明日、死んでしまうかもしれない

若葉

一般兵士の明日はきっと

「今回もダメだったみたいだよ、魔王討伐」




「これで何回目?」




「123回目とかじゃなかった?」




周囲がとても騒がしい。


魔王討伐失敗の件で話が盛り上がっているみたいだ。


なんでも、随分前に出た討伐隊の全滅が確認されたらしい。




「魔王討伐の件、聞いた?」


向かい側に来た友人からも同じ話題が飛んできた。


「聞いた聞いた、そこら中でな」




「音沙汰なくなってから随分と経ってたからあんまり驚かないけど、やっぱりダメだったか」




「まあ、そもそも誰も勝てると思ってないだろ」





この世界には魔王という魔物達の王がいる。


その魔王を討伐すべく勇者率いる討伐隊、勇者軍を何度も出しているそうだが今回も失敗に終わったらしい。




「そもそも今回の勇者ってアレだろ?前に魔大陸の島を制圧したとかいう冒険者」


「そうそう、名前なんだっけ?忘れちゃった」


「俺も忘れた。けど、どう考えても冒険者じゃ無理でしょ。前回の騎士団長でも無理だったんだから」


「確か志願勇者だったっけ?」


「そうそう、自殺志願勇者ね」


「あんまり言ってやるなよ」





勇者...聞こえはいいものの実際はそうでもなかったりする。これまで何十回と出撃し誰も勝てていない魔王相手に国の命令で出撃させられるのだ。誰も勇者になりたいなんて思わない。何か特別な力があるとか、魔王に対抗する手段があるとか、そんなものがあればいいのだが現実はそう上手くもいかず、国に貢献している者が勇者となり、出撃し、失敗する。そんな現状が既に何世代も続いている。




ただ、望んで勇者になりたがる変な奴もたまにいたりする。今回の勇者もその一人だった。何でも魔大陸にある島の制圧に成功した冒険者のリーダーだったようで、相当腕に自信があったらしい。結局失敗に終わったみたいだが。そんな、自ら死地に飛び込む勇者を自殺志願勇者...志願勇者と世間では呼ばれている。




「ってなると、また新しい犠牲者が生まれるわけか...」


「おいおい、せめて勇者と呼んでやれよ」


「魔王を倒せるようなら、勇者と呼んでやってもいい」


「いや、何様だよ!」




そんな今回の勇者の失敗の話をしながら夕食を食べ進めていた。こんなに笑いながら話せるのも、俺たちがそんな討伐とは無関係だからだろう。ただの王国軍の一般兵士。そんな俺たちは何処かの魔王による世界の滅亡より、明日からの任務の方が心配だ。




「勇者なんかより、明日の心配だよな」


「いやいや、心配って言ったって隣町の警備だろ?たかだか30日、何も襲ってきやしないって」


「いやいや、急に魔王が来るかもよ?」


「そしたら俺が倒して本当の勇者になっちまうか」




友人は明日からの任務に不安なんて無さそうだった。実際、比較的平和なこの国の周辺の町の警備、30日という期間とはいえ襲ってきても畑を狙った動物程度だろう。周辺で魔物なんて一度も見たことがない。魔王すら都市伝説なのでは?と思うほど平和だ。




