第3話 魔術学園 1


 謎の地下鉄に乗ってから三十分程度だろうか。


 俺と夏子さんを乗せた電車は『エルディア王国 ヴェルナ領』と呼ばれる駅に停車した。


「降りるよ」


「う、うん」


 窓の外にあった景色を見てから未だ動揺しっぱなしだ。


 夏子さんの後に続いて下車すると、駅の様子は『地球側』とそう変わらない雰囲気だった。


 何と言えばいいか……。


 都内にある駅の雰囲気にも似ているし、ネットで『海外 駅』なんてワードで検索すると出てくるような風景にも似ている。


 真新しく、綺麗で、最先端って雰囲気。あの窓の外にあったファンタジー感溢れる景色からは考えられないけども。


「なんか……。ファンタジーな雰囲気と地球の雰囲気が混在しているって感じだね」


 それが余計に混乱を招くのかもしれない。


「そうね。ヴェルナ領は日本とジオを結ぶ土地だから、両世界の雰囲気が混じってるってのもあるかも」


 夏子さん曰く、地球とジオを結ぶゲートは複数あるようだ。


 日本に通じるゲートがあるのは、このヴェルナ領らしい。別の国や領地に存在するゲートを通ると、地球側にある外国に通じているんだとか。


 ……別のゲートを通って地球側に戻れば、向こうで飛行機に乗らず外国へ行けるってことかな? 飛行機代の節約になりそう、なんて考えてしまうのは現実逃避からだろうか。


「電車が停車する駅は全てゲートがある場所なの?」


「ううん。私達が乗った電車は、あくまでも日本とエルディア王国内を行き来するためのものね。乗車できる人も限られている特別な電車なの」


 夏子さんは反対側にあるホームを指差す。


 そこには貨物列車がゆっくりと駅を通過していた。反対側にあるホームには物流用の貨物列車やジオ側に住む一般人が乗るための電車が停まるらしい。


「駅を出たら魔術学園に向かうわよ」


「魔術学園?」


「そう。名の通り、魔術を教えてくれる場所。他にも錬金術や薬学といった学問もあるけどね。日本の大学みたいに研究室が複数あって、色んなことを研究する場所でもあるわね」


 魔術学園について説明を受けながらも駅の出口に向かうと、夏子さんは出口の傍にいた駅員にパスカードのような物を見せた。


 続けて俺を指差して「同行者です」と告げると、駅員は「どうぞ」と改札を通してくれる。


 本当だったら切符やカードが必要なんだろうか? こっちの世界にもICカード的な物があるのかな?


 なんて考えながら駅の外へ出ると、俺を迎えてくれたのはこれまたファンタジックな景色と言うべきか。


「うわ……。どう見ても日本じゃない……」


 街の雰囲気を一言で表すならば、地球側にあるヨーロッパの街並みに近い。


 レンガ作りの家もあればコンクリート製らしき建物もあるが、日本独特の建築様式とは違っている。背の高いビルがニョキニョキ生えているわけじゃないが、三階建てや四階建ての建物もいくつかあるようだ。


 しかし、商業用らしき建物の利便性という面では現代の地球に近い感じ。


 恐らく洋服屋だと思うのだが、店舗は外から中が見えるようガラス張りになっていたり。マネキンに服を着せてディスプレイを飾るといった手法も見られた。


 他の店も同様に利便性や客の目を引く手法は向こう側とそう変わらない。


 続けて視線を下に向けると、道は石畳で舗装されていた。道が真っ平なコンクリート道路じゃないってところが、また俺の思考をファンタジー寄りに戻すのだ。


「……でも、道行く人の雰囲気は向こうと変わらないね」


 こちら側の世界で暮らす人々はファンタジー感丸出しなのか? と問われればそうでもなく。


 スーツを着てハットを被っている人もいれば、ジーンズとTシャツなんて恰好の人もいる。中にはローブを着ている人もいるのだが、足元を見ると地球側の有名メーカーが販売したスニーカーを履いている人もいるし……。


「もっと鎧を着た騎士がいる! とか想像してた?」


 苦笑いを浮かべる夏子さんに頷きを返す。


「まぁ、鎧を着ている騎士もいるにはいるんだけど……。もっと便利で軽い素材が地球側で発明されたりしているからね。向こうの技術を一部採用したりしているから、ファンタジーな感じは薄まっているかも」


