第5話
後日、第四五十周年記念式典への招待状が二人のもとに届いた。
「まだ五十年しか経っとらんのか」
第四とは警察、公安、大和、五月雨の四つの組織の正式な総称の事だ。あまり呼ばれないし政府も使う事はないが、それぞれの組織形態が変わり整備され連携を取れる状態になったあと、当時の総理大臣がつけた呼び名だ。
そして第四関係の式典やイベントには必ず退職した者も招待される。南美は捜査一課の巡査長だったしヱマは公安の長官だった。呼ばれて当然の立場だ。
「流石に五十周年は行かねえとな……」
正直この類の催し事は苦手だ。だがこれ以上恥をかきたくないし、現長官だって来る。もし式典に彼女がいないとなれば後々の事に響くだろう。それこそ、堺井組との関係を完全に切られるかも知れない。
退職した者の元の役職は公表されない。任意で公言するのは構わないが、原則明かされる事はない。そこは心配ないが、沖縄の過激派の事を考えると眉間に皺が寄った。
「大和と警察の特殊部隊で警備に当たる予定だが、両方の教官やエリート組は式典に出る必要がある。それに数も決まっているし、どうしても戦力が下がってしまう」
田嶋の溜息に顔をあげる。ピアスが揺れた。
「各支部の局長も来るんやろ。全国的に手薄になるし、こんなに集めてええもんかどうか……」
東京と周辺のトップ連中だけでいいのではないか、そう南美や田嶋、他の長官や局長は感じている者が多かった。
「仕方ない。第四の連中がそう決定してしまったんだ。我々は従うしかない」
あまり表には出てこないが、彼ら組織を纏める第四省というのが政府のなかにある。それのトップ達が決めた事には頭が上がらない。第四省が言えば組織はすぐに解体されるからだ。
「まあ嘆いたところでどうにもならない。それより、沖縄の件で話がある」
ふっと風が吹いた。田嶋の長い尻尾が揺れる。
「ハッキングしたのはOSIRISのメンバーだった。とは言えかなり下っ端で最近入ったばかりの十代のハッカーだったらしい。既にOSIRISからは外されている」
彼らハッカー集団は中立的な立場で必ずしもホワイトとは言えない。然し第四に逆らう事は決してない。犯人が分かった時にはもうOSIRISからは蹴り出されていた。
「ただあの映像を撮っていた人物は特定出来ていないようだ。上手いこと痕跡を残さないようにしていて、映像のデータが欠片もなかった。それに見ていたのは君達だけだ。データが全く残されていない以上追うのは難しい」
田嶋の言葉にややあって立ち上がった。
「ありがとう。わざわざ」
相変わらず冷たい目つきと声音だ。さっさと立ち去る彼を見つめ、肩を落とした。
八月下旬頃、東京都内にあるホテルの会場で式典は行われる事になった。南美とヱマはそれぞれ衣装を揃え、会場で合流した。
「ヱマさんの事、知ってる人は限られてるんですよね。大丈夫なんです?」
大体の人間に南美が傷害殺人事件の被害者であり、White Whyという何でも屋として青年を逮捕まで追い込んだという事は知れ渡っている。そしてヱマの事も、彼の相棒として活躍したと認知されている。
「別に範囲は広いんだから大丈夫だろ。誰も元長官だなんて思わねえよ」
黒っぽいドレスの裾を翻し会場の出入口をみやった。南美もそちらに視線を移す。そこには警察庁長官、大和総裁、五月雨総裁、公安長官の四名がおり何やら話していた。
警察庁長官は犬、五月雨総裁は猫又、公安長官はデビルだ。それぞれ体格差も性格も見た目も違う、田嶋総裁は八方美人なところがあるが、五月雨と公安の二人はハッキリした性格で警察庁長官を嫌っていた。
あからさまに顔つきが険しいデビルと興味がなさそうな猫又に、何も気づいていないのか能天気な犬と上手いこと場を保とうとする狼……とても連携のとれる体制には見えなかった。
「表立ってあんなことしていいのか?」
部下達の不安を煽るだけだろう、ヱマは嫌そうな顔で彼らを見た。
「そうですねえ……まあ実際は上手いこといってますし、あくまでも仕事に関係なかったらってことなんでしょうが」
それにしても不安定な四人だ。田嶋も無理に取り持つ必要はないのに、恐らく警察庁長官が構わず話しかけるから揉めないように間に入っているのだろう。
「南美さん、お久しぶりです」
不意に声をかけられ振り向いた。すらっとした体型の女が敬礼する、南美もそれに応じた。
「巡査長の仕事は順調です?」
優しく問いかけると無表情に肯いた。蛇特有の鱗が頬の一部にあり、光を反射して青く輝いていた。
「まあ新しく入った部下が少々熱血と言いますか……突っ走るところがありまして」
それに軽く笑った。
「そーゆー子はどこかで必ず痛い目見ますから危険が及ばないよう注視しておくだけでええですよ。確かまだ東さんが現役でおったはず……」
「ええ、東さんにはいつも助けられています。そうですね、彼がいますし私は見守るだけでいいのかも知れません」
「あんまり一人を気にしてると他が見えんくなりますからね」
南美の表情は柔らかく、偽っている時の飄々としたものではなかった。自分の後任と仲がいいのはいい事だ、然し同時に羨ましいと思った。
四人の長官をもう一度見る。翼を消し、宙に浮いている尻尾を不機嫌に揺らす現長官を見つめた。すると視線を感じ取ったのか、赤黒い瞳がこちらを向いた。
