絶対別れる5秒前

「そんなことしたら絶対に別れるから!!!!!!!!!」


ヤバいわ、これ。

恐らく人生で一番修羅場だわ。

今年で20歳、普段は何の変哲もない大学生だが、今日だけは違う。



















おしっこが世界一漏れそうな大学生だ。



ちょっと待て、話だけ聞いてくれ。

別に漏らしそうって言っても俺が悪いわけじゃあない。どうしても、どうしてもトイレに行けない状況が続いているだけだ。



何でトイレに行けないかって?

簡単だよ。







「やっぱ限界、漏らしていいか?」

「ダメに決まってるでしょ!!!!」

「無理だって。高所恐怖症なのに観覧車に乗れただけでも奇跡だわ。あ、下見たら漏れそう」

「アンタが乗るって言ったんじゃん!ほんとにマジ無理!降りたら本当に別れるかも知れない!」

「無事に降りれたらね」

「マジ最悪、何でこんな事になんのよ」


そう、観覧車で閉じ込められちゃったんだよね。しかもめっちゃ上で。彼女と一緒に。


いや〜、かれこれ3時間くらい?

ずっと動かないわけなんですけれども。

どうなってるんですかね?

結構なニュースになるんじゃない?




待って、ニュースになってたとして、

下に記者とかいて、撮影された時におしっこ漏らしてたら、ネットで笑いものになる!?


「漏らせない事情ができたわ。何としてでも生きて帰ろうな」

「いや、カッコよく言ってるけど内容カスだし取り返せないから」


あ〜あ、調子乗って観覧車でロマンチックな雰囲気出そうとしなければ良かった。

昨日見たドラマでは上手くいってたのに。

こうなったのも、あのドラマ勧めてきたアイツのせいだな。アイツが観覧車マジでいいとか言いやがったから。

降りたら必ず捕まえてなんか色々してやる。


「と言うか流石におかしくないか?アナウンス流れてから一向に直る気配なくない?」

「私に聞かれても知らないわよ」

「警察とか電話した方がいいんじゃね?ちょっと俺かけてみ『それはやらなくていいんじゃない!?』...なんだよ、急に大声出して」


俺が電話しようとしたら大声で遮られてしまった。


「いや、そういうのは普通向こうの人がやってくれてるじゃん?もうちょっと待てば動いたりするかもだし!もうちょっと我慢しようよ」

「いや、割とマジで限界だし。おしっこも精神も」

「さっきからおしっこおしっこうるさい!男なんだから我慢してよ!」

「すっごい理不尽」


でもおかしいよな。

普通もうちょっとアナウンスとかあってもいい気がするし。


「なあ?やっぱりさ、電話しようぜ?おしっこ漏れそうなのもあるけどさ。普通におかしいって。他の客とか大丈夫なのか?ちょっと下見てくれよ。俺は見れないからさ」


「え?あ〜......なんかみんな大丈夫そう?3つぐらい下に見えるけど楽しそうに話してるっぽい」


「意外とみんな平気なのか。凄いな最近の若者」

「いや、あんたも一緒でしょ」

「それでも、やっぱり電話を」


ガタン!!!!


「うわ何、死ぬ!?これ死ぬ!?動き出しただけ!?」

咄嗟に彼女の手を掴んでしまった。

せめて死ぬ時は誰かと一緒がいい。


「なっ!?う、うん、動き出しただけっぽい!」


「マジ!?急に落ちたりしない!?」

「大丈夫、多分大丈夫」


かなりみっともない姿を晒していたが、動き出した時ならアナウンスが流れ始めた。


『大変お待たせして申し訳ございません。ただいま復旧致しました。到着までもう暫くお待ち下さい』


...随分呑気なアナウンスだな。

降りたらマジで警察に通報するからな。


「と、とりあえず良かったじゃん。そんな怖い顔しないでさ」


おっと、どうやら怒りが漏れていたようだ。

彼女が結構心配している。


「...降りたら絶対通報する」

「う、うん。ていうか、手...そろそろ離して欲しいんだけど」

「ああ、わりぃ」


さっきからずっと握りっぱなしだった手を離した。

すっごい汗まみれだったので本格的に嫌がられたかもしれない。


「ごめん、何か今日の俺めちゃくちゃカッコ悪いわ。別れるなら今のうちに言っといてくれよ」


今なら恐怖とか、いろんな感情と一緒に流せる気がする。


「いや、いつもカッコ悪いし気にしてない。というかアニメとか見て独り言言ってる時が一番キモいからそっち何とかしてよ」

「いや、あれは!ちが...まあ。うん」


そっか、優しいな。俺の彼女。

本当に漏らしてなくて良かった。あとちょっと頑張れよ。俺の膀胱。



「というか、あの状況で冷静でいられるの凄いな。なんか、カッコよかったわ」

「え?ま、まあね」

「惚れ直した。マジで結婚前提で付き合って欲しい」

「...あ、ありがと。でも、返事ちょっと待って欲しいかな」

「ああ、全然。いつまでも待つよ」


だっさい状況でプロポーズしちまった。

ただ、あの感じだとあんまりいい返事は来ないかもなあ。

でも、伝えるだけ伝えれたしよしとするか。


そんなこんなありながら、遂に地上に足をつける時が来た。


来たのだが...


「なんかおかしくね?」

誘導員に降ろされたが、周りに知ってる奴が多すぎる。


「え、何これ?どういうこと?何でみんないんの?」


全然状況が理解できない。

そんな中、彼女が何か持ってこっちにきた。


「じゃ、じゃじゃーん。ドッキリ大成功...なんちゃって...」


「...帰る」


「ゴメン!本当にゴメンって!ちょっと!」


「許さない!まさか動画だとは思わなかった。もういい!絶対許さない」


朝野 次葉

そう、俺の彼女は有名なネット配信者であった。


「まさかあんなに怖がると思わなくて!」

彼女が必死で腕を掴み止めてくる。


「知るかよ!あーあ!男子の純情な心をネット配信者に弄ばれた!」


「ゴメンって!絶対再生数稼げるから!おしっこのくだりマジで面白かったから!」


「おい、もしかして公開する気か???ダメだぞ???絶対にダメだぞ???」

「い、いやあ正直ここ貸し切ったりするのにいっぱいお金使ったし...」

「そもそも配信者に彼氏がいることバレるのが良くないだろ!!!俺の人生終わらせる気か???」

「それを差し引いても面白かったから!!!いいじゃん!!!お願い!!!!投稿させて!!!!」


そうやって必死に頼み込む彼女に向かって俺はこう言ってやった。


「そんなことしたら絶対に別れるから!!!!!!!!!」


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