第7話 ハルの決意


「妖精は何と?」


 俺とクラディスさんが風の妖精と話していると、ロイドさんが問うてきた。


「彼の母親が目と耳に封印を施したのは、幼少期に誘拐されかけたかららしい」


 クラディスさんが風の妖精が告げたことを説明すると、ロイドさん達の顔が強張った。


「待って下さい。ハルは過去にも事件に巻き込まれたってことですか?」


 眉間に皺を寄せたリリカが問うと、クラディスさんは「そのようだ」と頷いた。


「ど、どうして……? 誘拐……?」


 衝撃の事実を告げられた俺でさえ困惑してしまう。


 そもそも、子供の頃に誘拐されそうになった記憶なんてない。


 確かに小さな頃に引っ越したことは覚えているけど……。


「ああ、でも……。今の家に引っ越してから囁き声が聞こえるようになったかも?」


 囁き声が聞こえる、という部分に関してはタイミングが一致する。


 でも、その前は妖精と会話していたんだよな? どうして覚えていないのだろう?


「ふぅむ……。君の母親が施した封印とやらは、もしかすると医療魔術の一種かね? 医療魔術の中には副作用で記憶が混濁するものも存在しておるし」


「ああ、そうです。姉さんは医療魔術の扱いに長けていましたから」


 クラディスさんの推測に夏子さんが頷いた。


「封印って言い方はちょっと大げさかもしれないけど、対象者に暗示をかけて精神的な作用を促す感じかしら?」


 曰く、医療魔術とは一種の『暗示』みたいなものらしい。


 中には対象者の体内に流れる魔力を利用して半永久的に暗示をかけることもできるそうで、そういったタイプのものは『封印』と呼ばれることもあるようだ。


 そう聞くと少し危険なように思える魔術だが、異世界人の中には体内で魔力を過剰に生み出してしまう異常体質を持つ人もいるそうで。


 そういった症状は精神的に不安定だと起きやすいらしく、精神的な原因を抑制する手段の一つとして開発された経緯がある。


 しかし、現在では医療魔術自体が過去のモノとなった。


 クラディスさんが言うように副作用として記憶があやふやになる可能性を秘めていたこともあるが、技術が進歩して魔術から薬へと変わったようだ。


「魔力抑制作用を持つ薬は開発されたけど、さすがに妖精の姿を見えないようにする薬はないからね。姉さんは得意だった医療魔術を用いてハル君に封印を施したんだと思う」


「ハル君の場合は単純に魔力を抑制するというよりも、封印に魔力を使わせる方向性じゃろうな。恐らくは自然消費される微量な魔力を利用して、目と耳にフィルターが掛かるよう施したのだろう」


 夏子さんとクラディスさんが使用された医療魔術について考察するも、一致する魔術は記憶にないらしい。


 恐らくベースは医療魔術の一種であるが、それを更に母さんがアレンジした魔術だと思われると結論付けられた。


「並の薬師ではそんなことできんよ。君の母親は相当優秀な魔女だったようじゃな」


 大賢者と呼ばれる人に母さんが褒められるのは誇らしい……のだろうか?


 俺自身に知識が無さすぎるせいであまりピンとこない。 


「そして、それはハル君を誘拐しようとしていた者達から守るためだったってことだね?」


 アルフレッドさんが顎に手を添えながら言って、同時に何かを思い出すかのように唸る。


「う~ん。君が小さな頃……。十年くらい前だよねぇ……」


「お兄様、何か思い当たることが?」


 リリカが問うと、アフレッドさんは「恐らく、同じ頃だと思うけど」と前置きしながら語りだす。


「昔、魔法使いの素質を持つ子供を誘拐しようとしている組織があったような。ネヴィクから異教徒と判断されて、摘発された組織がありませんでしたか?」


 アルフレッドさんはロイドさんに問う。


「ああ、あったな。こちらの世界で子供の誘拐が多発する事件が起きた。早期解決となって被害者は全員救出されたし、組織の連中は上から下まで一気に捕まったことで終息したんだが……」


