第3話 何故か主人公を立ち直らせる俺たちモブ

 

 ストーリーにさしたる展開もなく、モブの俺たちばかりが作品内のみならず、作品外でさえやたら目立つ。

 そんな状態はなおも続いた。



 新たな敵として、四天王に続き七英傑なんてものまで出てきたが、ほぼ全員が四天王以上に酷い扱いをされる始末。

 壮絶な爆死を遂げたのかって? いや全然そんなことはなく、最初の登場時だけそこそこのサイコパス感や強キャラ感出していたものの、後の出番は主人公やヒロインに雑魚同然に扱われて終わり。

 台詞も四天王よりずっと少なく、七英傑のうち5人ぐらいはろくに台詞を喋ることなく空気と化してしまった。

 結構俺好みの片目隠れショートカット娘もいたのに、彼女の台詞は初登場時の「うん……」のみという惨状。中の人かなりの大物だってのによぉ!!



 一方で、俺たちの出番は何故か増えていく。

 ろくに戦うこともなく、のんべんだらりと日常を過ごしているだけの俺たちモブばかりが。



 そんな中、主人公の挫折イベントがやっと、ようやく、つい先日発生した。

 メインの仲間だった凄腕剣士様が壮絶に死亡し、女賢者が主人公を裏切り、さらにヒロインも囚われの身になるという展開だ。

 ようやくクライマックスらしいイベントが来たかと、俺たちも最初は心からほっとした。

 主人公が自分の無力さを痛感し存在意義を見失うという、物語上非常に大事なターニングポイントだったのだが……


 そのきっかけとなる剣士の死も、やたらと唐突で雑だった。

 やる必要もない特攻を何故かやらかして自爆という、不自然の極み。

 しかも、平和を説きながらノコノコ自分から敵の前に出ていったヒロインを救おうとして、だ。

 さらにそんな剣士の犠牲も虚しく、女賢者が突然高笑いしながら主人公の無能をあざ笑い、ヒロインをさらって行くというオチ。

 溢れる母性で人気の女賢者だったが、この唐突な裏切りは伏線も殆どなく、誰も予想していなかった。

 衝撃展開の為にヒロインがわざと捕まりに行き、剣士が死に、女賢者が裏切った。

 そう言われても文句が言えない。



 そんな衝撃のイベントを経て、失意の主人公がどう立ち直ったのかというと――

 序盤で退場したあの紅一点ちゃんが、主人公の為に復活してくる!?と結構な視聴者が予想していたし、俺も密かにそう期待したが、全然そんな気配はなく。


 何故か俺たちモブがちょっと励ましの言葉をかけただけで、主人公は立ち直ったことになってしまった。


 ちなみに主人公に元々家族はおらず、天涯孤独の身の上。

 そんな彼にとって、剣士は主人公の親友であり兄貴分だったし。

 女賢者は主人公の母がわりと言っても良かった。

 ヒロインの存在なんか、主人公にとって半身も同然だ。


 そんな3人を一気に失ったのに――

 ただ同じ空間で一緒にいるシーンが多いだけの、そこまで会話もしてない俺たちモブが励ましただけで、主人公が立ち直ってしまえるのか。

 それだけで立ち直っていいのか。


 ある意味滅茶苦茶強靭な魂の持ち主との解釈も出来るし、制作者的にはそのつもりの演出だったのかも知れない。

 しかし俺にはそんな主人公が最早、とてつもなくうっすいメンタルの持ち主としか思えなかった。



 その一方で、俺たちモブの奇妙な優遇は続いた。

 B男なんかこの前、密かに人気の高い女術師D恵とびんびんにフラグが立ってしまうイベントが用意される始末。

 ちなみにD恵は、俺たちとは敵対もしていなければ味方でもない、要するに全く関係のない別組織のキャラ。

 勿論俺は、狂乱寸前のB男に抱きつかれて泣き喚かれた。


「何で僕に、僕なんかに、D恵ちゃんのおっぱい揉んだ揉まないイベント来ちゃったのぉおぉ!!?

 あの娘、いつも一緒にいた幼馴染男子とフラグ立ってたんじゃなかったのぉ!!?」

「俺たちとほぼ同じモブキャラ扱いではあるが、密かに人気もあったみたいだな、その二人」

「怖いこと言わないでよぉ~!

 ただでさえ無意味に目立ってSNSでも叩かれ始めてるんだって、僕!!」



 B男の言葉は確かにその通りで。

 出番は多いわ、大物差し置いてラジオに出るわ、人気キャラとフラグ立つわのB男は、さすがにネット上で苦言を呈されることが多くなってきた。

 B男のせいではないんだが、俺は別に助ける気なんぞ毛頭ない。


「てめぇ……

 人気女子キャラとフラグ立つなんて、モブ男子としてどれほどのご褒美だと思ってるんだ? しかも一定の人気があるカップリングを爆破してまで」

「そんなぁ~、助けてよぉ!

 ただでさえ、敵方男の娘くノ一のE丸ちゃんと変なフラグ立って困ってるのにぃ!!」


 貴様なんぞ、爆破されたカップリング推しの怒りの劫火で焼かれるがいい。

 そんなことより、俺絡みでも結構な問題が発生しているんだ。


「B男。この前、公式サイトでキャラスタンプが発売されたろ?」

「あぁ、久々にキャラデザ担当が描きおろしたって話題のやつ?」

「あのラインナップ見たか?

