第2話

けたたましいアラームで意識がぼんやりと覚醒した。締め切ったカーテンと窓を開けて日光と朝の新しい空気を取り込む。眠気が残って重くなった空気がすがすがしいものと入れ替わっていく中で深呼吸をして起きがけのコーヒーをちびちびと口にしながら今日の予定を頭の中で反芻する。

 あれから彼女のおかげで精神状態は以前よりも比較的に落ち着いてきており、理解のある職場に採用された。時間はやはりかかったけれど、何とか人並みの生活を送ることが出来ている。今でも彼女との交流は変わらずに続いていて、定期的に通話して取り留めもない話に花を咲かせている。私が彼女に話す話題も昔と比べればまあまあ明るいものが増えたし、口数も増えているのではないだろうか。新しい仕事の話や外出先での出来事、読んだ本の話など、彼女は終始相槌を打ちながら聞いてくれる。彼女は話し上手で聞き上手なのでつい話過ぎてしまう。

 今日は彼女と通話する予定があるので私はすこぶる機嫌がよかった。仕事が終わってから約束の時間までは余裕があるので近所のスーパーにでも寄って何か好きなものを買って帰る。支度を終えて出勤する私の足取りはいつもより軽やかだった。


 新しい転職先は前の職場と比べればかなり良心的な就業条件だと思う。前の職場は所謂ブラックと評価してもいいところで、肉体的にも精神的にも限界を超えて働いていた。日々課されるノルマを達成するためのサービス残業で帰宅できないなんて日常茶飯事だし、上司には毎日のように理不尽に怒鳴られる。社員一人ひとりも自分のノルマを終わらせることと上司に目を付けられないようにするのが精いっぱいで社内の空気は常にピリピリと張りつめて息苦しいことこの上なかった。そんな有様であったので、今の就業条件が人並み以上に良心的に感じてしまって少し居心地が悪かったが、最近は慣れてきた。他の社員との付き合いも程よくドライなので、ブラック会社特有の「アットホーム」さがないのはとても気を楽にしていられる。ちなみにこの職場で働けているのも彼女のおかげだ。彼女が勧めてくれたサイトで条件のいい会社を見つけることができた。

 予定通りに仕事を終え、帰りの電車ですぐに座ることが出来た。今日はなんだかついている気がする。しかもこの後は彼女との約束があるので気分がいい。両耳に突っ込んだイヤホンから流れる曲に合わせて歌いだしたくなってしまう気持ちを堪えてスーパーでいつもより少し値の張る酒と気になったつまみをカゴに放り込んでレジで支払いを済ませてビニールを片手に店を後にした。一人分の重みのビニールがカサカサと揺れる。この重みが二人分になる日が来たらどれほどうれしいだろうか。いつか彼女と同じテーブルで食事が出来ればいいのに。大皿に乗った料理を二人でつつくのはきっと一人で食べるよりも、彼女ではない他の誰かと食べるよりもおいしく感じるだろう。彼女との食卓を幸せに思い描いているうちに自宅に着いた。


つくづく幸せな脳みそだった。



 

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