6.お見舞い

 遠足の翌日、雨宮さんは学校を休んだ。家が近いこと、仲がいいこと、緊急性のある配布物があること。この三つが重なったため、僕は雨宮さんの家に尋ねるよう頼まれた。ちょうど部活のない日だったため受け入れたが、逆に部活がある人達からお見舞いの気持ちを伝えるようたくさん言われた。

 前一緒に公園に行った時の道を思い出し、一つ一つ表札を確認して探そうと思っていたが、雨雲が遠くに見えたためすぐに分かった。名前を伝えるとすぐ通してもらえたのには驚いたが、すぐに部屋に上がるよう言われたことはもっと驚いた。


「お邪魔します……え、こんな風になってるんだ」


 ドアを開けると、傘とレインコートが壁に吊られている所以外は、何の変哲もない部屋があった。ベッドに寝ているかと思ったが、雨宮さんは壁に背を預けてぼーっとしていた。


「え…………わっ!」


 雨宮さんはこちらに気づくや否や、慌てて布団を口元まで持っていった。サイズが小さいのか、少し足先が布団から覗き見えた。


「雨宮さん、お見舞い来たよ」


「あんまり近づいたら、移っちゃう」


 雨宮さんの言葉は布団のフィルターを通してくぐもっていたが、なんとなく内容は聞き取れた。


「あ、ごめん」


「ううん、ありがとう。今日も君と話せて、とても嬉しいよ。そこ座っていいから、ちょっと話さない?」


「いいよ。よいしょ」


「あっ、待って。これ使って」


「わっ」


 そう言って、雨宮さんは近くにあったクッションをこちらに投げる。


「あ、ごめん。でも痛くないでしょ?」


「顔面直撃だけど」


「ふふっ」


 雨宮さんは伸びをしてから、軽く咳をする。


「大丈夫?」


「うん。もう明日には行けると思う」


「……明日、学校休みだけど」


「あ、そっか。でも、とりあえず熱はもうなくて、体がだるいだけだから」


「だったらよかった。遠足で休んでた皆も今日は来てたし、流行り風邪なのかな」


「そっか。もしかしたらそうかもね。でもそれじゃ学級閉鎖ならないかー」


「なってほしいの?」


「それはね。でもみんなと会えないのは寂しいかも。あ、でもみんなと電話したらいいか。便利な世の中になったねー……あ、そういえば、君さ、あれやってる? メッセージアプリの」


「あ、緑のやつ? やってるよ。そういえば連絡先交換してなかったね」


「うん。これまでほとんど毎日会ってたからね。席替えもあったけど、結局視力の関係とかでまた隣同士だったし」


「あ、そういえば今日席替えあったよ」


「え、もう?」


「うん。といっても、大体月一だし、この時期じゃない?」


「それもそうか。で、私どこの席?」


「ドアに近くて、柱の隣。わかる?」


「あ、あそこか! まあ外から見えづらいしいいけど。でも一番後ろじゃないんだ……」


「前回も最後列だったもんね」


「……」


「どうしたの? そんなにこっち見て」


「君はー?」


「え、僕?」


「うん。聞きたいに決まってるじゃん」


 少し身を乗り出し、布団がめくれる。花柄のパジャマが目に入る。まさか学校関係の服装以外で初めて見るのが寝巻とは思わなかった。


「僕は、雨宮さんの後ろ」


「え、やった!」


「でも隣じゃなくなっちゃったね」


「でも、後ろが君でよかったよ。中学校の時、後ろ以外の席なったときは、後ろの人にクレーム言われて席替えさせられたから…………あ」


 雨宮さんは、何か思いついたようなキラキラした目を向けてきた。


「そうだ、クレーム言ってよ」


「は?」


「先生に、傘で黒板が見えないんで変えてくださいって。あ、何なら私も行こうか?」


「いやいやいやいや、なんで?」


「だって、そうしたら君の隣に行けるかもでしょ?」


「そんな私的な理由で変えていいのじゃないでしょ」


「だから君に頼んでるの。ねえお願い。この通り」


 雨宮さんは手を合わせて頭を下げる。


「……僕からは言わない」


「えー? なんで?」


「他の人が嫌そうだったら、何となーく聞いてみるから」


「……わかった。わかりました」


 雨宮さんは拗ねたように布団を被る。


「じゃあ、そろそろ帰ろうかな」


と、腰を浮かせると、雨宮さんは慌てた様子で布団を前に飛ばして顔をのぞかせる。


「えっ、もう帰っちゃうの、ゴホッ、ゴホッ」


「うん。やっぱり雨宮さんまだ万全じゃないようだし、ゆっくり休んでもらわないと」


「まだ、お話したい」


「でも喉しんどいでしょ?」


「しんどくても、君となら話したい」


 少し涙目になっている雨宮さんを見てドキッとしたが、改めて相手が風邪をひいていることを思い返し、これ以上悪化させるわけにはいかなかった。


「また来週ね」


「待って!」


 そう言って部屋を出ようとしたが、雨宮さんは慌ててベッドから起き上がり、僕の服をつかんだ。


「ちょ、ちょっと」


「連絡先、聞いてない」


 体が密着しそうになり、僕は肩を持って雨宮さんの体を支える。


「あー、連絡先ね」


「それだけしてほしい。明日も、話したいから」


「わかったわかった」


 僕は雨宮さんをベッドに座らせ、スマホを取り出す。


「……おっけー。じゃあ、ゆっくり寝てね」


「本当に帰っちゃうの?」


「うん。元気な雨宮さんともっと話したいから」


「分かった。じゃあお見送りだけでも」


「だめ。寝てて」


「そこを何とか」


「だーめ」


「何したら、許してくれる?」


「そのままベッドで寝てたら」


「ひどっ」


 僕はすぐに立ち上がって部屋のドアに手をかけた。


「じゃあまた!」


「ちょっと!」


 僕はドアを閉めると、親御さんに挨拶をし、一目散に家まで自転車を飛ばした。

 隣の席の雨宮さんは、究極の雨女だった。

 そんな雨宮さんが元気なることを何度も願って、自転車をこいだ。

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