第4話 魔術学園 2


 夏子さんがロイドさん達と話し合う間、俺はヴェルナさんと学園内を見て回ることになった。


 彼女と共に学園長室を出て、まずは一階にある魔術科を見て回ることに。


 何も心配事がなければワクワクする学園見学ではあるが、俺の足取りは少しだけ重い。


「……魔力量が多いとまずいんですかね?」


 夏子さん達に心配するなと言われたものの、どうしても気になった俺はヴェルナさんに質問してしまう。


 ヴェルナさんは足を止めてから俺に振り返った。


「別に悪いことじゃないですよ。むしろ、こちらの世界では有利になることが多いです」


 魔力が多いということは、こちら側――ジオでは「優秀である」と評価される指標の一つ。


 むしろ、魔力量が少なくて落胆する人の方が多いという。


「ヴェルナさんは?」


「私は兄さんほどじゃないですが、魔力量が多い部類になりますね。……それよりも」


 俺の問いに答えつつ、ヴェルナさんは一歩俺に近づいてくる。


「そのヴェルナさんって呼び方はやめて。というよりも、私を覚えていないの?」


「え?」


 急に態度と口調を変えた彼女は露骨にムッとした表情も見せる。


「本当に覚えていないの? 小さな頃、私達会ってるじゃない」


「小さな頃……?」


「そう。七歳くらい。私が初めて地球側に行った時、私達は家族ぐるみで会ったわ」


 そう言ったヴェルナさんは「私の母が持っていた別荘で」「山の中」とヒントを出すように言った。


 別荘……? 小さな頃……?


 頭の中で必死に過去の記憶を検索すると――もしかして、小学生の夏?


 小学一年の夏、俺は両親と山に行った記憶がある。


 その時、宿泊したのは同じ山に建っていた大きな家だ。真っ白な大きな家で、俺は同い年の女の子と出会った。


 オーバーオールを着たすっごいヤンチャな子で、俺を見つけた彼女は開口一番に「私について来なさい!」と言い放つ子だったが。


 落ち着きのない少女の母は、彼女をリリカと紹介していたような――


「もしかして、りっちゃん? りっちゃんなの!?」


 遠い記憶の中にある呼び名を口にすると、目の前の美女はパッと笑った。まるで満開になった花のように。


「ようやく思い出したの?」


「いや、だって! 昔と違いすぎるよ! 昔は男の子みたいに髪も短ったし、落ち着いた雰囲気もなかったし……」


 記憶の中にある幼少期の彼女は、俺の手を引っ張りながら山の中を駆け回る元気いっぱいな子供だった。


 今はどうだろう?


 すごく美人だし、物腰もクール。昔の記憶にある少女が見せた態度とはまるで違う。幼少期に見せたヤンチャな姿は全く想像できないほどだ。


「山を探検しよう! って言いながら、川に俺を引きずり込んでずぶ濡れになったり、道に迷って大泣きしてたよね?」


 川を見つければ「水遊びよ!」と俺の腕を掴んでは川に飛び込み、山を散策すれば道に迷い。


 最終的には俺が彼女をおんぶしながら山の中を彷徨って、俺達を探しに来た父さんに見つけてもらったんだっけ?


 終いには二人揃って彼女のお母さんと俺の母さんに滅茶苦茶怒られた記憶があるんだけど……。


 ただ、最終的には「楽しかったなぁ」という感想が浮かぶ。


 俺にとっては良い思い出だ。


「それは……。忘れて」


 記憶の中にある彼女の姿を語ると、今度は頬を赤くしながらぷいと顔を背けてしまう。


 それが面白くて、つい吹いてしまった。


「あ、あれからお母様に、り、立派なレディになるための教育を受けたんだから!」


 その結果、あの頃とは真逆になったってことか。


 お母様の教育は大成功と言えるのだろうか?


