年程前のもの。ここで既に長住さん田添君の勝手知る街並みとは程遠く、黒田さんも産まれていない時代です。学校周辺はともかく1軒1軒の距離も若干あり、田畑や林が点在していました。更に遡って60年程前までいくと最早高い建物も無く、田畑とより鬱蒼とした林ばかり。家と家の感覚も更に広がり、数軒毎に固まっているような感じでした。
子供2人ではこんな地図さえも見つけられなかったのに、大人の力があれば簡単に見つけられるんだとかなりの力強さを感じました。同時に無力さも感じていましたが、それを察したのか黒田さんは「やれる事をやれる人がやる、それだけの事だよ。適材適所、君達にも出来る事はあるんだから」とフォローしてくれました。大人の余裕ですかね。にこりと笑ってくれたんですが、それがなんとも格好良くて、場違いにもドキドキしてました。横を見ると田添君が知った顔で私を見てニヤついていたので、軽く小突いたりして……すみません、ただの余談です。黒田さんはこれが大体120年前と言ってほぼ茶色で構成された地図を出しました。かなり昔の地図なので地図記号等はなく、ざっくりと地名や家名だけが書かれているものでしたが、私達はすぐさまある違いに気付いたんです。
「川がある」
田添君と目を合わせて驚きました。町の北側、学校から直線で500メートル行った所に大きな川が1本流れているのですが、その上流から分岐して大きく南にながれています。川があるのはまぁ普通ですが、現在の地図にその分岐した川はありません。古い地図を見る限りそこそこの川幅があるのに、どこにもその名残は無く立て看板や石碑の1つも見た事もない。大人になった今でも川1つ無くすのにどれだけの労力とお金が掛かるのか検討もつきませんが、当時から考えるとより莫大なお金と人と時間が必要だったのだと思います。更に黒田さんが驚くのはまだ早いと言うんです。
どういう事かと聞くと、残った1本の川を起点にして地図を全て重ね合わせていきます。古い順に重ね、一番上が3年前。全く同じ区域の地図ではないし縮尺も揃ってはいませんが、町の今昔が出来上がりました。仕切り直すように黒田さんは2人に学校の位置はどこかと再度聞きました。長住さん田添君は同時に学校を指さします。そうだね、と確認し、1枚捲ります。黒田さんはまた同じように学校はと聞き、2人は同じく指さしました。3枚目でも黒田さんは学校の位置を聞きます。2人は疑問符を頭に浮かべながらも学校を指さします。
いち早く気付いたのは田添君で、そのすぐ後長住さんもある事に気付きました。
「これ……今の校舎じゃない」
明らかに今ある校舎とは形が違う。長住さんは私に旧校舎を上から見た図を書いてくれました。
「コの字……」
書き終わる前に口にしていました。一昔前の校舎ですから、そういう形になる事は往々にしてあるでしょう。しかしこれには明確な意図があったと思わざるをえません。開かずの廊下の声と長住さんの祖父の言葉。私が勝手に因縁めいた物を感じて何か話そうとしたのですが、長住さんはそれを察して制して言うのです。
「いえ……驚くのはまだ早いんです」
そうです。まだ1番古い地図まで捲っていません。黒田さんが120年前の地図を見せながらまた同じ質問をしました。2人もまた同じく学校が出来る場所を指さそうとしました。しかし、指が降りきる途中で気付いたのです。
学校が出来るであろう場所は川と川に挟まれた、所謂中洲のど真ん中に位置し、その中洲には1軒を残して家が無い。その家を避ける様に川を挟んで建ち並び、まるで対岸から見張っているみたいだったそうです。
そして何より、2人が言葉を失ったのは取り残された家の家名に掠れた文字で
「長住家」
と、そう書かれていたからでした。
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