第7話

「あいつ、自分だけじゃないっつってたよな」

 脱がされた衣服に着替えながら廊下を歩く。かなり下の方まで運ばれてきており、業者が行き来するようなホテルの裏通りを闊歩した。

「我々とも言うてましたし、多分第四大臣四名全員か、少なくとも三人は関与しとるでしょう。そうなればまだ隊員達の電脳をハッキング出来る……五月雨は対抗出来るでしょうが」

 シャツの袖を捲り上げ、ドレスの裾を縦に引きちぎった。

「いやヱマさんそれ……」

「どーせ千切れたりすんだからいいだろ」

 力任せに引きちぎられたドレスに溜息を吐いた。だが足音が聞こえ、南美は拳銃を両手に、ヱマはどこかで拾ってきたコードを片手に壁に背中をつけた。 

 足音は二名、大和なら独特なブーツの音だし警察や公安なら革靴の音だ。五月雨は足音を消して移動する。硬めのスニーカーらしき音で訓練された人間の歩き方ではない。

 確実にテロ集団だろう。ホテルの人間は既に避難済みだし、こんな場所にわざわざ来る奴なんていない。

 二人はアイコンタクトを取ると敵が入ってきた瞬間に攻撃した。南美は頭を撃ち抜き、ヱマはコードで首を絞めた。鬼の全力だともはや窒息どころの騒ぎではない。

「……コードの意味あります?」

 首の骨が折れた死体に訝しげに言った。

「いやいや、めちゃくちゃ意味あるって」

 ぶんぶんと頭の部分を振り回す彼女に「殴った方が早い気が」と呟き死体を跨いだ。そのまま警戒しながら進んでいく。途中で何度かテロ集団の仲間らしき連中に出会い、もう殆ど弾がなかった。

「アサルト一丁って、こいつら素人やろ……」

 拳銃の方が使い慣れているし身軽に動ける。然しこれでは武器がなくなるので、仕方なくアサルトライフルを剥ぎ取った。

「テロ集団ってさあ、こんなチンピラみたいにチャラいっけ」

 彼女が指さす方を見ると電子仮面を脱がされた男の素顔があった。その辺の繁華街や夜中のコンビニにいそうな、ごくごく普通のヤンチャな青年に見えた。

「あの映像にも映ってましたが……」

 ざわざわとする違和感だ。ヱマがぼそりと呟いた。

「ってか俺が知る限り、反対派になるような教育は今してないぜ? まあ歴史だから避けられないし自分で調べたら反対したくなるだろうけど」

 南美はあまり沖縄の事を知らないので、「そうなんですか?」と眉をあげた。コードを振り回しながら肯く。

「少なくとも俺が現職時代に行った時はな。つーかそういう洗脳するような教育は法律で禁止されたから、公立の学校じゃまずやれない。だから過剰に反対するとしても、精々四十代が最低だな」