 摘発された組織は「古の神」とやらを信奉している異教徒の集団だったらしい。


 存在しない神を崇め、自分達の行いを正当化する集団。一言で言えば「頭がおかしな連中」だったんだとか。


『我々は古の神を復活させる! そのためには魔法使いが大量に必要なのだ!』


 当時、組織を発足させたリーダーはそう供述していたそうだ。


 存在しない神を崇めていること、妄想めいた言動を繰り返して社会的秩序を乱そうとしていたこと。それらのことから、摘発された組織は異教徒――地球側的に言えばテロリストのような存在として認められた。


 捕まった組織の構成員は問答無用で刑務所へと送られ、現在も全員収容されているはずだとロイドさんは語る。


 だが、同時に彼は「もしかして」と口にしながら夏子さんへと顔を向けた。


「幼少期のハル君を誘拐しようとしていた連中は同じ組織の人間か?」


「向こう側でも活動していたってことですか!?」


「確定ではないがね。だが、タイミング的には一致する」


 そういった輩が地球側にも存在していた。


 母さんはそれに気付き、妖精が見える俺に魔術を施した。同時に念を入れて引っ越しまでしたのかもしれない、とロイドさん達は推測する。


「姉さんは過去の事件を経て、ハル君に普通の人生を歩んでほしいと思ったのかも。まだ小さかったハル君じゃ、自分の身は守れないでしょうし……」


 自分の子供が誘拐されるかもしれない。そんな恐怖体験から、母さんは俺の目と耳を封印したのかもしれない。


 自分の子に魔法使いの素質があるとはわかっていたが、それを明らかにすれば「また事件に巻き込まれるかもしれない」と考えたから。


「……姉さん、私にはそこまで教えてくれなかったわ。子供だったハル君が妖精を怖がるようになったから封印した、もう少し成長してから魔法使いのことを明かす、と言っていたし」


 大きなため息と共に思いつめるような表情を浮かべる夏子さん。


 同時に彼女は母さんから「もっと大きくなるまでは魔法使いの素質があることを本人には黙っておきたい」と言われていたようだ。


 彼女の言葉を聞き、俺はふと思った。


 もしかして、母さんは夏子さんも巻き込みたくなかったんじゃないだろうか?


「あの……。俺が捕まった時、連中が言ってたんです。母さんと父さんが死んだのは、自分達に協力しなかったせいだって」


「え!?」


 驚きの声を上げたのは夏子さんだ。


「ね、姉さんと義兄さんは事故死でしょう?」


「うん。向こうの警察からそう言われたよ。だけど、あの連中は然も自分達が殺したかのような口ぶりで……」


「二人は、殺されたってこと……!? それだけじゃなく、ハル君にまで……!」


 俺の言葉を聞き、夏子さんの顔には怒りの表情が浮かぶ。


「だけど、夏子さんの話を聞いて思ったんだ。母さんは夏子さんを巻き込みたくなかったのかもしれないって。過去も今も」


 母さんは夏子さんを溺愛していた。いつも可愛い妹だ、と。


 だからこそ、敢えて真実を口にしなかったのではないか?


 今回の事件を起こした連中が言っていたことが真実だった場合、夏子さんにも犯罪者達が近づかないようにと考えたのではないか?


「姉さんのことだからあり得る話だわ……」


 夏子さんはため息をこぼしながらもロイドさんに顔を向けた。


「ロイド先生は? 姉さんから何か相談されたりしていましたか?」


「いや、何も連絡は無かったな」


 夏子さんの問いに首を振るロイドさん。


「だが、一人で解決しようとするのは無謀だ。それは秋子君もわかっていたはず」


 母さんをよく知る二人は、ジオ側に何かしらの対処・協力を得ようとしていたんじゃないかと考えているようだ。


 父さんもジオのことを知っている一人だったらしいし、夫婦で何か相談した可能性は高い。


「……もしかして、あの日二人が出かけたのは」


 母さんと父さんは「ちょっと買い物に行ってくる」と言って家を出た。


 だが、本当は俺に心配を掛けまいと問題を秘密にしてジオ側へ接触しようとしていた?


「あり得るかも。もしかしたら、地球側のネヴィクに接触しようとしたのかもしれないわ。だけど、相手に先手を打たれた」


 先ほどからちょいちょい出る『ネヴィク』とはなんだろう?