「んじゃ、食べ終わったしチャチャっと明日の準備だけして部屋戻るか」


「そうだな」




そんなこんなで友人とは別れ部屋に戻ってきた。







「...まあ、心配なのは明日からの任務より、明日、自分が生きてるかなんだけどさ」





そう言いながら日記を開く。


日記を付け始めたのは


自分が変な夢を見るようになったからだ。









俺は、ちょっとだけ特殊だったんだと思う。


生まれてから大体1000日ぐらいの頃、


こっちでは月日の概念がないので曖昧だが、多分それくらい。


その頃から変な夢を見るようになった。




自分ではない同い年くらいの人間が、この世界でもない場所で生活している夢だ。


夢を見るようになってからは毎日見た。




ただ、時間の進みは夢の中のほうが早いようで、自分よりも早く彼は大きくなっていた。




その世界は不思議なところだった。


魔王なんていなければそもそも魔族も存在しない。現実の世界よりも格段に平和で、面白い世界だった。




世界は娯楽で溢れ、美味しそうな食事、幸せな生活がそこにはあった。


そんな世界で暮らしている彼がたまらなく羨ましかった。俺もそっちの世界に行きたい、そう思ったことは一度や二度ではない。




しかし、そんな夢の中の彼も不幸なことはあったようで、詳しくは分からないがイジメにあっていたらしい。次第に引きこもるようになり彼が10歳を迎える頃には家から出なくなってしまっていた。




そうなってしまってからは早いもので進展がないからか夢の中の時間はすぐに経ってしまい、こっちの世界では大体3000日程度経過した頃、彼は15歳になっていた。


その頃に、彼の世界では異世界転生モノと言われる作品がある事を知った。そして、恐らく自分はこれに近い体験をしているのだろうと、その時初めて理解した。





しかし、前世の記憶があったりするわけではなく、見る夢も曖昧で、夢の中の彼がそもそも前世の自分なのかどうかも分からない状態だった。




もしかしたら関係のない、ほんとにただの夢なのかもしれない。


そういう病気だったりするのかもしれない。


だから、せめて日記でもつけておこうと思った。




もし、彼の世界でいう異世界転生。


それが別の人でも起きているのだとしたら、この日記を見つけた時に何かが得られるかもしれない。


同じような状況の人がいたら、何かの参考になるかもしれない。


実際に病気なのだとしたら、何かの手掛かりになるかもしれない。


そう思いながらかれこれ今日まで欠かさず...ではないが色んな出来事を書いてきた。




夢の中のことだけではなく、今日1日あったこととか、誰にも言ってない秘密とか、いろいろ書いているので見られるのは恥ずかしいけど。


でも、今日...この日記を書くのはもしかしたら最後になるかもしれない。








恐らく...明日夢の中の彼は死ぬのだろう。


昨日見た夢で、久しぶりに外に出たと思ったらロープ等を買っているのを見た。


首吊りをするつもりなのだろう。何か調べ物をしているのも見た。


もし、夢の中の彼が今日死んでしまうとして、その先自分はどうなるのだろうか。


夢を見ることはなくなるのだろうか。


はたまたまた何か別の人の人生を見ることになるのだろうか。


もしかしたら、夢の中の彼が死んでしまったときにこっちの自分も死んでしまうのではないだろうか。




そんなことを思いながら、今日1日を過ごしてきた。




そもそも自分は彼の生まれ変わりなのだろうか?


もし自分が彼の生まれ変わりなのだとしたら、彼の望む転生はこれでよかったのだろうか。


ホントは彼の読んでいた話のように、勇者になって魔王に挑戦でもした方がよかったのかもしれない。




「こんな考えになるのが今更すぎるかな」




でも、いまからでも遅くないかもしれない。


明日からの仕事、もっと頑張ってもいいかもしれない。


何なら次の勇者...には無理だけど、勇者軍に志望ぐらいはできるかもしれない。




「...案外自分も変な奴だったのかも。いや、こんな夢を見る時点で変な奴か」




せめて夢の中の彼のためにも、挑戦ぐらいはしてみようかな。





そんな明日に夢を見ながら、今日の日記を書いていく。


昨日、彼が自殺する準備をしていたこと。


今日でこの日記が終わっていたら、夢の彼と自分に関係があったこと。


終わってなかったら、明日から勇者でも目指してやろうと思っていること。


この日記を見つけた人がいるならこんな奴がいたことを後世に伝えてくれたらいいな。





明日、仮に死んだとしたらだけどさ。


彼の世界に転生してみたいな。




そんな、夢を見ながら。




「...おやすみなさい」







一般兵士は眠りについた。

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明日、死んでしまうかもしれない 若葉 @wakana-101

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