 特にジオ側の玄関口であるヴェルナ領ではそれが顕著、と彼女は語った。


 街の奥に向かって歩き出した夏子さんの後に続いていると、衝撃的な光景を目にする。


「え!? あれ!?」


 道の途中にあったのは、地球側でも有名なアパレルメーカーだ。安くて丈夫だと有名な服屋の店舗が、地球側と全く同じ雰囲気で営業している。


 他にも有名なコーヒーショップがカフェ形式で経営されていたりと、向こう側で見た企業の店舗を数軒ほど発見。


「ああ、あの店を企業した人ってジオ人だから。本当の第一号店はこっち側なのよ」


「ええ……?」


 実のところ、店の発祥はこちら側だった。地球側での初店舗は『異世界進出』に過ぎなかった、という経緯も隠されていたようだ。


 何が真実なのか。何が正解なのか。全くもう何もかもわからない。


 もう頭がどうにかなりそうだよ……。


 混乱しながらも夏子さんについて行き、目的地である魔術学園へと辿り着いた。


 車窓から見えた街の奥にある大きな城、それが魔術学園だったようだ。


 広いエントランスに進入すると、右手側には二階へ続く階段が。左手側にはホテルのようなフロントがあって、カウンターの中にはスーツを着た男性と女性が待機している。


 あのカウンターは受付みたいなものかな? と考えていると――


「夏子さん」


 夏子さんを呼ぶ女性の声が聞こえてきた。


 声の方に顔を向けると、美人な女性が手を挙げて夏子さんを呼んでいた。


 長くてサラサラな金髪に碧眼。ジャケットの下には白シャツを着てネクタイを締めている。下はスカートスタイルであり、茶のブーツを履いたちょっとクールな雰囲気を纏う女性。


 まるでファッションモデルか芸能人かと思ってしまうような絶世の美女が立っていたのである。


「あ、リリカちゃん」


 どうやら夏子さんはこの美女と親しいらしい。


 彼女に近づいた夏子さんは「久しぶり」と声を掛けた。


「お久しぶりです。……そちらの方が?」


「うん、ハル君」


 おっと、見惚れている場合じゃない。挨拶しないと失礼だ。


「ど、どうも。柊木晴です。初めまして」


「……リリカ・ヴェルナです」


 お互いに自己紹介を終えたのだが、なんだか彼女の雰囲気が険しいような?


 表情は変わらないのだけど、ちょっとムッとしているような空気が……。


「上に行きましょう。お父様とお兄様がお待ちです」


 だが、すぐに彼女は背を向けた。


 俺達をエントランスの奥に誘い、設置されていたエレベーターのボタンを押して扉を開けた。


「……エレベーター、あるんだね」


「当然でしょう? 外見は城みたいだけど、中は改装されて近代化されているわよ」


 俺の問いに答えてくれたのは夏子さんだ。


 魔術学園は六階まであるようで。昔は階段で上る以外手段がなかったようだが、地球側で開発されたエレベーターがジオ側に持ち込まれると、魔術学園はいち早く設置したという。


「六階まで階段で上がるとか苦行すぎるわ」


 学生時代ならまだしも、とため息を吐く夏子さん。


 まぁ、それは……。そうだけどね? もっとファンタジー的なね?


 そう言いたくなる俺の気持ち、誰か理解してくれる人はいるのだろうか?


 三階に到着すると、ヴェルナさんと夏子さんは廊下の半ばにあった部屋の前で足を止めた。


 ドアに掲げられたネームプレートにはニョロニョロっとした筆記体みたいな文字が書かれているのだけど……。


 その文字をマジマジと見ていると、文字が勝手に動き出して『学園長室』という日本語文字に変形した。


「んん?!」


 俺は何度目かわからない驚愕の声を上げるが、ヴェルナさんが扉を開けるタイミングと重なってしまった。


 疑問を抱えたまま中に入ると、待っていたのは二人の男性。


「夏子君、待っていたよ」


 そう口にしたのは五十代と思われるスーツを着た男性で、髪の色が茶色だった。顎まで覆われた髭が特徴的であり、目が若干ながら鋭い。


 やり手の社長と言われても納得してしまいそうな雰囲気だ。


 この人がヴェルナさんのお父さんなのだろう。


「ナツ、久しぶりだね」


 そして、彼の横にいた若い男性。


 こちらの人は髪がヴェルナさんと同じく金髪だった。顔も似ていてイケメンだ。


 彼がお兄さんなんだろうけど、何というか……。雰囲気がちょっとチャラい。


 シャドーストライプの黒スーツには銀色のアクセサリーを取り付けていたり、耳にもピアスがあったり。


 あと夏子さんを「ナツ」と呼んで親しげな感じだが、二人の関係性は……?


