第9話 夢の中の友人
「……如何にも優等生って感じの部屋だな。ほんの蔵書量が異常だ。」
「ちなみに、7割ぐらいは全部お前の直筆だからな。」
「え、出版?」
「あぁいや、ただの研究資料だって言ってた。記憶を失う前のお前にとっては多分だけど、ただのノート程度の物だったんだと思う。」
「成程、納得した。」
食事も終え、そろそろ自室の確認をと見に来てみればそこは自室というよりも書庫。一応はベッドの類も確認出来るが、この部屋の壁を埋め尽くさんばかりに圧倒的な存在感を放っている蔵書量を見るとかなりの違和感を感じる。
試しに近場にあった本の背表紙を少し撫でてみると、開いてもいないのに本の内容が頭の中に流れ込んでくる。それが面白くて他の背表紙もそっと撫でてみれば同じように本の内容が流れ込み、そっと手を離しても記憶の中にしっかりと焼き付いている。
これは……便利だな。
「奏?」
「蓮燔、この……本の背表紙に触るだけで本の中身を閲覧出来るこの魔法は、何て名前なんだ? お前も使えるのか?」
「透視魔法、ってお前は呼んでた。俺も使えるけど……奏。お前さ、それ、魔法式とかちゃんと意識してるのか?」
「魔法式……?」
「成程、体に染みついてるからわざわざ意識しなくて良いのか。まぁでもそれもお前らしい、か。」
「何の話だ……?」
「また今度話すよ。それよりほら、他にも何か気になる物とかないか?」
「気になる物……。」
むしろ、気にならない物があるはずがない。
とりあえず、男の物にしては随分と整っている机。色々と整理整頓が行き通っており、引き出しの中も例外ではないらしい。
「かなり綺麗だな。」
「パソコン使う時とか、勉強以外で使ってなかったからだと思う。」
「読書とかは?」
「椅子が堅いとか、使いにくいからって理由でリビングのソファかそこのベッド。」
「……そこに見えるソファは飾りか?」
「あっちは……確か、昼寝用だった、かな。たまにそこで寝て……あぁでも、雨の日はいつもそこで沈んでた。」
「雨……。低血圧とか、気圧変化に弱いとか、後はPTSDとか?」
「さぁ? 少なくとも俺が知ってるのは、雨が降るとお前が声を出せなくなる事。何回か医者に診せたけど精神的な物だから雨が止んだら治る物ではあるって。」
「……PTSDの可能性が高そうだな。」
「そうだな。でもお前、何でなのか教えてくれなかったからそうなる原因の事は知らない。」
「お前の声にも反応しないのか?」
「しない。トイレに行ったりとか、定期的に水は飲んでくれるけどご飯って呼びに行っても反応はねぇし、場合によっては熱が出てたりする事もあるからこっちで食べさせてそのまま休ませる事も結構多いけど。」
「外出……はそもそも出来そうにない、か。」
「実は1回、病院に連れていこうと思ってリビングから一緒に出たぐらいで奏が意識落としてさ。それ以来やってない。先生とかも向こうから来てくれるようにしてるし……。まぁでも前にちょっとだけお前が精神的に元気な時に話を聞いた事があるんだけど、何か……真っ暗な場所に居たって言ってた。」
「暗い所……?」
「そう。自分の体以外に足元の床しか見えない真っ暗闇で寒い場所。そこで何か……生き物に会ったって。輪郭すら掴めないのに、目の前に赤く光る2つの目を持った化け物が奏の事を睨んでて、体温が高いのか定期的に赤い雷を纏って黒い吐息を零してたって。」
「俺は……怯えてたのか?」
「いや、落ち着くって言ってた。早く触れてみたい、もっと近付きたい、姿を見たい。そう何かに急かされて、でも願えば願う程に離れていくって。それでまぁ……どれだけ距離を縮めようとしても届かない事を悟って声を掛けてみたって。」
「言葉は通じるのか?」
「そう……なんじゃないか? 俺は経験した事ないから詳しい事は知らないけど、でもお前が使った魔法の殆どはそいつにヒントを貰って作ったって聞いたからお前の想像力と発想力が優れているのか。本当に会話が出来ているのかどうかは分からない。でも確か、悲しくて寂しくて呑み込まれそうな声をしてるって言ってた。」
「悲しくて寂しくて呑み込まれそうな……声。」
「その話をしてた時のお前、何か思い詰めてるみたいな苦しそうな顔してた。力になってやりたいけど……どうすれば分からなくて。」
「……まぁ、俺だって現状何から手を就ければ良いか分からないんだ。その点、お前が傍で協力してくれる事自体が結構助かってるから別に気にしなくても。」
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