「そっか、りっちゃんだったのか。それを知ってちょっとは安心したよ」


「安心したって?」


「だってさ、こんな美人が隣を歩いてたら緊張するし。見知らぬ人だったら猶更だよ。でも、昔のりっちゃんを思い出すとちょっと安心する」


 本音を口にすると、りっちゃんは更に頬を赤く染めてしまう。


「び、美人って……。ばか……。そ、それと! りっちゃんはやめて!」


「ええ? じゃあ、なんて呼ぶの? ヴェルナさん?」


「リ、リリカ。もう私達だっていい歳でしょう?」


 腕を組みながらキッと俺を睨みつける姿は、昔の彼女が戻ってきたようにも見えた。


「わかったよ。改めてよろしくね、リリカ」


「うん、ハル」


 彼女に名前を呼ばれて、心の奥が跳ねた気がした。


 彼女にハルと名を呼ばれた瞬間、頭の中にあった幼少期の記憶に色がついたような感覚を覚える。


「さて、見学を再開しましょう」


「うん」


 とにかく、遅れながらもリリカとの再会を経て。俺の足取りは少しだけ軽くなったと思う。


 そのまま彼女の案内に続き、魔術科の中を見て回ると――


「うわっ! 本当に魔法!」


 最初に案内されたのは、一階にある廊下の窓。


 ここからは外にある演習場が見えるということで案内されたのだが、演習場にいる学生達が杖の先から火の玉やら水の玉やらを飛ばしている姿があった。


「あれは魔法じゃないわ。魔術よ」


「魔術? そういえば、ロイドさんも言ってたっけ。魔法と魔術って違うの?」


 学園長室でロイドさんの説明を聞いている際も『魔術』や『魔術師』というワードが出た。


 だが、俺は『魔法使い』だという。この違いは何なのだろうか?


「簡単に言うと、魔術は魔法の下位互換。模倣に近いと言えばいいかしら?」


 魔術が生まれるまでの経緯・歴史は深いが、一言で言えば昔の魔法使いが作り出した「魔法の模倣」と言うべきか。


 昔は魔法使いだけが奇跡を使えていたが、それを万人にも使えるよう編み出したのが魔術である、と彼女は語る。


「魔法も魔術も根本的には同じなの。原理も同じで、妖精の力を借りる代わりに術者は魔力を捧げる。そうして、魔術や魔法が現実となるわけね」


 奇跡の種類、発動までの原理は同じ。


 火の玉を飛ばすにしろ、水の玉を飛ばすにしろ、魔法も魔術も同じことが可能である。


 だが、魔術師と魔法使いの違いは力を貸してくれる存在を認知できるかどうか、とリリカは語る。


「お父様も言っていたけど、魔法使いは神秘的な存在を見て、声を聴くことができる。会話してコミュニケーションが取れるわ」


 だから、奇跡を起こす際に直接声に出して言えばいい。火を起こしたいから力を貸して、と妖精に直接頼めばよい。


「でも、魔術師はそれができない」


 故に魔術師は魔法使いが妖精と会話するように、その代替えとなる『魔術式』を用いなければ奇跡を起こせない。


「ほら、あれ」


 リリカは窓の外にいる学生を指差した。


 灰色のローブを纏う学生が杖を案山子に向けているのだが、杖の先端には魔法陣のような円形の光が浮かぶ。


 彼女曰く、あれが魔術式だという。


「簡単に言うと、魔術式は妖精に向けた『手紙』ね。直接会話できない代わりに魔術式という手紙を介してお願いをするの」


 魔術式は『精霊語』と呼ばれる言語と数字で構築されており、それを発動することで力を借りたい種類のに助力を乞うらしい。


「妖精? 精霊は? 精霊もいるんだよね?」


 ここで気になったのは、彼女が度々「妖精に」と言った部分。


 この世界には精霊もいるみたいだけど、魔術師は精霊から力を借りることができないのだろうか?


