2.帰り道1
ザー…………。
放課後の教室でも、相変わらず雨音がよく聞こえた。それは隣にいるからか、あるいは。
「雨宮さん、途中まで一緒に帰らない?」
カバンの中に荷物を入れている雨宮さんは、こちらに顔を上げた。
「いいよ。でも他の子はいいの?」
「うん。別方面ばっかりみたいだったから。それこそ、雨宮さんはどうなの?」
「私は、今のところは数人話した人はいるけど、皆もう行っちゃったから」
「そっか。じゃあ行こっか」
「あ、ちょっと待って」
そう言ってレインコートのボタンをプチ、プチと外しかけた雨宮さんを見て、僕は咄嗟に机の横に立てかけられた傘を開いて、雨宮さんの頭上に広げた。
「これで濡れないでしょ?」
「あ、ありがとう……」
雨宮さんは少し俯き気味にフードを外し、レインコートを脱いだ。
「うん、大丈夫。ありがとう」
「はい」
僕は傘を雨宮さんに返し、カバンを背負い直した。
「じゃあ帰ろう」
「うん」
学校を出ると、太陽が眩しく僕たちを照らしていた。それでも隣では雨音がしている。下駄箱にたどり着くまで、上級生らしき何人かが怪訝そうな目で見ているのが気になったが、当の本人は気にしていないように見えた。というか、慣れている様子だった。
「雨宮さんって、徒歩通学?」
「あ、うん、そうだよ。電車が雨を受けてくれるから、一応電車の中は雨に降られないんだけど、周りの人が『なんだなんだ』って言いだしてるのが気になっちゃうから、徒歩で行けるところを選んだんだ。君もそうなの?」
「僕も家に近いところが良かったからここにしたんだ。まあまあ進学実績もいい方だったし」
「君って賢そうだよね。本読んでるし」
「それよく言われるんだけど、そんなにだよ。友人が進学校に行ってるから、高校に友人が全然いないって、さっき言ったでしょ?」
「うん……」
少し考えている様子の雨宮さんを見て、僕はさっき感じた印象が間違いだったことに気づいた。
「……雨宮さん。もしかしてさっきの上級生のことで、何か悩んでる?」
「……ううん。もう慣れたつもりではいたんだけどね。中学校が一緒だった人で、そんなに話したことはないんだけど、裏で私のこと結構言ってるって聞いてから気になって。傘で目線を隠そうとしても、向こうは見てるんだろうなって思ったら意味なくって」
「もしかして、ずっとレインコート着てないのってそれが理由?」
「え、なんで?」
「人の目線を隠せるじゃん。レインコートのフードも深めに被ってたし」
「あー……でもそれもあるかも」
「でしょ?」
「でも一番の理由はね、蒸れるからだよ」
そう言って制服の胸元をつかんでパタパタさせる雨宮さんから、思わず目をそらしてしまった。
「むっ、蒸れ……?」
「うん。やっぱり一枚多めに着てると暑くて。今日とかはまだいいんだけど、夏場とかサウナみたいになるから」
「そ、そっか。え、じゃあ夏の授業はどうするの?」
「それは、椅子の背もたれにに傘を括りつける。で、移動教室の時だけレインコートを着るんだけど、暑いから前は空けて、中にはカーディガンを着て透けないようにしてる」
「色々考えてるんだね……」
「そう。結構大変なんだよー。ほんとやってられない」
「少しは手伝えるようにするよ」
「ほんとに? 助かるー」
ちょっと元気になったのか、雨宮さんは自然な口調で笑う。
「……なんか雨宮さんさ」
「何?」
「結構喋ってくれるようになったよね。それも今日の一日だけで」
「あ、そうかも。私仲いい人とは結構喋ると思う」
「人見知りってこと?」
「それもありそう。ていうか、ちゃんと信頼できる人って、大体一日かかわったらわかるよ」
「そうなの?」
「うん。私昔から人を見る目はちゃんとしてるって言われてるから」
「それは何よりだけど、そういうところが良かった?」
「えーと……まあ雰囲気?」
「もう少し具体的に何か、いただけませんか?」
「そんなに気になるの?」
「そりゃね。この年になるとさ、あんまり人に褒められることないじゃん。だから気になる」
「そ、そうなんだ。えー、何だろう…………」
かなり長考させてしまって、申し訳ない気持ちが興味を上回りかける。
「あ、傘持ってくれたのは良かったかも。中学の時は大体教室の隅に固定されてたんだけど、壁に傘を張り付けて着替えるために、先生に言ってたんだ。ほら、レインコートに着替えるときとかわざわざ誰かに持ってもらうわけにはいかないでしょ?」
「一応ちゃんとそういうことはしてたんだね」
「そりゃね。男子もたまに手伝ってくれたんだけど、やっぱり下心が見え見えだったからね。何人か仲いい女子はいたんだけど、優しすぎるから申し訳なくて。体育の時はさすがに頼んだけど」
「え、それ、これからどうするの?」
「あ…………」
思わず傘から手を放しかけた雨宮さんから傘を奪い取り、ちゃんと濡れないようにさし直す。
「どうしよ。あの子たちに後で頼もうかな……」
「そうした方がいいよ。僕もさすがに、そこまでは手伝えないから」
「うん。そうする」
僕たちは信号で立ち止まる。そういえば話している間にかなり長い距離を歩いた気がする。
「話してると、あっという間だね」
「うん。君と話してると楽しい。いろんなこと相談できたけど、何より高校で仲いい友達ができたことが一番かな」
「僕も嬉しい。そういえばなんだけど、雨宮さん家ってまあまあ遠い?」
「ううん、そんなことないよ」
「僕まだまだ先に行くんだけど、どれくらいまで行くの?」
「……あ、もう過ぎてる」
「え?」
「話に夢中になってて、さっきの交差点曲がらないといけなかったのにまっすぐ来ちゃったみたい」
「もう、しっかりしてよー」
「あはは、ごめん。じゃあまた明日。ばいばい!」
街中で一人、傘をくるりと回して雨宮さんは踵を返して歩いて行った。
隣の席の雨宮さんは、究極の雨女だった。
そんな雨宮さんは、少しおっちょこちょいな子みたいだ。
*****
「恥ずかしい……話に夢中になって道間違えるなんて。でも、たくさん話せたからいっか。でも、あんなに遠いんだったら、これからは自転車で通学するのかな……」
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