「ヴェルナ学園長。今回は私のお願いを聞いて下さってありがとうございます」


 ……が、夏子さんはお兄さんをガン無視! 見向きもしない!


 せっかく両手を広げてハグの態勢をとっていたのに、お兄さんの行動が台無しだ! ほら、無視したせいでシュンとしているじゃないか!


「いや、どうってことはないさ。それに秋子君の息子だ。放ってはおけんよ」


 どうやらヴェルナさんのお父さんは母さんのことも知っているようだ。


「こちらはリリカさんのお父さんであり、学園長のロイドさん。隣のチャラ男は兄のアルフレッドよ。学園長であるロイドさんは、私と姉さんの恩師でもあるの」


 学園長さんは夏子さんと母さんの恩師。いや、お兄さんの方は?


「おいおい、酷い紹介じゃないか。昔はあんなに僕と楽しいことをしたのに」


「チッ」


 夏子さん、アルフレッドさんをめっちゃ睨みつけて舌打ちしてるけど。こんな態度を見る彼女は初めてだ。


「ハル君。久しぶりと言っていいのかな。小さな頃に一度会ったことがあるが……。覚えてはいないか」


 ロイドさんは俺の名を呼び、一歩前に出て正面から見つめてくる。


「は、はい……。すいません」


「いや、いいんだ。それとご両親のお葬式に出席できず申し訳なかった。ちょっと問題があってね。代わりに妻が出席したのだが」


 葬式に出席できなかった点を謝罪されるが、それよりも葬式の参列者の中に『異世界人』が混じっていたことの方が改めて驚きだ。


 確かに両親の知り合いには外国人っぽい人が多いな、とも思っていたけど。


 あの時は気付きもしなかった――いや、気付くはずもないか。


「さて、本題に入ろうか」


 ちょっとした雑談を終えたところで、ロイドさんは真剣な顔を見せた。


「君は囁き声が聞こえるそうだね。そして、その声が両親の死に関係しているのではないかと考えている。夏子君からそう聞いているが、合っているかい?」


「……はい」


 俺が頷くと、ロイドさんも一度頷いた。


「声の正体がご両親の死に直接関係しているかについては……。正直、私も分からない。だが、その正体についてはすぐに教えてあげよう」


 ついに答えがわかるのか。


 そう思うと、俺は思わず喉を鳴らししてしまった。


「囁き声の正体は妖精達の声だ」


「よ、妖精?」


 もうファンタジーすぎる、とは言うまい。


「そう。この世界には妖精や精霊という神秘的な存在がいる。我々、ジオ側の人間は妖精や精霊から力を借りて魔法や魔術を成しているのだ」


 地球側には存在しない術である『魔法・魔術』を成すには、神秘的な存在である妖精や精霊の力を借りて行使する。


 そのプロセスについては一旦隅に置いておくとして。


「だが、普通は声も姿も認知できないんだ。その存在を知っている、こちら側の人間であってもね」


「声も姿も……? 地球側の人間だけじゃなく、ジオ側の人達もなんですか?」


「ああ。妖精や精霊の声、姿を認知できるのは魔法使いだけ。魔法使いはジオ側でも稀有な存在であり、通常の人間が知識を得ればなれる魔術師とは違った存在だ」


 ある意味、特異体質を持った人間というべきか、とロイドさんは言う。


 一言で説明するのが難しいのか、彼は少し悩む様子を見せた。


「つ、つまり、囁き声が聞こえる俺は……。ほ、本当に魔法使いってことなんですか?」


「まだ確定したわけじゃないが、その可能性はかなり高い。数字で言うなら九十五パーセントくらいかな」


 ほぼ確定じゃん……。


 もう何度目になるか分からないけど、戸惑いが隠せない。


 何と言えばいいのかわからずにいると、ロイドさんはアルフレッドさんに「例の物を」と告げた。


「魔法使いかどうかを判別するにはいくつか方法がある。一つは神秘的な存在を認知できること。こちらに関しては、まだ君は完全じゃないようだ」


 魔法使いであれば神秘的な存在を『完全に見える』らしい。声も聞こえて、会話すら可能になるようだ。


 しかし、俺は囁き声しか聞こえない。


 というわけで、別の判別方法を使うということらしい。


「二つ目は魔力量を測ること。魔法使いの素質を持った者は、人よりも体内魔力量が高い傾向にある」


 人は誰しも内に魔力を持っている。これは地球側、ジオ側で生まれた人間問わず。


 ジオ側の人間は小さな頃から健康診断的なもので魔力量を測るという。地球側には無い項目だ。


 ただ、地球側は魔法について隠されているし、単純に魔力を持っているけど明らかにされていないってことなのかな?


