第5話 儀式と覚醒、骨賢者


 足に黒い鎖が巻き付くと、俺の体は地面に引き倒されてしまった。


「うわ、うわああああ!?」


 そのままズルズルッと地面を引きずられ、俺は人影のある方向へと引っ張られていく。


 地面に背中がこすれているせいか、背中がすごく熱い。それに鎖で繋がった足はキツく締め付けられてしまい、足首にも激痛が走った。


 痛みに顔を顰めていると、ようやく体が止まる。


 一体何なんだ、と顔を動かすと――


「な、え、だ、誰!?」


 気付けば俺は真紅のローブを着た集団に取り囲まれていた。


 ローブを着た集団は金の杖らしき物を所持しており、俺を囲みながら杖を地面にカンカンと打ち付けるのだ。


 同時に杖の先端に取り付けてある丸い金属が杖に当たって「チリン、チリン」と音を鳴らす。


 それらの音が俺の不安と恐怖を煽ってくる。


「ようやく見つけた」


 一人が一歩前に出ると、そう口にした。声からして男性なのは分かったが、男の顔は両眼以外が真紅の布で覆われている。


「な、何なんだよ、あんた……!」


 この言葉以外に声が出なかった。


 この意味不明な集団の正体を探ろうとするが、依然として男は目を弧にしながら俺を見下ろすだけ。


「儀式の準備を」


 俺の問いを無視して、周りの仲間達にそう告げる。


 すると、他の者達が一斉に杖を地面へと打ち付けた。


 チリン。


 また音が鳴ると、自由だった腕と足全てに黒い鎖が巻き付いた。


 俺は大の字になって拘束されてしまうが、次に瞬間には地面に赤い線が走り出したのだ。


「な、なに!?」


 困惑しっぱなしであるが、どこか冷静に見れている自分もいた。


 地面に走り出した線は円を描くように動いている気がする。この形は、学園で見た魔術式ってやつなのだろうか?


 もしかして、俺は巨大な魔術式の上に寝かされて、拘束されている?


 一瞬だけ地面が光ると、今度は俺の上半身が引っ張り起こされた。


 そうして見えたのは、やはり赤い魔術式だ。


 ま、待てよ? この男は儀式がどうのって言ってたよな?


 そう考えた瞬間、猛烈に嫌な予感が過った。


「た、助けて!! 助けてくれぇー!」


 だからこそ、俺は全力で助けを乞う。


 ここが魔法のある世界で、俺が魔法使いで、妖精って存在が力を貸してくれるなら。心から助けを乞えば神秘的な存在が助けてくれるのでは、と思ったから。


 しかし、無常にも何も起きず。こんな時に限って妖精達の声だっていう囁き声も聞こえない。


「哀れな子よ」


 そんな俺を見下すように、先ほどの男が声を発した。


「哀れな子だ。魔法使いとして生まれてしまったばかりに。貴様の母がもっと協力的であれば、こうも苦しまずに済んだものを」


 え?


 今、なんて言った?


「え? か、母さん?」


「そうよ。あの女が我々に協力していれば。あの女も死ぬことはなかったろうに。貴様も――」


 は? え? 


 母さんが死ななかった? 母さんと父さんは事故死じゃないのか? 車に衝突されて事故死したんだろう?


 もしかして、違う?


 男の話など耳に入ってこない。話を無視して、俺は叫ぶように問うた。


「か、母さんは! 母さんと父さんは!? 事故で死んだんじゃないのか!?」


 必死になって問うている俺の姿が面白かったのか、男の目が笑う。それだけはハッキリ分かった。


「いいや、違う。我らに協力しなかったから罰が下ったのだ」


 何それ。何だよそれ。


 意味が分からない。意味が分からない。意味が分からない。


 罰? 協力しなかったから? それじゃ、まるで……。


 お前達が母さんと父さんを殺したかのような言い方じゃないか。


「儀式を始めよ!」


 頭の中がぐちゃぐちゃになっていると、男はついに開始の合図を告げる。


 四肢を拘束された俺の前にクリスタルのようなものが置かれ、魔術式を取り囲むように数人が正座して配置されていく。


 魔術式の円に沿うように正座した者達が揃って意味不明な言葉を口にしていくと、地面の赤い魔術式が一際激しく発光を始めた。


 魔術式の内側で「バチン、バチン」と真紅の稲妻が迸る。何度か迸ると、大きな真紅の稲妻が俺の胸に突き刺さった。


「ぐ、ぎゃああああ!?」


 痛い。


 痛い。痛い。痛い!


 胸に激痛が走る。


 胸の内側にある骨や肉を無理矢理引き抜かれるような、とんでもない激痛に襲われる。


 激痛から逃げようと体を激しく動かすも、鎖の拘束から逃れることはできず。どう足掻いてもこの地獄から逃れられない、そんな絶望感が頭を過る。


「おお! 来ておる! 来ておるぞ!」


 歓喜するような声を聞き、無性に腹が立った。


 痛みに苦しみながらも前を向くと、俺の胸から虹色の線が飛び出している。虹色の線が正面に置かれた透明のクリスタルに吸い込まれていくのが見えた。


 なんだよこれ、なんだよこれ!!