「今のところ、精霊に呼び掛ける魔術式は存在していないの。精霊は妖精よりも高位の存在で、現世に顕現していないから」


 曰く、妖精と呼ばれる存在は目に見えないけど俺達と同じ世界にいるらしい。


 妖精の存在を見ることができる魔法使いは「そこら中にいる」と言うほど多く存在しているようだ。


 しかし、精霊と呼ばれる存在は姿を現さない。


 現世の狭間にある『精霊界』と呼ばれる場所に引きこもっており、魔法使いが呼び掛けても応えてはくれないようだ。


「現状は妖精の力を用いた奇跡しか発動できないわね。御伽噺や英雄譚に登場する魔法使いは精霊を呼ぶシーンが描かれているけど、それも本当なのかは不明だし」


リリカは「とにかく」と話を戻す。


「魔術師に比べると魔法使いの方が奇跡の自由度が高いってことね」


「なるほど」


「話を魔力の件に戻すけど、奇跡を起こす際は術者の魔力を妖精に捧げなければならない。だから、魔力量が多い人ほど奇跡を起こす回数が自然と増えるわよね?」


「そっか、だから有利なのか」


 奇跡を起こすには魔力も必要だ。


 魔力が切れると眩暈を起こしたり、吐き気を催したり、体調が悪くなってしまうらしい。最悪、倒れて気を失ってしまうんだとか。


 だからこそ、魔力量が多ければ多いほどいい。多ければ多いほど、ジオ側では「優秀」と評価される。


 地球側でいうところの、スポーツ選手におけるスタミナみたいなもんかな?


「魔力量もそうだけどね。本当に魔法使いって希少な存在なの。現状、この世界には三人しかいないわ」


 リリカは「ハルで四人目になる」と言った。


「でも、俺は妖精が見えないよ? 声も囁き声で何を言っているか分からないし」


「う~ん……。そこは私もわからないわ。魔法使いに会ったことはあるけど、みんな妖精が見えているし……」


 リリカは魔法使いと会ったことがあるようだが、全員「見えているし、会話もしている」らしい。


「俺もいつかは姿を見て、会話できるようになるのかな?」


「どうだろう? でも……。前は見えていなかった?」


「え?」


 リリカの言葉に首を傾げてしまう。


「私達が初めて会った時よ。あの時、一緒に山の中で遊んでいたけど……。ハルが何もないところに顔を向けて、誰かと会話していたような……?」


 あの頃はリリカも小さく、まだ魔術師としての勉強はしていなかった。故に当時は「誰と喋っているの?」くらいの感想しか抱かなかったようだが。


 加えて、昔から母さん達と親交のあるヴェルナ家も俺が「魔法使いかもしれない」って事実は最近知ったらしい。


 もっと正確に言えば、今回の件で夏子さんが助力を求めたことで知ったそうだ。


「昔は見えてたし、会話もしてた……?」


 それはともかく、昔の俺は妖精が見えていたのか?


 いや、そんな記憶……。無いけど……?


「分からないわ。そんなことがあったような、としか私も覚えていなくて」


 だけど、とリリカは言葉を続けた。


「妖精が見えるようになればハッキリすると思うわ。同時に魔法使いに備わる守護精霊の存在も明らかになると思う」


「守護精霊?」


 また別のワードが出てきたぞ。


「守護精霊っていうのは、魔法使いに与えられる加護みたいなものかしら」


 これは魔法使い特有の「能力」みたいなものらしい。地球側の言葉で言い表すなら……守護霊みたいな感じかな?


 精霊界には四属性(火・水・土・風)に属する精霊がおり、その下に同じ属性を持った妖精が存在しているようだ。


 仮に火の精霊が守護精霊だった場合、その魔法使いは火属性に属する妖精からより強い助力を得られるそうだ。


「要は特定の上司に認められているから、その人の部下にも話が通じやすいって感じ……かしら?」


「ああ、なるほど……?」


 知り合いの知り合い、的な?