「よっこいしょっと」


 アルフレッドさんが部屋の隅から運んできたのは、医療用のモニターと複数のコードが繋がった機械だった。


 腕をまくるよう言われて、両腕にペタペタとコード付きのシールを貼られていく。病院の検査でもこういうのありそうだなって思った。


 続けて、機械のスイッチを押すとモニターに数値やらが表示されていく。今はゼロのままだ。


「んじゃ、行くよ。少しだけビリッとするかも」


 彼がコントローラーと思われる装置のスイッチを押すと、モニターには波形らしきものが表示されていく。


 次の瞬間、確かに腕がびりっとした。微弱な電気が流れているような感覚だ。


 びりっびりっとする度にモニターの波形が波を打ち、同時にゼロだった数値がぐんぐん上がっていく。


 表示された数値は百、二百、三百とどんどん上がっていくのだが……。


「え……?」


「は?」


 だが、どうにも皆の様子がおかしい。


 夏子さんもロイドさんも唖然としているし、アルフレッドさんは目を剥きながら「まだ上がるぞ!?」と。


「す、すごい……」


 終いにはヴェルナさんまで声を漏らす始末。


 結局、表示されていた数値は『999』を最後に動かなくなってしまった。


「……ありえん」


「どういうことなの?」


「この感じ、表示が単に打ち止めになったように見えるんだが」


 大人達三人は同時に顔を見合わせる。その顔は深刻そうで、見ているこっちが心配になるほどだ。


 お、俺の体は何かおかしいのか……?


 困惑している様子に気付いたのか、ハッとなったロイドさんが俺に顔を向ける。


「君は間違いなく魔法使いだ」


 結論から言うと、俺は魔法使いであることは確かなようで。


「普通の人は多くても百くらいよ。魔術師としての才能だけはあるアルフレッドも百ちょいだし」


 魔術師の才能だけって。夏子さん、本当にこの人には容赦ないな。


 しかし、アルフレッドさんは魔術師の中でも飛び抜けて魔力を保持している人物らしい。


「他の魔法使いでも三百から四百程度。この数値は異常だ。しかも、まだ伸びている節がある」


 だが、魔法使いという枠の中で見ても数値は異常に高い。


 魔力計測機と呼ばれる機械では測りきれない可能性まであるようだ。


 数値的に頭打ちになってしまったが、実際はもっと数値が伸びるのではないか? とロイドさんは額の汗を拭いながら告げた。


「その……。俺はどうすれば?」


 俺としては「そう言われても」としか言えない。


 囁き声の正体を知ろうと異世界に来てみれば、また一つ自分の体に対する疑問が発生してしまったのだから。


「少し時間が欲しい。ああ、だが、これだけは最初に言っておくよ。別に君がおかしいってわけじゃない。初めての事例だから我々としても戸惑っているだけなんだ」


 うん、ロイドさんが何とか俺を安心させようとしてくれていることだけは分かった。


「わかりました。別に命の危険があるってわけじゃないんですよね?」


「ああ、それは無い。確実に無いと言える」


 なら良かった。


 ホッと息を吐くと、夏子さんが俺の肩に手を置いた。


「これから少しだけロイド先生達と相談してもいい? ハル君がこれからどう生きていくにしろ、魔力量のことは保護者として把握しておかないといけないから」


「はい、分かりました」


 ここで俺が何を言っても変わらないし、解決するわけでもないし。こういうものは専門家に任せるべきだろう。


「その間、リリカちゃんと学園内でも見て回ったらどう? 面白いモノがたくさん見れるわよ。それこそ、ファンタジー小説の中でしかありえないようなものがね」


 夏子さんにそう勧められ、俺はヴェルナさんに顔を向けた。


「はい。私がご案内します」


「じゃあ……。お願いします」


 夏子さんがロイドさん達と話し合っている間、俺はヴェルナさんと学園内を見学することになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る