第4話

 菊池君と久保君とは席が隣で、私が真ん中でした。久保君が運ばれて菊池君が急な休みになってから両側が空席で、気が気じゃありませんでした。名前を呼ばれてはいませんが私も声を聞いていましたし、翌日普通に授業を進めようとする先生達が何かを隠していることは明白でした。深淵を覗けば…ではありませんが、私達子供が関わらない様にする必要があったのでしょう。じゃあ何でそもそも3階ごと、あるいは建て直したりをしなかったのか。答えが近くにあると知ったのはただの偶然でした。若かりし頃の祖父が校長室に飾ってある写真に写っていたからです。月に1度か2度程、校長室の掃除を各学年の学級委員が任されるのですが、溜まっていた埃を落とそうと額を外したのです。綺麗な雑巾で面と裏側を拭き終わり、元の位置に戻した時、目が合いました。私は帰宅後すぐに祖父の元に向かい、一体何が起きているのか問い詰めました。


 初め頑なに話そうとしなかった長住さんのお爺さんでしたが、声を聞いたと伝えると一瞬顔が曇りました。暫くの沈黙の後小さく「ゆれなとれなはきんくるな、こはかすがいな、もれでるくずしがいつきなむ」とだけ言って自室に籠ったそうです。当時の長住さんには一度ではどんな言葉の羅列か分からず、とにかく一言一句忘れない様にぶつぶつ唱えながらノートに殴り書きました。辞書を引いても「かすがい」「もれでる」くらいしか分かりません。建築用の釘が何なのか、何が漏れ出るのか。頭の中はそればかり。

 勉強もテレビもそっちのけで祖父の言葉を調べ始めました。当時家にはパソコンやケータイも無く、固定電話くらいしかツールが無い時代だったので、学校のパソコンを使う必要がありました。世間的にパソコンが普及していなかった訳ではありませんでしたが、純粋に長住さんの家に無かったというだけの話です。パソコンは1階のきらり教室に設置されているのですが、真上が件の部屋なので居心地は良くなかったでしょう。

 久保君を濡らしたあのヘドロが、天井から漏れ出る想像をしてしまったからです。起きないと分かっていても何度も何度も後ろを振り返り、天井の染みが広がっていないか確かめるのを止められません。夕陽が落とす影と染みに怯え、放課後の限られた時間で行う1人きりの作業は中々捗りませんでした。

 初日に大した収穫が無く、翌日もパソコンを使おうと教室へ向かうと、既に誰か座っていました。隣のクラス、1学年下の田添君でした。誰がパソコンを使おうと問題は無いのですが、この緊急時にとイラッとしてしまった長住さんは強い口調で「ちょっと、替わってくれる?」といい寄ります。しかし田添君はもう少し待ってくれと退こうとしません。急いでると伝えても自分も急いでいるとの一点張り。何を調べているのか気になり画面を覗き込むと、何故かこの学校のホームページが開かれているのが見えました。他のウィンドウにはコの字型の道具が。


 まさか、は的中したようで、彼も噂だけでなくて声を聞いていました。それからちょくちょくパソコン室で調べていたらしいですが、何故かこれといった手がかりがない。それになんと言っても私達はまだ小学生でしたし、もし重要な言葉が隠れていたとしても気付けるほど聡くはありませんでした。集まった情報は多くはありません。この校舎が建つ前には木造の旧校舎があり、それを取り壊したのが大体40年前。その旧校舎の建築の棟梁を務めたのがどうやら私の祖父でした。当時の写真はほとんど無く、校舎をバックに校庭で撮ったものぐらいしかありません。ホームページに載っていた名前を調べると、校舎の建築には当時の地主や村長なども参加する一大行事だったようです。地域初の小学校だったので様々な手助けが必要だったのかもしれません。かすがいは旧校舎に使われた資材を指すのではないか、という事で意見は一致しました。「くずし」については漢字も分かりませんし、女の子がどう関係しているのかも不明のまま。とにかく調べ続けるしかありませんでした。進展があったのはそれから1週間後、役場で昔の地図を見せてもらおうとして逃げ帰った公園での事です。学校の名前を出した途端、分かりやすい作り笑顔であれこれと役場のおじさんが聞いて来たので脱兎のごとく逃げ帰ったのですが、それを見ていた人がいました。黒田さんという人で、私達と同じ学校の卒業生でした。


 黒田さんは丁度10年前に卒業し、大学を出てすぐ役場に勤め始めたそうです。話を聞くと黒田さんが6年生の時にも開かずの廊下は存在しており、同じくクラスメイトの数人が声を聞き、女の子が1人いなくなってしまったらしいのです。長住さんと田添君がいくら探してもそんなニュースはどこにも無く、その事を黒田さんに伝えると「この町はおかしいんだ」と呟きました。何を思ってそんな事を呟いたのかは分かりませんでしたが、空寒い感覚が2人を覆い尽くしていくのを感じました。


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