7.デート?
「おはよう」
「おはよう、雨宮さん。体調良くなったみたいでよかった」
「まあね」
雨宮さんの体調がすっかり良くなってから何週か経った日曜日、僕たちは、つい最近遠足の集合場所になっていた駅の、三個先の駅前のロータリーで待ち合わせをしていた。
「でも、本当に今日でよかったの? こんなに雨降ってるのに」
「だからだよ。雨宮さん、前の遠足の時みたいに、晴れてる中で傘をさすの嫌がるでしょ?」
「それは、君に迷惑だと思って」
「ちょうど予報が雨だったから、都合いいかなって。あと、迷惑じゃないから」
「うん。ありがと……」
「で、どこ行く?」
「決めてなかったの!?」
「うん。何かあるかなーって」
「君、デートノープランタイプかー」
「雨宮さんは予定立てる方が好き?」
「別にどっちでも…………あっ、デートっていうのは、その、えっと……」
顔を傘で隠してしまったため、こちらに届く声が全てくぐもってしまう。
「え、たとえ話じゃないの?」
「え? ああ……まあいいや」
「え?」
「ほら、エスコートしてよ。前みたいにさ」
「わ、わかった。とりあえず、公園行こう」
僕は傘を広げて軒先から出て、近くの大きな公園に向かった。
*****
「あー、ここね。確かにこの高さだったら傘なくても大丈夫そう」
「でしょ? よいしょ」
暫く外周を回った僕たちは、公園の中心から少し離れた位置にある、屋根付きの小さなベンチスペースに腰を下ろした。
「雨の中こういうところ来るの初めてだからかもだけど、何か風情あるね」
「そう?」
「うん。しとしと雨が降る音も、枝に水滴がついてるのも、誰もいない芝生が、光もなく輝いて見えるのも」
「……そうだね」
「……僕さ、初めて雨宮さんと、傘さしてない状況でしゃべったかも」
「え、遠足帰りの電車は?」
「満員電車だったからほとんど話せなかったじゃん」
「お見舞いは?」
「あの時のこと覚えてるの?」
「うっ、確かに覚えてない」
「でしょ? だから嬉しい」
「……そうだね。両手空いてるから、こういうこともできる」
右隣に座る雨宮さんは立ち上がってこちらに向き合い、僕の両手を握った。
「えっ、あっ、雨宮さん?」
「ほら、傘もレインコートもない雨宮さんですよー。どうですかー?」
僕の両手をつかんだまま、雨宮さんは左右に揺れる。
「どうって言われても……」
「感想五個言うまで話しませーん」
「えー……えーと、私服が新鮮」
「あんまり関係ないけど、まあいいや。で?」
「えーと……」
「いやいや、で?」
「ちょっと待って、二個目考えてるから」
「それはそれで悲しいけど、私服が、どうなの」
「私服が? えーと…………似合ってる?」
「何で疑問形なの」
「え、いやぁ、でもなぁ」
僕は雨宮さんの全身を改めて見る。白いブラウスの上に黄色いカーディガンを羽織り、濃紺のジーパンの下には黒いスニーカーが履かれている。髪型も後ろで結んでおり、少し編んでいるようだ。
「……あんまりじろじろ見られると、やだなぁ」
「あ、ごめん」
「……で? これだけ見たら気の利いた言葉出てくるでしょ?」
「かわいい」
「へっ!?」
「普段は制服だからか大人っぽく見えるけど、今は、まさに高校生って感じで、エネルギッシュというか」
「……」
雨宮さんは手を離し、僕の左隣に座り直した。
「え、もういいの?」
「……はい。もういいです」
「……怒ってる?」
「ううん。後四つは、またこれから先のお楽しみにしとく」
「じゃあそれまでに考えておかなきゃ」
「そういうのは思ってても、本人の目の前で言っちゃダメなんだよ? まったく」
雨宮さんは呆れたように、傘で地面をつついた。
*****
「雨宮さん、大丈夫?」
「うん。私結構体力あるんだよ?」
「まさか公園一周しようって言うとは思わなかったよ」
「君の方こそ、息、切れてない?」
「ちょっとね。運動部入ったんだけどなー」
「体力づくりはこれからって感じ?」
「そ。まあガチではやらないと思うけど」
「えー? そんな不真面目でいいんですかー?」
「僕は元々不真面目だから」
「そんな開き直らなくても……あ、着いた。一周達成!」
「よし、じゃあどこ行く?」
「そんなこと言って、君、もうくたくたでしょ?」
「そんなことないけど」
「そんなことあるの。そもそも、私は慣れてるからいいけど、君は雨には慣れてないんだから、長いこと外にいたら風邪ひいちゃうよ?」
「大丈夫。結局あの流行り風邪もかからなかったし」
「だからなおさら心配なんだから。別に、私に気を使ってくれなくてもいいんだから、行きたいところ言ってよ」
「えー……じゃあ…………これとか?」
僕はスマホの画面を見せる。
「おっ、良いじゃん。じゃあここ行こうよ」
「でも」
「でもでも言わないの。レインコート着たら大丈夫だし。あと、案外晴れの日の方が傘をさしても何も言われないんだよ? 雨の日は皆、雨をよける道具に意識が行くから」
「ごめん」
「別に責めてるわけじゃないよ。ただね、別に天気とか関係なく、私は君と色んな所に行きたいって、そういうことだから」
「……そっか」
「よし、じゃあそこ行こっか。後でレインコート着る時に、ちゃんと傘持ってよね」
「うん、わかった」
雨宮さんは少し前に出て、くるりと傘を回しながらこちらを振り向いた。
「本当に、ありがとう!」
隣の席の雨宮さんは、究極の雨女だった。
そんな雨宮さんとこれからも、出かけられたらいいな。
隣の席の雨宮さんは究極の雨女だった 時津彼方 @g2-kurupan
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