 何でか知らんが……俺のスタンプがあった。何でだ?」

「何でか分からないけど僕のもあったよ。もう慣れたけど」


 諦めたようにため息をつくB男。

 しかしそれ以上に問題なのは――


「俺たちがいるのも気になるが。

 何故!

 紅一点ちゃんの……この世界最高の美少女たるあの娘のキャラスタンプが出ないんだ!!?」


 俺は思わず、机を叩きながら怒鳴っていた。寡黙キャラ設定の俺が。

 慌ててB男が宥めてくる。


「あぁ……ホラ、多分彼女、退場してから随分経過するし、今生存中のキャラを描こうってことじゃあ?」

「それでもあの娘の人気は、作品内どころか放送中の全アニメで常にトップ争いしてるレベルだぞ!? グッズだって一番売れてる!!

 ここで彼女一人だけ描かないなんて法はないだろう!!」

「うーん……確かにSNSではその件、小規模炎上してるねぇ。

 嫌だなぁ、また僕たちに飛び火したら」


 煮え切らない態度のB男を前に、俺はついヒートアップしてしまった。


「それも気になるが、何故だ!

 何故この世界のキャラの扱いは、こうも歪んでいる!?

 何故俺たちモブばかりがこうも妙に目立ち、本当に活躍すべきメインキャラが前面に出てこない!?

 最近じゃ、主人公やヒロインさえろくに描かれていないとまで言われているんだぞ!」

「僕に言われても……」


 怒りの俺と、困り果ててシュンとしてしまうB男。

 そんな俺たちを眺めながら、ずっと黙っていたC子がふと、口を開いた。



「ねぇ……私たち、ホントに死ねるのかしら?

 まさかこのままで終わりなんてことない?」



 そんなC子の言葉に、俺たちは口ごもってしまう。

 そう――この殺伐とした世界観とストーリーであれば、本来の俺たちの役割は。


「私たちのグッズが出るのはいいことだし、中の人がラジオに出るのも本来なら喜ぶべきだと思う。

 だけど、メインとされるキャラを雑に扱ってまでやることかな?

 私たち本来の役割は、華々しく死ぬことでしょう? あの剣士様のように」


 祈りを捧げるように宙を見上げ両手を組み合わせ、語るC子。

 剣士の自爆死こそが彼女の憧れのようだ。そこに至るまでの展開がどれだけ雑であろうと。


「昔はよくあったでしょ!? いきなり全身破裂して死亡とか、大砲で頭ごと吹っ飛ばされるとか、怪物に丸のみされてグシャグシャ噛み砕かれるとか、四肢を両側から引きs」

「C子それ以上は駄目だ色々と引っかかる」



 俺はC子をなだめる為、必死で自分の推測を述べた。

 あくまで希望的推測にすぎなかったが。


「多分、ラストで俺たちはある程度大量に処分されるんだろう。よくある閉店間際の大セールってヤツだ。

 だからこそ俺たちはモブでも主人公を励まして彼の力になっているし、そんな存在がこの物語には必要なんだ。ラストで主人公に特大のダメージを与える為のスパイスとして!」

「『処分』『閉店大セール』か

 ……すごくいい言葉ね~♪」


 恍惚とするC子に、さらに俺は語りまくった。


「そう、そこにこそ俺たちの存在意義はある!

 ラストで全員まとめて大量破壊兵器の犠牲になり、主人公たちメインキャラや視聴者にこれ以上ないレベルの衝撃を与える。

 そういう展開で伝説となったキャラはいくらでもいるじゃないか!」



 そう叫びながら、俺は思い出していた。

 俺の憧れのモブキャラ――数十年以上前の作品にも関わらず、未だに伝説に残る死に方を遂げた、とあるキャラを。

 奇しくも彼は、俺と同じ眼鏡キャラ。

 別に仲間の為に特攻したとか、仲間を守って爆散したとかではない。

 敵の攻撃が来ている時に、うっかり畑の様子を見に行って爆死という、あまりにもあんまりな死にざま。

 しかも死に際の台詞もなく、誰かがそばにいて絶叫され悲しまれるということもなく。

 彼の死亡の瞬間が画面に映っていたのは0.1秒あるかないか。それもコマ送りにして、爆風で溢れる画面の片隅に壊れた眼鏡が吹っ飛ばされていくのがほんのわずかに確認出来て、ようやく彼の死が分かるという凄まじさ。

 当時の視聴者は彼が死亡したかどうかすら、ろくに認識出来なかったらしい。

 さらにその直後、彼の顛末を知る余裕もなく、その仲間たちまで全員殺されるという悲劇。



 ――だが、そんなあんまりすぎる死にざまのおかげで、逆に彼はファンの間で伝説となった。

 どうせなら俺も、ああいう風に死にたい。

 モブ眼鏡キャラとしてこの世界に生を受けてから、それは俺の一番の願いでもあった。



「俺たちは同じように伝説となる、いやその伝説を超えるんだ!

 今はその為の、ちょっと長めの準備期間にすぎない。この後きっと、特大の大爆破展開が来るはずだ!!」



 だが――俺はもう何となく気づいていた。

 俺たちモブみんなが感じている不安に。そして、それを無理矢理かき消す為に必死な自分自身に。



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