第6話 妖精と真相
救出されたハルは夏子とクラディスによって魔術学園学園長室へと運び込まれた。
学園長室にいたロイド達親子は気絶したハルと大慌てする夏子、そして大賢者クラディスの来訪に驚きを隠せない。
驚きは隠せないながらも、まずはハルをソファーに寝かせることにしたのだが……。
「クラディス様。一体何があったのですか?」
ハルの容態が安定していることを確認したリリカは、彼の手を握りながらも大賢者クラディスに問う。
骨の顔を晒しながら椅子に座るクラディスは、手袋をはめた指で骨の顎を擦りながら経緯を語り始めた。
「ワシは北東にある森の中にいたんじゃよ。珍しい薬草を採取しに出向いていたのだが、途中で妖精達が騒ぎ始めての」
森の中を歩いていたクラディスであったが、急に周囲の雰囲気が一変したようだ。ザワザワと森が騒ぎ始めたと思ったら、彼の周りには無数の妖精達が現れたという。
その数、なんと百を超えていたそうだ。
「そんなこと普通はあり得ない。妖精は現世に顕現しているが、百を超える妖精が一か所に集まるなど異常事態もいいところじゃ。しかも、だ」
集まった妖精達は頻りに『新しい魔法使いを助けろ!』と告げてくる。
加えて、この願いは妖精達を取り纏める『妖精王オベロン』と『妖精女王ティターニア』の命令でもある、と告げたのだ。
「なっ!? よ、妖精王と女王が!?」
ロイドが腰を抜かしそうになるほど驚くのも無理はない。
妖精王オベロンと妖精女王ティターニアも現世に顕現できるものの、二人は四属性を司る妖精達と違って非常に気まぐれである。
人の世に姿を現しては好き勝手して、自分達の欲求を満たしたら再び精霊界へと戻ってしまう。自分達よりも格下と見ている人間の話なんぞ聞かず、個人に対して気にもかけない。
たとえ、相手が大賢者と呼ばれる偉大な魔法使いであってもだ。
その気まぐれな王と女王が妖精達を通して「新しい魔法使いを助けろ」と命じたのである。
だからこそ、クラディスはすぐさま「異常事態」だと察した。
「願いを了承したとたん、五十を超える風の妖精に体を運ばれてな。一瞬でこの街まで飛ばされたよ」
長く生きるクラディスであっても人生初の体験だったと語る。
風の妖精達が彼の体を宙に浮かし、そのまま空をビュンと飛んで街までひとっ飛び。ドラゴンの背に乗る以上の経験だったと言いながら、骨の口をカタカタと鳴らした。
「そうして辿り着いてみれば、街のど真ん中に異空間が生成されておるじゃないか。妖精達の導きに従って異空間に突っ込むと、この青年が暴走しておったのよ」
あれは間違いなく暴走だった、とクラディスは声のトーンを落としながら言った。
「暴走、ですか?」
夏子は顔を青くしながら呟く。
「うむ。内から迸る魔力が大嵐のように暴れまわっていてな。同時に……。よくわからんモノが纏わりついておった」
よくわからないモノ、と称したクラディスはロイドに向かって「彼の守護精霊は調べたか?」と問う。
「いえ、まだですが……」
「そうか。調べてみよう」
守護精霊を調べる際、本人が自覚する以外の方法としては別の魔法使いによる助力が必要だ。
先人となる魔法使いが妖精の力を借りて対象者の『内側』を覗き込む。そうすることで、魂の奥底にある人の源流が見える。
この源流と呼ばれる部分に四属性どれかの兆しが見えれば判明するのだが……。
「……見えん」
さっそくとばかりに魔法を発動させたクラディスだったが、彼はハルの胸に手を置きながら「全く見えない」と口にする。
「見えない? どういうことです? 彼は魔法使いではないのですか?」
リリカが問うとクラディスは首を振る。
「いや、魔法使いであることは確かだ。妖精王と妖精女王が新しい魔法使いと言ったのだからな」
しかし、魔法使いには絶対備わっている守護精霊が判別できない。
「お主は分かるか?」
魔法の発動を止めたクラディスは、傍にいる火の妖精に問うた。
『****』
「ん?」
『だから、****!』
「……わからん。何と言ってるのか理解できん」
火の妖精は守護精霊の正体を口にしているようだが、クラディスはまったく聞き取れない。
「精霊語でもないのですか?」
クラディスはロイドの問いに首を振る。
「違うな。これは人が認識できない言葉だ」
それは理解しようとしても、絶対に理解できない言葉であるとクラディスは語る。
「じゃあ、正体不明ってことですか……? ハル君は、ハル君はどうなってしまうんですか?」
夏子は今にも崩れ落ちそうなほど足が震えてる。アルフレッドに支えられ、どうにか立っている状態だ。