「可能性は高いな」


 ロイドさんは夏子さんの言葉に同意した。


 俺の疑問が解消される前に話が進んでいく。


「では、今回ハルが捕まったことも考えると……。過去に事件を起こした組織の残党がいたってことでしょうか? 十年越しにハルを再び誘拐しようとしたとか?」


 リリカがそう告げるも、俺は「たぶん、誘拐じゃない」と首を振った。


「あの連中が昔の事件に関わっているかどうかは不明だけど、今回は俺も殺そうとしていたんだと思う」


「え!? ハル君を、殺す!?」


 夏子さんは俺に詰め寄りながら「どうして早く言わないの!?」と声を荒げた。


「ご、ごめん……。話すタイミングがなくて」


「全部話して! 捕まってからの一部始終!」


「う、うん」


 見たことないくらい怒っている夏子さんを前にして、俺は異空間? とやらに引き込まれてからのことを全て話した。


 体に黒い鎖が巻き付いて拘束されると、連中は「儀式」とやらを始めたこと。


 儀式が始まる前に「母さんと父さんを殺した」と言ったこと。


 俺の前にクリスタルを置くと激痛が体中に走り、胸からは虹色の光が飛び出してクリスタルに吸い寄せられていたこと。


「ただ、そこからは思い出せないんだ。鎖を引き千切って、相手をブン殴ってやろうって思ったことまでは思い出せるんだけど……」


「ブン殴ってやろうって……。ハル、無茶しすぎだわ」


 心配するような表情で話を聞いていたリリカが大きなため息をもらしながら首を振った。


「いや、だってさ。急に捕まって、俺を殺すとか言うんだよ? しかも、母さんと父さんまで殺したとか言うし。怒って当然じゃないか」


 俺が言い訳めいたことを口にすると、クラディスさんは「まぁ、当然だな」と骨をカタカタと鳴らす。ロイドさんとアルフレッドさんは「男の子らしい考えだ」と俺を肯定した。


「まぁ、その前に拘束用の魔術を自力で抜け出す方も異常なんだけどね? しかも、聞いた限りではすごく強引に……」


「うん、普通はあり得ないよ」


 ただ同時にロイドさんとアルフレッドさんは「鎖を引き千切った」という部分に呆れてもいるようだ。


「ふむ……。しかし、君の話を聞くに……。連中は君の魔力を吸い出そうとしていたようだな」


 俺の胸から飛び出した虹色の光は、魔力が可視化したものであるクラディスさんが教えてくれる。


「あと守護精霊? をどうこうするとか言っていたような……?」


「君の守護精霊を?」


 クラディスさんは腕を組みながら黙ってしまう。


「……何にせよ、君が殺されると思ったのは正しいね。大量の魔力を強制的に吸い出されれば人は死に至る。問題は守護精霊をどうするつもりだったのか、だが」


「相手はハル君の守護精霊が何なのか、正体を知っているということでしょうか?」


「かもしれない。我々よりも一歩先にいってそうだ。ハル君の存在を知っていたことも考えるとね」


 ロイドさんの問いに対し、クラディスさんは「悔しいがね」と口にした。


「魔力だけじゃなく守護精霊もとなると、やはり敵の狙いは魔法使いだ。そう考えると過去に誘拐事件を起こした組織との関係もゼロじゃないようにも思える」


 どちらの事件も犯人達は「魔法使い」を目的にしている。


「ところで、過去の事件で誘拐された子供は全員助かったと言っていたね? 魔法使いの素質があったから誘拐された、とも言っていたが?」


 しかし、現状確認されている魔法使いは俺を含めて四人だけ。


「年齢の割には魔力値が高い子達だったんです。相手が魔法使いの素質を持つ子を狙っているとのことだったので、その後の成長過程も監視していましたが、結局は魔力値が平均近くで落ち着いたと記憶しています」