 と、まぁ、簡単ではあるが魔法使いや魔術師についての説明をリリカから受けたところで見学を再開。


 一口に『魔術科』と言っても様々な分野で分かれているようだ。


 先ほど窓の外にいた学生達が魔術を発動させていたが、あれは魔術師のヒヨコ達。彼らは魔術科に属している。


 他にも魔術師が使用する魔術式を専門に勉強するクラスもあれば、妖精や精霊といった神秘的な存在を研究するクラスもあるようで。


 続けて二階へ向かうと、今度は『錬金術科』と呼ばれる学科があるようだ。


 こちらは主に魔術師達が使う『魔術具』と呼ばれる杖やステッキなど、魔術に関連する道具について勉強する学科らしい。


 三階を飛ばして四階に行くと、夏子さんや母さんが在籍していた『薬師科』が存在する。


「夏子さんが薬師科に在籍していた頃、成績はトップクラスに優秀だったの。当時は学園一の魔女だと言われていたわ」


 こちらの世界では、優秀な薬師の女性を『魔女』と呼ぶ習慣があるそうで。


 これは過去に存在した超優秀で有名な薬師の女性が得た評判『まるで魔法使いのように優秀な薬師の女性』を短縮して魔女という称号が誕生したらしい。


「ああ、母さんの実家は魔女を輩出する一家だって聞いたけど」


 薬師寺家は学園だと有名なのかな?


 それにしても、薬師科は魔女を目指す女子生徒が多い学科だとリリカが言っていたけど……。本当に大釜を長い棒でかき混ぜるんだな……。


 この部分だけは誰もが想像する魔女らしい部分と言えばいいのだろうか? 黒いローブととんがり帽子を被って「ヒヒヒ!」とか言ってれば完璧だ。


 ――ひとまず、全ての学科を見学し終えた俺達は一階に戻ってきた。


 一階にある中庭へ向かい、休憩することになったのだが。


「じ、自動販売機?」


 なんと中庭には自動販売機があった。ガワはだったけど。


 ラインナップも定番物が押さえられており、紅茶からコーヒー、緑茶、炭酸系まであった。


「あ、お金」


 そういえば、こちらの世界の通貨はどうなっているのだろう? 投入口を見る限り、硬貨と紙幣が使えそうだけど。


「ああ、大丈夫。これがあるから」


 リリカはジャケットの内ポケットからカードを取り出し、それを投入口の近くにある読み取り機に押し当てた。


 読み取り機からは「シャラ~ン」と電子音が鳴る。


 ……今や、魔法のある世界でもIT革命の波が訪れているのだろうか。


 今回は奢ってもらうことになり、俺はお茶を購入。次はリリカが飲み物を購入することになったのだが――


「あ、ヴェルナ先輩だわ!」


「相変わらず凛々しくてかっこいいわね!」


「隣にいる男の人、誰かしら?」


 彼女が飲み物のボタンを押す寸前、そんな声が聞こえてきた。


 振り返ると灰色のローブを着た女子生徒達だ。この学園の生徒だろうか?


 しかし、同時に彼女達の声を聞いたリリカの指はぴたりと止まり、指が伸びていたクリームたっぷりなコーヒーからブラックコーヒーに指の位置が変わる。


 ガゴン。


 落ちてきたのはブラックコーヒーだ。


 何も言わずに中庭のベンチに座り、お互いに喉を潤すことになったのだが、プルタブを開けたリリカの動きが鈍い。


「…………」


 ようやく口をつけるも、どう見ても覚悟して一口目にチャレンジしたって感じ。


 一口飲んだ彼女の表情がウッと固まるのが目に見えて分かった。


「……ブラック、苦手なんじゃ?」


「そんなわけない」


 手、震えてますよ。


「無理してない? 本当は昔みたいにヤンチャなのに、クールな態度を心掛けているとか? 他の生徒達が見ていたから、クールな先輩像を崩すまいと無理にブラックを選んだとか?」