最近になって姉と義兄を失い、さらには甥っ子まで失うかもしれないと考えれば当然かもしれないが。
「命の危機にあるか?」
クラディスは改めて火の妖精に問う。今度は別の角度から聞いてみると、火の妖精は「全く問題ない」と言う。
それを夏子に知らせてやると、彼女はホッと息を吐いた。
「ふぅむ……。しかし、守護精霊が……。ううむ……」
「彼の守護精霊について、判明するでしょうか?」
唸るクラディスにロイドが問う。
「恐らく。ヒントは妖精が口にした『人が認識できない言葉』だ。認識できない言葉でしか言い表せんものなど珍しい。ここから辿れば正体が掴めるかもしれん」
難しい話ではあるが、ヒントは得た。クラディスは「私も調べてみる」と告げる。
「んん……」
「ハル!? 気が付いた!?」
そのタイミングでハルが意識を取り戻す。
ずっと手を握っていたリリカが声を掛けると、その横からクラディスがズイと顔を近づける。
そうして、ハルの目がゆっくりと開く。
虚ろな目が徐々に元へ戻っていき、彼の視線がリリカに向かった。
「リリカ……」
「うん、ハル。大丈夫?」
「なん、とか――」
他にも近くにある気配を感じ取ったのだろう。
リリカから視線を外し、次はクラディスに向けられると――
「ぎゃあああ!! ガイコツゥー!?」
ハルは飛び退くように体を跳ねさせ、驚きながらクラディスから離れようと身を動かす。
「ホホホ! 新鮮なリアクション!」
クラディスは「大満足!」と言わんばなりに口の骨をカタカタと鳴らした。
◇ ◇
びっくりした。本当にびっくりした。
俺はどういうわけか眠っていて、目を覚ましたらリリカと骨人間がいたのだ。
あり得ない。骨が動くってあり得ない。
まるでホラーかファンタジーに登場するスケルトンだ。架空の世界にしかいないであろう存在だ。
「ちょ、ちょっと、ハル! クラディス様に失礼よ!」
ただ、焦るリリカの声を聞いてハッとなった。
ここは異世界だ。ジオだ。地球じゃないんだ。魔法がある世界なんだ、と。
もしかして、スケルトンが存在することも「当たり前」なのかも、と。
「し、失礼しました! うちの甥っ子が……!」
夏子さんまで深々と頭を下げて謝罪している。
俺、もしかしてヤバいことを口にしてしまったのだろうか?
「なに、構わんよ。最近は驚いてくれる人も少なくなってのう……。家のある街ではホネホネ先生と子供に呼ばれておるし……」
骨人間な人は「嬉しいやら悲しいやら」とカタカタ骨を鳴らしながら笑った。
「あ、あなたは……?」
俺は周囲の反応を気にしながら恐る恐る問う。
「ワシはクラディス。クラディス・オーバーン。君と同じ魔法使いじゃよ」
すると、彼は銀の杖でコンと床を鳴らしながら言った。
「ま、魔法使い?」
「うむ。まぁ、ちょっと昔に魔法実験で失敗してこんな体になってしまったんじゃが! ホホホ!」
曰く、骨の体になってしまったのは魔法で失敗したかららしい。
骨の体になる前は、それはそれはイケメンだったんだとか。これはクラディスさんの自己申告だけども。
「まぁ、代わりに長生きできるようになったんだがね」
「長生き、ですか?」
「うむ。ワシは今年で……。何歳じゃったか?」
クラディスさんは首を傾げながらもロイドさんへ顔を向けた。
「今年で百五十三になりますね」
「だそうだ」
それは……。すごく長生きだ。
「クラディス様は学園の創設者でもあるの。魔法使いとして生きてきて、この世界に多くの知識を授けて下さったすごい方なのよ?」
リリカが言うには、ジオ側に存在する各国の王達が頭を下げるほどの存在らしい。
魔法使いとしても優秀であるが、魔法研究者としても大変優秀で、数々の論文や理論を構築した。まさに「大賢者」と呼ばれるに相応しい人なんだとか。
「そ、そうだったんですね。失礼しました」
「いや、本当に構わんよ。周囲の者はワシを偉人だなんだと言うが、ワシもまだまだ知らぬことだらけよ。偉人などと持ち上げられるほどではないさ」
カタカタと骨を鳴らしながら笑ったクラディスさんだったが、彼は一拍置いて「さて」と口にする。
「ハル君だったかな? ワシも同じ魔法使いとして、新しい魔法使いは大いに歓迎するよ」
「え? あ、ああ……。はい。魔法使いかどうかは分かりませんが」
「ん? わからんとは?」
クラディスさんの言葉に苦笑いを浮かべながら答えると、彼は首を傾げた。
「いえ、俺は妖精や精霊が見えな――」
魔法使いとしての素質が完全ではない、と告げようした時だ。
ふわりと宙を舞う緑色の何かが視界に入った。
それは腕の代わりに緑色の翼を持つ小人。いや、小さなハーピーと言った方がいいだろうか?