 ムカつく。腹が立つ。


 俺はこんな痛い思いをしてるのに。両親まで失ったのに。ジオなんて意味不明な場所に連れて来られて、お前は魔法使いだなんて意味不明なことを言われて。


 最後の最後でこんな……。


 母さんと父さんを殺したと嬉々として口にするような、頭のおかしい集団に……。


 俺も、俺も殺されるのか……?


 嫌だ、死にたくない。死にたくない。


 こんな終わり方は嫌だ、と目から涙が零れそうになった時だった。


『――――』


 囁き声が聞こえた。


 しかし、昔から聞こえていた声と種類が違う。今回もはっきりと何を言っているのかわからないのに、声の種類が違うとだけは認識できた。


『――めよ』


 なんだよ。何を言っているんだよ。どうでもいいから助けてくれよ!


『――目覚めよ、我が欠片をその身に抱く者よ』


 聞こえた。はっきりと。


 聞こえた瞬間、自分の体がおかしくなっていくのも自覚できた。


「――ガッァ、ああああああッ!!」


 全力で力を振り絞れと言われた気がして、激痛に耐えながらも両手を内側に引っ張る。


 先ほどまでびくともしなかった黒い鎖がジャラリと鳴って、もっと力を入れると黒い鎖にヒビが入るのが分かった。


「あああ、ああああああッ!!」


「な、なんだと!?」


 俺を笑っていたバカ共が困惑する声を聞き、俺は余計に力を込める。これでもかってくらい、渾身の力を込めて――


「うわああああッ!!」


 両手を拘束していた鎖を引き千切るように破壊した。


 同時に赤黒い波が生まれて、周囲の地面を抉りながら吹き飛ばす。その際に生まれた衝撃が俺を取り囲んでいた数人の体を吹き飛ばした。


「こ、拘束具が!」


「あり得ない!」


 吹き飛ばされた者達が尻もちをつきながら言った。


 あり得ない? そうか、そりゃよかったな!


「はぁ、はぁ……。お前ら、お前ら……!」


 ふざけやがって。もう我慢できない。


 俺はゆっくりと立ち上がりながら拳を握る。最低でも一発はぶん殴ってやらないと、怒りが収まりそうにない。


「母さんと、父さんを……!」


 それ以上に、本当に母さんと父さんを殺したのか。こいつらが二人を殺したのか。


 それを確かめないといけない。


「殺したのかああああッ!!」


 俺は右手を振りかぶり、相手をぶん殴るつもりで前に出た。しかし、足に繋がっていた鎖が俺の勢いを殺す。


 邪魔だ! 邪魔なんだよ!


 怒りに身を任せて足を前に出すと、またしても鎖を引き千切ることに成功した。


 右足の鎖を引き千切って、左足を前に出しながら鎖を引き千切って。俺はようやく自由になる。


「はぁ、はぁ……! 俺の、俺の家族を……!」


 なんだ。なんだよ。


 なんだか酸素が薄くないか? 俺が疲れて息切れしているだけ?


 どっちでもいいや。とにかく、殴る。とにかく、こいつを殴らないと。


「お前、おまえが……!」


 また一歩前に出て、次は……。次はどうするんだっけ?


