第5話 距離感が掴め無い俺

 先が見えない程の深い森。俺の足は迷いなく家へと向かう。視界に入る景色は同じで、初めてこの森に入れば、間違い無く遭難。しかし、俺はこの森に来た時から、一度もそういった最悪な事態を経験した事が無い。

「…あの…」

 俺に抱き抱えられた少女が、おずおずと口を開く。小動物を思わせる可愛らしい声だ。

「どうした?」

「私は殺されるのですか?」

「……」

 少女の問いに、俺は歩みを止めた。少女の身体は小刻みに震えている。

「どうしてそう思った?」

 俺の問いに。

「…死の樹海ですよね?この森って」

「ああ、そうだな」

「凶悪な魔物がいますよね?」

「そうだな」

「私を魔物の餌に…」

「しないけど」

 俺の言葉に、怪訝な表情で少女は俺を見た。

「…今向かっているのは、俺の家だよ」

「……っえ?」

「信じられないよな」

 コクリと頷く少女。

「まぁ、信じてもらえないだろうけど、君には家の事を任せたいんだよ。俺、片付けとか家事とか苦手でさ」

 言いながら苦笑する俺。

「…とりあえず、君を不安にさせるつもりは無いよ」

 俺の言葉に、不安な表情をしながらも、少女は小さく頷いた。一応、了承してもらえた様だ。家に帰り着いたのはほとんど日が落ちた頃だった。




「…汚い…」

 家の中に入るなり、開口一番に言い放った少女。

「だから言っただろ?苦手なんだよ」

 少女をベッドに下ろしながら言う。座る体力も無い少女は、そのまま横になり部屋の中を見渡している。俺はキッチンへ向かう。

「とりあえず、何か口にした方がいいな」

 料理はあまり得意では無いが、一応それなりに作る事は出来る。鍋に山羊のミルクを温め、硬いパンを浸す。味付けは薄目だ。それを小さいテーブルに載せ、少女の近くに置く。横になっている少女を抱き起こすと、そのまま膝の上に乗せた。

「…あ、あの…」

 少女が戸惑いの声を上げる。俺は分からず首を傾げ、少女を見た。

「どうした?何処か痛い所でもあるのか?」

「い、痛いとこは…無いです。…ただ……あの」

「……?」

「…恥ずかしい…です」

 真っ赤に顔を染め、俯き気味に言う少女。その言葉に、俺はようやく気が付いた。

「あ…」

 つられて俺も顔を真っ赤にする。少女をベッドに下ろし、クッションが効いたイスを素早く持って来た。そのイスに少女を座らせ。

「すまん、ずっと1人で住んでるから、他者との距離感が分からなくてな」

「…いえ」

 パン粥を掬い、少女の口元にスプーンを持って行く。そんな俺の言動に、困惑しながらも少女はゆっくりと俺が口元に近付けたパン粥を食べ始めた。体調が急変しないか暫く観察した。特に問題無さそうだ。少女が俺を見る。

「…自分で食べます」

「そうか、分かった」

 自分のペースで食べたいのだろう。器を少女の近くに置き、スプーンを渡す。そのまま俺は立ち上がり、外の小屋へ向かった。小屋の中は、お風呂場になっている。この場所の地下には、温泉の成分が含まれた地下水が湧き出ていて、少し温かい。実は近くに火山帯があり、そこの地下水がここまで流れている。また近くに小川もあり、川魚も生息している事、更には家の周囲に畑を耕し、作物を育てていて、ほぼ自給自足。森にはキノコや果物、山菜等や肉が食べたい時は、野獣を狩ればいい。故に食材には全く困ら無い環境で、俺がここに住み着いた理由の一つ。

「お風呂入った方がいいよな」

 部屋に戻りながらポツリと呟く。部屋に入ると、丁度パン粥を食べ終わった後の様だ。少女の表情が和らいでいるのが分かる。それを確認して、俺も一安心した。

「よし」

 少女を抱き上げる。

「…っえ?」

「お風呂に入るぞ」

 そう言って小屋に向かう。少女が急にジタバタし始めた。

「暴れるな、落としてしまうぞ」

「やぁ…、放して!」

「おい、ちょっ!…」

 何処からそんな力が出るのか、必至に対抗する少女。

「男の人に裸見られるの、やだ!」

 言われて俺はまた気付いた。そしてフラフラとその場にしゃがみ込み、項垂れる。


(…またやってしまった)


「…すまん、外で待っているから、終わったら声を掛けてくれ」

 そう言って風呂場の外で待つ。暫くしてからお風呂から上がった少女を部屋に連れて行き、再びイスに座らせた。

「えっと…、とりあえず自己紹介がまだだったな」

 ここで初めてお互いの名前やその他の話しをした。この時、少女は俺が壊滅的に距離感が掴め無い事を知ったのだった。





 あとがき


 何だかノッて来た。酒の力を借りたとも言う。多分、仕事ハイなんだよ…


 誤字、脱字ありましたら、優しく教えて頂きたく候…


 

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