 すると、彼女は俺の顔をキッと睨みつけた。


 どうやら図星のように見える。


 なんだか、昔に出会った女の子が長い年月を経て大人な女性に大変身してしまったかのように思えていたけど。実は中身はそう変わっていないんじゃないか? と思えてきた。


 背伸びしているようで可愛い。素直にそう思えてしまう。


「交換しようか?」


「……いい」


 結局のところ、彼女はブラックコーヒーを飲み干した。ずいぶんと気合を入れて。


「学園を見て回ってどう? 感想は?」


「うーん。向こうの世界とはまるで違って、まだ実感が沸かないよ。いきなり魔法使いだ、魔術だと言われても……」


 実際に自分の目で見て、学園内を歩いているんだけど。


 まだ夢を見ているような、ふわふわした気分だ。


 正直な感想を口にすると、リリカは「そうよね」と苦笑い。


「ハルが魔法使いになりたいって思うなら学園で学ぶのもアリかもね」


「魔法使い、かぁ……」


 何だろうなぁ。


 ただでさえ、向こうの世界でも自分の将来について悩んでいたのに。


 ……漠然と大学に行って卒業して、どこかの企業に就職して。そんなあやふやな将来を歩んでいくのかな、と思っていたけど。


 ここにきて「魔法使いを目指す」なんて選択肢まで現れてしまった。


 ここだけ考えれば妄想みたいな将来だけども。


「すぐ決めなきゃいけないことでもないし、ゆっくり決めてもいいかもね」


「うん。何かわからないことがあったら、リリカに聞いてもいい?」


「ええ、もちろん」


 彼女は笑みを浮かべながらも、俺のお願いをすぐに受け入れてくれた。


 ありがたい話だ。


「あ、ハル君! いたいた!」


 リリカと喋っていると、中庭に夏子さんがやって来た。彼女は俺を見つけると手を振りながら近づいてくる。


「こっちの話は終わったわ。ハル君はどう?」


 夏子さんに学園を見て回った感想、加えて魔法使いについて、未だ完全に受け止めきれていないということを正直に話した。


「まぁ、そうよね。いきなりだったし」


 彼女もリリカ同様に苦笑いを浮かべて、すぐ決めなくていいと言ってくれる。


「また三日後に来なきゃいけないんだけど、今日は一旦家に帰りましょうか」


「うん。分かった」


 夏子さんにそう言われて、俺は彼女と共に向こう側へと戻ることになった。


 今日のところはリリカともお別れだ。


「またね、リリカ」


「ええ。また三日後に」


 彼女と別れの挨拶を交わし、夏子さんと共に学園を後にした。


「ねえねえ! リリカちゃんとどんな話をしたの? 中庭ではいい感じだったじゃない!?」


 学園から駅に向かっている最中は彼女からリリカについて質問攻めだ。


 目をキラッキラさせながら質問を連打してくる彼女に圧倒されつつも、正直に「昔会ったことがあると判明しました」「普通に喋れてます」などと当たり障りのないことを口にしておく。


「ふーん。リリカちゃん、可愛いもんね」


「なにその言い方……。あとその顔」


 大の大人がニヤニヤしながら聞いてくるのはどうかと思いますよ。


 夏子さんの態度に「ふぅ」とため息を漏らした――その瞬間だった。


 全身に悪寒のような、嫌な感覚が走る。


「え?」


 顔を見上げて周囲を見やると、先ほどまで賑わっていた街がガランと静かになっているではないか。


 それどころか、周囲には濃い霧が充満して人の姿さえ見えない。


 隣を歩いていた夏子さんの姿まで消えてしまった。


「えっ、えっ」


 な、なんだ? なんだ、これ!?


 足を止めてキョロキョロと顔を振り回していると、奥の方に黒い人影が浮かぶ。同時にチリン、チリンと金属音まで聞こえてきた。


 ……どう考えても不自然。どう考えもおかしい。


 いつもの囁き声は聞こえない。


 だが、謎の焦燥感が俺の心を支配して、今すぐここから逃げないといけないという予感めいた考えが浮かぶ。


 その考えに従おうと一歩足を動かした時。


「いたっ!?」


 足に何か巻き付いた。


 慌てて足を見ると、巻き付いていたのは黒い鎖だった。


「なに、これ――うわああああ!?」


 黒い鎖を振り解こうと足を動かした瞬間、俺の体は先ほどの人影が浮かんでいた方向に勢いよく引き摺られていった。

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