「そう考えるとますます変ですねえ。あんな若いチンピラがおるなんて……」

「それにさ、俺思ったんだけど」

 ふっと足が止まり、振り向いた。

「史実のどこにも警察や大和みたいな組織が沖縄北海道事件に関わってた、なんて記録はねえんだよ。なのになんで反対派は、過激派は第四ばっかり眼の敵にしてる」

「そりゃあ、政府の組織やし一番距離が近いですし。少なくとも政府の命令でなんかしらはやったはずですよ」

「だとしてもさ、なんかおかしいだろ。なんで政府に対するデマが一つも起きてねえんだ。なんで一番武力のない警察に対してばっか攻撃してんだ」

 少し声が大きくなり反響する。南美は確かにと視線をおろして肯いた。

「ここ最近で一気に激化したのを見ると、反対派でもなんでもないただの過激派集団が力を付け始めたって事ですかね……」

「かもな。あの女もその娘も、沖縄の訛りは一切なかっただろ」

 コードの頭を振り回しまた歩き始めた。確かにぺらぺらと標準語を喋っていた。幾ら方言が薄れたとは言え、多少滲み出てくるはずだ。

 この行動に正当性も何もないなら、それこそ第四の連中に止められる訳がない。二人は同じ危機感を覚えたのか、気づいたら走り出していた。

「田嶋!」

 会場まで戻ると彼女が倒れていた。然し血で開けなくなった片目を見せて「来るな!」と叫んだ。

「なんだこれ……」

 陰山、早坂も負傷しており、隊員や警官も何名か転がっていた。そして何より、会場の出入口が大きく破損していた。

 広く筒抜けになった先では建築用の大型重機が不規則な動きをしており、テロ集団も何もお構いなしに蹴散らしていた。

 第四は警察庁長官だけが狙いのようだし、テロ集団の仕業だとしても動きが雑だ。どういう状況なのか理解出来ず、二人は固まるしかなかった。

 田嶋がなんとか立ち上がって近づいてくる。眼の上を切っており、脚も引きずっていた。慌てて手を貸す。

「どういう状況なんや、これ」

「私にも分からない。急に爆発音がしたかと思えば、敵も味方も関係なくあの重機が暴れだした」

 ホテルの隣には建築現場があり、そこを突き破って来たのが分かる。操縦者はおらず、ハッキングによるものだ。

「もっと精度の高いハッキングならここまでならない……恐らくだが、誰かが即席でやったか、やっている最中に攻撃されて中途半端な状態で終わってしまったか」

 田嶋の力のない声にヱマが続ける。

「カオスがカオスを呼んだって事か。五月雨は」

 それにかぶりを振った。

「リアルにいる者は負傷した。バーチャル内の者はメタバースで戦闘中だ。どうやら足止めを食らっているらしいが、テロ集団にそんな高度な人間がいるとは思えない……」

 ぎゅっと南美の腕を掴んだ。怒りの滲んだ声にぼそりと呟く。

「第四の仕業か」

 彼の言葉に肯いた。

「公安も警察も戦力は低い。一番頼りになる大和もこの様だ……早坂もネット越しにサイバー攻撃を受けて、とてもじゃないが」

 想像以上に戦況は酷い。それは一重に、彼ら現職者達が第四のハッキングで判断力を落とされているからだろう。だが狙いの長官を攻撃出来たのに、いつまでもハッキングしているのはおかしい……。

 そう二人は思った。然しハッキングする権限があるだけで、解除する権限は四人中一人しかいない。その唯一の大臣が先程の男だ。

 南美から田嶋らに関与していた事をバラされたのは察している事だろう、そうなればもう解除する気はない。寧ろ更に彼らの能力を落とすはずだ。

「こんなふざけた連中を使うからこうなるんだ……!」

 怒りに震える田嶋に暴れ回る重機を睨みつける。もし第四の連中がただの殺し屋を使っていれば、ただのヤクザを、それこそ公安と繋がりのある堺井組を使っていれば。長官だけを殺して後は上手いこと茶番をやれるはずだ。

「イキがるなよ、坊ちゃん共が」

 ヱマがぼそりと呟く。南美は彼女の横顔を一瞥し、田嶋の襟元を強く掴んだ。

 その時、重機の動きがぴたりと止んだ。静寂が流れる。

「とまった……?」

 解除するかハッキングされた側が反撃しない限りはそのままだ。止まる事はあり得ない。

「早坂?」

 田嶋が振り向くと無言でかぶりを振った。然し彼らの見えないところで、奴らはこっそりと動いていた。

「お前らは……」

 ホテルの地下、二人が運ばれたあのコンクリートの部屋で第四大臣の一人は眉根を寄せた。

『裁くのは我々である』

 加工されたギリシャ語と、特徴的なマークを表示させた電子仮面。ここに来たのは五月雨の隊員ではなく、情報を聞いて忍び込んで来たOSIRISのメンバーだった。

 だが情報は第四によって遮断されている。その事を知っている男は乱れた髪もそのままで、ぎりりと強く歯を剥き出した。

「貴様ら……!」

 それに仮面の二人は顔を見合わせ、大袈裟なリアクションで嗤った。

『直に第四省に委員会が乗り込んで来る。世間には過激テロ集団による事件として報道されるだろう。だがその分、お前達への裁きは重たいものになる』

 すっと五月雨の格好をしたまま指をさした。

『隊員や警官達へのハッキングは我々が解除した。テロ集団に殺される前に仮死状態にさせるなんて、変なところで甘いんだな 』

 もう一人が顔を覗き込み首を傾げた。その無機質でシンプルなデザインに男は拳を振るった。だがふっと避けられる。

『メタバースにいる五月雨も事を終えただろう。場所は全員に通達した。怒り心頭の彼らに押しつぶされて死ななければいいな』

 笑いながら言うと二人の身体は力を無くし、その場に崩れ落ちた。がしゃんと重たい音を起てる。それらは五月雨の格好をさせられたただのアンドロイドだった。

 田嶋、陰山、早坂、そしてもう助からない警察庁長官。White Whyの二人に現巡査長の彼女。警察、公安、大和、五月雨それぞれの幹部達と数十名の現職者達。報道陣やホテルのスタッフら一般人。

