4.帰り道2

 入学式から数週間経ち、僕たちはすっかり高校生活に馴染んでいた。数人の友人ができて遊びにも行ったし、部活動もいくつか見学してめぼしいものを見つけた。

 友人とは行かないまでも話す関係もいくつかできて、今日は部活動の見学の時に知り合った数人の女子生徒と放課後に話をした。

 雨宮さんの方は、というと。


「うん、傘入れるための袋は買ってるよ? 業者用のサイトで買えるんだー」


 そちらも何人か心を許せる友人ができたようで、休み時間も僕と話すことは減っていった。あの時は友達になるって言ったけど、やっぱり同性の友達の方が過ごしやすいだろう。

 僕はその輪を尻目に話していた女子生徒たちと昇降口まで向かい、校門を出てすぐに別れた。あの日の帰り道は思ったより長く感じ、自転車通学をすることにした僕はヘルメットを教室に忘れたことに気づく。

 再び校門をくぐり、自転車をもう一度駐輪場に止めてから昇降口に入ろうとすると、見覚えのある顔が影から現れた。


「あ、雨宮さん」


「あー! 探したんだから! なんで先に帰っちゃうの?」


 こちらに駆けよる雨宮さん。心なしか雨音がいつもより大きいように聞こえた。


「いや、何か仲よさそうにしてたから、つい」


「今日は一緒に帰るって約束してたのに。まあいいけど。それより、なんで戻ってきたの?」


「いや、ヘルメット忘れてきちゃっ、て……え?」


 雨宮さんの手には傘と、僕のヘルメットが握られていた。


「ああ、これ? 忘れてたから持ってきちゃった。まあ、約束を忘れて先に帰ろうとしてた誰かさんへの罰として、私を見つけるまで自転車で帰れないようにしてやろうって思って」


「すみません……」


「はい。帰ろ?」


「……うん」


 僕はヘルメットを受け取って、頭に被った。


「僕達、結構普通に高校生活謳歌できてるね」


「そうだね。私もいじめられてた先輩に会って嫌な気分になることはあるけど、それ以上に私のことを理解してくれる友達があんなにいるとは思わなかったから。もしかしたら、中学校の時ももっと味方は多かったのかも」


「それは何より」


「ていうか、君は高校生活謳歌できるでしょ」


「なんで?」


「だって、放っておいても君の周りにはいろんな人が集まっているし、何か趣味合う人多そうじゃん。ほら、今日だって女子とライブの話してたでしょ?」


「聞いてたんだ……まあ、話す人は結構いるけど、でもやっぱり疲れるよ。中学校の時と比べて、明らかに会話量が増えたから。なんだかんだ会話についていけなくなって交友関係は狭くなっていくと思うよ?」


「でも、君はそれだけじゃないじゃん。きっと」


「他に何かある?」


「だって、ほら、えっと……」


 雨宮さんは何かを隠している様子だった。


「はい、この話はおしまい!」


 手を叩いて強引に話を変えようとする雨宮さん。内心、何を使ったら高校生活を謳歌できるのか知りたい気持ちはあったが、また別の機会にしれっと聞くことにしよう。


「にしても、初めの頃よりはずっと印象が変わったよね」


「え、私が?」


「うん。ほら、もう四月も終わりかけてるけど、初めの頃は、敬語が混じったりぺこぺこしたりしてたじゃん」


「それは初対面だったからさ。他は何も変わってないよ」


「ううん。それは違う」


「珍しい。そんなきっぱり言い切るなんて」


「雨宮さんは、じめじめした性格なんかじゃなかった。ずっと僕なんかより明るくて、強い人だったよ。こんな大変な生活をしてるのに、愚痴は言うけど弱音は吐かないで頑張ってた」


「……ありがとう。でも、私も君のこと、落ち着いていていいと思うよ。たまに私が取り乱した時も、今の内はまだ愛想尽かさないで助けてくれるし」


「少なくともこの一年は助けるから、安心して」


「……ふふっ、ありがとう」


「ほら、また交差点通り過ぎるところだった」


「あっ」


「あはは!」


「もう! また明日ね!」


「うん、また明日!」


 隣の席の雨宮さんは、究極の雨女だった。

 そんな雨宮さんは、 顔を赤らめながら走っていく雨宮さんは、時折向かい風で傘を持っていかれそうになっていた。僕は、落ち着いて、と心の中で声をかけて自転車にまたがった。



*****



(三十分前)


「えっ、あそこで話してる彼のこと? うん……えっ? かっこいい? 言われてみれば確かに。クラスの中でも結構いい方、か。へぇー、女子の間で人気なんだ。え、いいなーって何が……たくさん話してるから、って、まあ隣の席だから、話してくれてるのはあると思う。うん……え、私もかっ、可愛い!? そんなことないよ。ほら、あっちにいる子たちだって……あれ、いない。一緒に帰る約束してたのに。え? うん、追いかける。ごめんね……え、ヘルメット? あ、ありがとう。渡して来る!」

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