 疑問が頭に浮かんだ瞬間、視界は徐々に暗くなっていく。


 ああ、ちくしょう。どうすりゃ、いいんだ……。



 ◇ ◇



「な、なんだ、こいつは……!」


 ハルが気を失って再び地面に倒れると、それを見ていたローブの男達は驚愕の声を漏らした。


「あ、あり得ない! ま、魔法使いと言えど、これほど強固な拘束術を自力で破るなんて……!」


 魔術で作られた拘束具を自力で破壊したのも異常だが、もっと異常だったのはハルがし始めた瞬間だった。


 魔力と守護精霊を抽出する魔術式が起動した後、順調に吸収用のクリスタルへ魔力は抽出された。完全にとまではいかないが、三割程度は吸収することができただろう。


 その証拠に薄く濁っていたクリスタルは淡い虹色に変化している。


 だが、守護精霊は抽出できなかった。


 いや、できたかったというよりも『拒まれた』と言った方が正しい挙動だった。


「こ、この男の中には何が潜んでいるんですか!?」


 魔術式を活性化させ、守護精霊の抽出プロセスに入った瞬間、ハルの体の内側から強烈な「何か」が溢れ出た。


 形容し難い何か。言葉に表すことのできない何かが。


 それは妖精でも精霊でもなく、同時に妖精を従える王や女王でもない。妖精よりも高位な存在である精霊でもない。


 もっと得体の知れない、人類が知りえることのない、何か。


 それを目撃した瞬間、この場にいた全員が生物の根源的な恐怖と畏怖、畏敬を自動的に感じ取ってしまう『何か』だ。


 それが魔術式を邪魔し、魔術式を構築するに用いた『妖精』をも強制的に屈服させた。


「……わ、わからない! だが、計画に変更はない! 抽出の儀式を再開――」


「させぬわッ!!」


 男達が儀式を再開しようとした瞬間、後方より強烈な火の塊が飛来した。


 火の塊に触れた者三人は瞬く間に体が灰になってしまうほどの高温。余波を受けた者達のローブが燃え上がって火達磨になってしまうほどの攻撃。


 それが飛来すると同時に稲妻と化した者が地面に倒れるハルの元まで辿り着く。地面に足をつけた瞬間、稲妻だった体が通常の状態へと戻った。


「チッ! 感付かれたか!」


 真紅のローブを纏う男がハルの元に立つ者の名を叫ぶ。


「大賢者クラディス!」


 名を叫ばれた者――大賢者クラディスの恰好もまた、男達と同じように灰色のローブを纏っていた。顔全体がフードで隠され、袖から露出するはずの腕と手も手袋に覆われている。


 そして、その手には銀の鳥が飾られた銀杖が握られていた。


「この若者は渡さぬ! 奪いたくば、私を殺してゆくのだなッ!!」


 フードの中から叫ばれた声は老人の声だ。


 大賢者クラディスは老人。同時にその声には確かな経験と知識があった。


「妖精達よ、我が元に集え!」


 その知識が披露される。


 この神秘的な世界に存在する妖精へ声を掛け、同時に有り余る魔力を捧げて、魔術師では不可能とされる奇跡を顕現させるのだ。


「荒れ狂う嵐よ、全ての邪悪を焼き払え!」


『あいよー!』


 賢者が魔力を捧げると、ぶわりと熱い風が舞う。


 同時に燃える体を持った小人が賢者の真横に現れ、緑色の両翼を持った小人が空を舞い、霧の中からは水の体を持った女性が歩み寄り、地面からは丸い体のモグラに似た小人が姿を現した。


 そして、彼らが成すのは賢者が口にした『嵐』である。四属性全ての要素を取り入れることで可能とする、超自然的な複合魔法が真紅のローブを纏う集団を襲った。


 強烈な炎と雷に襲われた者達は次々に命を奪われていく。


「て、撤退!」


 しかし、敵の判断も早かった。

 

 これ以上は難しいと悟ったのか、集団のリーダーらしき男は地面にあった虹色のクリスタルを拾い上げる。


 もう一方の手では、ポケットの中にあった紫色のクリスタルを取り出して地面に叩きつけたのだ。


 すると、生き残っていた集団は濃霧にまみれ、その姿を消してしまった。


「……逃げられたか」


 しかし、と大賢者は言葉を続けながら、地面に横たわるハルを見た。


「どうにか助けられたようじゃな」


『なぁ、その前に魔術式の核を壊してくれよ』


 横たわるハルを抱えようとしたが、その前に宙に浮かぶ火の妖精が魔術式の上部を指差す。


 そこにはクリスタルに封印された土の妖精がいた。封印された妖精は自我を失い、魔術式を起動するためのパーツと成り下がってしまっているようだ。


 こうなってはもう救えない。


「可哀想に」


 大賢者クラディスは杖でクリスタルを砕く。すると、中に封印されていた妖精は塵になって消え失せた。


『まぁ、また何年後かに復活するでしょ』


 命は廻るもの。火の妖精は態度を変えずにそう言った。


「さて、今度こそ脱出するぞい」


 大賢者クラディスはハルの体を片手で抱えると、持っていた銀杖を地面に叩きつけた。


 ぐわんと空間が歪んでいき、次第にハルが引き摺り込まれてしまった異界が霧散していく。数秒後、周囲の景色は現世へと戻って行き――いつもと変わらぬヴェルナ領の街の姿を取り戻す。


 全ていつも通りだ。街に響く喧騒も、活気のある人の声も。


「ハルくーん! ハル君、どこに行ったの!?」


 だが、その中に焦りの混じった声が一つあった。


 夏子の声だ。


『あれ、ハルの保護者だよ。ナツコっていうんだ』


「おお、そうか」


 大賢者クラディスは自分の肩に座った火の妖精の声を聞き、ハルを抱えながら夏子に近づいていく。同時に夏子もそれに気付いた。


「そこのお嬢さん。君の名はナツコ君かな?」


「なっ、ハル君!? あ、あなたは!?」


 夏子はハルを抱えた大賢者クラディスを警戒する様子を見せた。


 だが、それも当然だろう。夏子は彼に会ったことがないのだから。


 しかし、彼には顔を見せれば一発で信用してもらえるという確信があった。


「まぁ、待ちたまえ」


 銀杖の先端をフードに引っかけて、その中にあった顔を夏子に晒す。


 晒せば一発。すぐに相手は理解する。誰もが一目で「あ、大賢者だ!」と判断する。


「ま、まさか! 貴方様は、大賢者クラディス様ですか!?」


「左様」


 なぜなら、大賢者クラディスは「全身が骨スケルトン」だからである。


 魔術学園三階に飾られた肖像画や世に伝わる姿絵にも同様の姿が描かれているからだ。

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