 連れ出された男には四方八方から殺意と敵意の眼が向けられた。引っ張り出してきたヱマは襟元を投げるように乱暴に離した。その場に膝をつく。

 テロ集団のリーダーである安里は南美が担いでおり、後ろから気配を消してマミがついてきた。

「言うことがあんだろ。第四大臣」

 ヱマの言葉にその場にいる全員が男の態度を、表情を注視した。男は身を小さくして、おどおどとした動きで正座した。

「すみませんでした」

 頭を下げる。然し怒号が走る。それは報道陣のなかからだ。彼らは嘘の報道をする必要がある、その事で既に苛立っており、余計に爆発した。

「何がすみませんだ! 何したか言えよ!」

 そーだそーだと声が広がり、怒声が飛び交う。盛り上がる彼らに対し、田嶋が一喝した。

「冷静に!」

 よく通る声は響き渡り、彼らを静めた。田嶋は男に向き直った。教官長に支えられながら淡々と言った。

「第四大臣、まず誰がこの件に関与していますか。お話ください」

 彼女の場を静める能力は桁違いだ。静寂が流れ、男はそこにゆっくりと吐露しはじめた。

 関与していたのは男の他に二名。残り一名は正義感が強く反対するだろうという事で端から計画を話していなかった。だがどこかしらで知られ、OSIRISに情報が渡ったのだろうと語った。

 次になぜ安里率いる過激派組織を使ったのか。それはここ最近の彼らの行動のお陰で筋書きが作りやすく、尚且つ安価で請け負ってくれたからだと答えた。

 殺し屋や堺井組などのヤクザを使えば多くの金を使う。多額の金を動かせばそれだけ隠すのも難しくなる。何せ彼らの傍には関与していない人間が常にいた。その状態でリスクを犯せば……どうなるかは一目瞭然だ。

 安里らがWhite Whyの二人にだけ脅迫めいた映像を送り付けたのは計画外の事で、第四大臣は二人の事を大して知らなかった。だが随分前からの計画なので、端から過激派側は邪魔な連中を殺そうとしていたのだろう。

 そして安里らはもはや反対派でもなんでもない。ただの犯罪組織で、そもそも安里もその夫も沖縄の出ではない。大半が全国各地から集まった暴れたいだけの人間か、政府組織に不満のある人間か、それこそイカれた人間かで、歴史を知っている者は半数もいない。

 また武器や手錠、万が一の鎮静剤等を安里らに渡しており、火薬の音ではなかったスナイパーライフルはまだ大和に支給されていない、開発段階の物である事も打ち明けた。

「事が終わったら、公安と大和に命令してこの犯罪組織を潰すつもりだった。そうすれば証拠も残らず、まともな長官を立てる事が出来る」

 だが判断が甘かった。それに殺す必要はなかったと陰山が言った。

「永瀬長官はポンコツですし萎縮症と噂される程、最近はその度合いが酷かった。然し彼はその事を把握していました。病院に通い始めたと興味もないのに話してきた事があります」

「その際に彼は、後の人間が上手くいけるように準備が整ったら辞任すると私に吐露しました。私に嫌われている事を分かった上で、永瀬長官は話してきたのです」

 それに早坂が肯いた。

「あたしにも話してきました。どんなに素っ気ない返事をしても、辞めるとハッキリ言っていました」

 田嶋が続ける。

「永瀬長官は優しい方で、なんだかんだで警察をここまで押し上げてきた方です。そして信用していない者には、絶対に本音は話しません。この事を知っているのは恐らく、我々だけです」

 その言葉に南美とヱマは顔を見合わせた。特に彼女は少し胸がどきりとした。恐らく信用されていなかったのだろう。

「残念です。第四大臣」

 田嶋の淡々とした声と彼女らの憐みを込めた眼つきに、男は絶望の表情を浮かべて固まった。

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