 幼少期の魔力値検査では多少のブレが出るようだ。


 年齢の割には平均以上の高い数値を出す時もあるが、成長する過程で魔力値が思った以上に伸びないなんてことも。


 結局は平均値にまとまって「普通」になる子も多いらしく、誘拐された子供達も成長すると「普通の大人」になったらしい。


「ふむ。……少し、ここまでの話を整理しようか」


 銀の杖で床をコンと鳴らしたクラディスさんが一旦話を整理する、と場の空気を変えた。


「ハル君は小さな頃から妖精が見えており、魔法使いの素質を持っていた。同時期、両世界には魔法使いの素質を持つ子供を攫おうとする組織が存在していた」


 過去に俺を攫おうとしていた者はジオ側で摘発された「組織」の一味である可能性は高い。


「そして、今回の件。ハル君の話を聞く限りでは、魔法使いであるハル君を狙っている。彼の魔力を吸い出し、守護精霊をも何らかの計画に利用しようとしている」


 これらの事実から、過去の事件も今回の事件も同一の組織が関わっている可能性が高いのではないか?


 過去に誘拐事件を起こした組織の残党が残っていた。今日に至るまでの準備期間を経て、ついに動き出したのではないか?


 そして、十年越しに当時誘拐できなかった俺を狙った。


「と、推測もできるが……」


 クラディスさんは顎を指で擦りながら唸る。


「過去にハル君を誘拐しようとしていた組織の一味であるなら、ハル君や秋子君の情報を持っていてもおかしくはありませんね」


 ロイドさんも可能性は高いと頷いた。


 ……連中に接触された母さんは「またか」と思ったのだろうか?


 何か手を打とうとしたら、先手を打たれて殺された?


「問題は今回の犯人達――あの真紅のローブを纏う集団が何を企んでいるのかじゃな」


 ここまでの話はまだ推測の域だ。真実は謎のまま。


「……俺は、どうすればいいんでしょうか?」


 正直、とんでもない事件に巻き込まれたなと思う。


 テレビの中で起きる事件とはまた違った特殊な事件だ。普通なら警察に任せて、自分は何もしないって感じになるのだろうけど……。


 今回の事件は自分でも判断できない。俺は今後どうすればいいのか? どうすれば最良なのだろうか?


 だが、どうしても知りたいことが一つだけある。


「どうするにしても、俺は母さんと父さんが死んだ理由を確かめたいんです。本当に事故死だったのか、殺されたのかを」


「確かめてどうするんだい?」


 クラディスさんは眼球が存在しない目で、俺の顔をじっと見つめながら問うてくる。


「……本当に殺されたなら、相手には罪を償ってほしいと思います。それに、母さんと父さんだけじゃなく、夏子さんにも危害が及ぶのは避けたいです」


「ハル君……」


 もう誰も傷ついてほしくない。誰も死んでほしくない。


 俺の存在が関わっているなら猶更だ。


「ふむ。真実の探求。そして身内を守るか。では、まずは自衛できるようにならねばな」


 特にこの世界では、とクラディスさんは言う。


「自衛、ですか?」


「左様。真実を求めるにしろ、他者を守るにしろ、まずは自分の身を守れなくてはいけないよ。それに関しては、魔法使いとしての力を磨くのが一番だ」


 相手はジオ側発祥の犯罪者。相手は魔術といった特殊な術を使用してくるが、幸いにして俺には対抗できる術が備わっている。


 こちら側の世界を知り、同時に魔法使いとしての知識も得る。


 自身が魔法使いとしての知識と腕を磨くことで、再び相手が目の前に現れても、より柔軟に対処できるようになるだろうと。

 

「なんたって魔法使いは魔術を超える術を操れるのだからね。相手が魔術師であれば、魔法使いである君の方が有利になれる」


 本物の魔法使いは魔術師が何人束になろうと敵わない。魔法使いと魔術師の間には、それほどまでに差があるようだ。


 しかし、そうなるには魔法使いとしての腕前が必要。最低でも自由自在に魔法を操れる知識と妖精達とのコミュニケーションが取れないといけない、と。


「君が求める真実を手にしたいなら、君は魔法使いになりなさい。魔法という奇跡を極める道を行きなさい」


 クラディスさんの言葉は、俺の心にストンと落ちた気がする。


 まるでブロックゲームのように。空いていた隙間に言葉がぴったりはまった気分だった。


「分かりました。俺は――」


 いや、覚悟が決まったと言うべきなのかな。


「魔法使いになります」

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