『あー! ハル、気が付いた!? おーい、おーい! 今日は声が届く~?』
それは俺の顔の近くまでやってくると、俺の目を覗き込みながら言葉を口にするのだ。
しゃ、しゃべったあああ!?
「え!?」
『あれ、もしかして見えてる? ハル、私のこと見えてるのー!?』
「えええ!? な、は、ええ!? つ、翼の生えた小人が飛んでる!? 喋ってる!?」
な、なにこれ!? どういうこと!?
俺が困惑していると、小さなハーピーは腰に手を当てるような仕草を見せて頬を膨らませる。
『小人って! 失礼しちゃう! どこからどう見ても、私は風の妖精じゃない!』
「え、ええ……?」
ど、どういうこと? どうして見えなかった妖精の姿が見えるようになっているんだ? それに、普通に会話もできてるし……。
「ふむ? つい最近まで妖精が見えなかったが、見えるようになったんだね?」
「え、ええ……。クラディスさんは見えているんですよね? 声も聞こえているんですか?」
「うむ。見えているし、聞こえているよ」
俺の周りをふわふわと飛ぶ風の妖精。彼女の姿と声はクラディスさんには認識できているらしい。
「リ、リリカは?」
「私は見えないし、聞こえない」
リリカや夏子さん達には見えていないし、声も聞こえていない。
彼女達からすると、俺もクラディスさんも何もないところに向かって喋っているように見えるのだろうか?
『もう、ずーっと喋りかけてたのに! ハルったら全然聞いてくれないんだもの!』
ふわりと緑色の粒子を振りまきながら、顔の前にやって来た風の妖精はそう告げた。
「ず、ずっと? もしかして、囁き声の正体は君だったの?」
『そうよ。ハルが小さな頃は普通にお喋りしてたのに』
囁き声の正体は夏子さん達が言っていた通り、妖精の声だったようだ。
色々聞きたいことはあるけれど、俺はまず最初に聞かなきゃいけないことがある。
「もしかして、俺の母さんと父さんが死んだ日も……。君は俺に教えようとしてくれたの?」
二人が死んだ日、あの時も妖精達は必死に伝えてくれようとしていたのだろうか?
ジオに来た最大の理由を知るために問うた。
口にした途端、俺の心臓はドクドクと猛スピードで動き出す。
『ハルの両親? 知らなーい! 私達はハルにしか興味ないもの!』
だが、俺の予想は違ったようだ。
曰く、妖精達は俺にしか興味がないらしい。
俺が転んで怪我をしたり、事故を起こしそうなら止めようとするらしいが、両親の死についてはまるで興味を持っていなかったようで。
……何だろう。複雑な気持ちだ。
両親の死について教えてくれていたとしたら、俺は今も罪悪感に押し潰されそうになっていたかも。
だが、違ってホッとしたとも言えない。
『あの日も遊ぼうってずっと言ってたのに! もう、全部秋子のせいよ! 秋子がハルの目と耳を封印しちゃったから!』
だから見えなくなったし、聞こえなくなった。
風の妖精は「ずーっと、ずーっと! つまんなかった!」と言いながらぷりぷり怒る。
……待ってくれ。今、すごいことを言ったよね?
「あの、母さんは俺の目と耳を封印して妖精が見えないようにしたって……。言ってるんですけど」
俺は目の前にいる風の妖精を指差しながらも、訳を知っているであろう夏子さんに顔を向けた。
「……そうよ。ハル君が妖精を認知できなくなったのは姉さんが封印したからなの」
やはり、リリカが言っていた「昔は妖精と喋っていた気がする」という言葉は正しかったんだ。
「ど、どうして?」
「私も姉さんから封印したことを告げられた時、ハル君が妖精を見て怖がるようになったからって説明されて――」
ただ、母さんも父さんも、夏子さんも俺が「魔法使い」ということは知っていたらしい。
まぁ、母さんは異世界人だから妖精のことも魔法使いのことも知ってて当然か。
『違う違う!』
納得しかけたところで、風の妖精は俺と夏子さんの間に割り込むように宙を舞う。
『本当は変な人間がハルを攫おうとしたからよ!』
「え? 俺を、攫おうとした……?」
『そうよ! 私達がハルとお喋りしてたら、変な人間がハルに小さなお友達が見えるの? って質問してきてね。頷いたハルを攫おうとしたの』
しかし、間一髪のところで母さんがそれを阻止したようだ。
『それからハルは別の土地に引っ越して、目と耳を封印されたのよ』
ど、どういうことだ? そんな記憶……覚えていないぞ?
「もしかして、今日彼を異空間に引っ張り込んだ奴らと同じか?」
俺と風の妖精の会話を聞いていたクラディスさんが問う。
『それは分かんない』
風の妖精は首を傾げるが……。ちょ、ちょっと待ってくれ。
封印? 誘拐? どういうこと?
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