光のない眼、敵意と嫌悪感を孕んだ眼……ヱマは逃げるように逸らした。
「沖縄旅行、まさかああなるとは思っていなくて……大丈夫だったかな?」
暫くそこにいると警察庁長官がやってきた。田嶋は他二人と話しており、先程より雰囲気が柔らかくなっていた。五月雨総裁に至っては楽しそうに笑っている。
「ええまあ」
南美が作り笑いで答える。ヱマは関係ないと言いたげに腕を組み、軽く身体を背けた。然し。
「琉生君、あの時は大変だったね。今は大丈夫なのかな。ちゃんと墓参りに」
「今その話は関係ないでしょう」
大きく遮る。自分が思うよりも声が響き、ざっと視線を集めた。南美は止めずに口を噤んだ。
「何度その話をすれば気が済むんですか。私は、俺はもう気持ちの整理がついてますし、今の公安に俺は関係ない」
すっと睨みつけるように視線をやった。その目つきは現役時代のものだ。遠くから現長官の視線を感じる。
「す、すまないね……余計な事を」
細くなった尻尾を下げて眼を伏せた。そのしおらしい姿にヱマは足を踏み出しながら吐き捨てるように言った。
「俺らを危険に晒しやがって」
かつかつとヒールの音が鳴り響く。誰もが見守るなかで南美は項垂れる長官に対し、酷く事務的な態度で言った。
「第四五十周年、おめでとうございます」
方言の訛りが薄いその言葉を置いて、さっさとヱマのあとに続いた。
式典は豪華に静かに順調に進んだ。外には大和と警察の特殊部隊が勢揃いし、サイバー攻撃に備えて五月雨の隊員もリアルとバーチャル両方に肩を並べた。
撮影用のドローンが報道局の数だけ頭上を飛び交う。全国、そしてネットとメタバース内の特別サイト、ブースにて生中継される。
賛成派も反対派も、そのどちらでもない人間も。誰もが式典の様子を見守っていた。
第四省の大臣がマイクから離れたあと、公安長官から順にマイクの前に上がった。それぞれの組織に関わる事と、その組織を代表した第四に対する意見や気持ち……在り来りな言葉を交えたそれらは田嶋の次に警察庁長官が締めくくる事になった。
二人は退職者という事もあって会場の後ろの方にいた。南美は手を後ろに組み、ヱマは腰に手をやって片足に体重をかけた。もう一般人である二人にとって、各トップが何を掲げようが関係のない事だった。
彼の言葉は重みがなかった。他三人は現実的でハッキリとしていたが、彼の声は軽く話が入ってこなかった。
「ここまで酷かったか?」
「もう歳ですからねえ」
六十を過ぎると電脳の影響で脳が萎縮するケースが増えている。警察庁長官のここ最近の言動や行動、癖などが症状と一致しているらしく、電脳萎縮症と新しく名付けられたその病気ではないかと噂されている。
新しく患者もまだ少ない方だ。治療法が見つかっておらず、自覚症状もない。ただただ厄介な老人として扱われるだけ……。
「いい加減辞めればいいのに……」
ヱマが溜息を吐いたその瞬間、ぱあんっと乾いた音が鳴り響き警察庁長官の身体が大きく揺れた。一気に騒がしくなる。
「銃声だろ今の」
警察庁長官はそのまま倒れ、二人の視界から消えてしまった。
「ええ。やけど火薬の音じゃないですね」
田嶋や他長官の大声が聞こえ、そこに様々な声が重なり合う。犯人を押さえろという怒号が飛び交う、そのなかに南美が何度も聞いた東という刑事の声があった。
見当たらない、どこに行ったと混乱が伝染してゆく。然し。
「いた、あそこだ」
落ち着いて状況を見ていたヱマが指をさした。それは会場の上、飾りだと思っていたステンドグラスの部分が外されており、僅かに銃身が見えた。すぐに引っ込む。
「南美は長官達に伝えろ」
そう言うとドレスを翻し会場の外に飛び出した。
「田嶋、田嶋!」
混乱する会場内で南美は前の方に向かおうとする。然し彼ら、特に警察官の熱量が凄まじく、力の弱い彼はその混乱に飛び乗る事が出来なかった。
これだからと大きく舌打ちをかまし、指を口にやった。高い笛の音を響かせる。するとぴたっと静かになった。
南美は警察庁長官の傍にしゃがみこむ田嶋を呼んでステンドグラスの方を指さした。
「ヱマさんが見つけた」
犯人はこの言葉通り会場の内部にいる。それが分かると長官達は本領を発揮した。
「大和、警察両部隊は物理的な通路の閉鎖! 周辺一般人、報道陣の避難誘導! 以上を行え!」
「五月雨部隊は即刻ホテル、会場両方をハッキング。防衛システムを強制発動させ警備ドローン及びロボットのプログラムを五月雨式に変更しろ」
「公安部隊は大和、警察のサポートを行え。後はわざわざ言わんでも動けるだろ」
三人の指示により現職者、退職者関係なく姿勢を正し、共通の敬礼をした。すぐに動き出す。流石は長官達だ。
「南美、ヱマのGPS機能は使えないのか」
警察庁長官は公安と大和の救護チームによって囲まれた。一命を取り止めるかどうかは分からない。
「彼女の事ですから公開にしとるはずです。五月雨なら簡単に追えるでしょう」
田嶋が振り向き五月雨総裁に伝えた。彼女は肯くとすぐに隊員にメッセージを飛ばす。特殊な義眼がカメラレンズのように動いた。
「ヱマが見つけたって言ってたな」
公安長官、陰山が話しかける。その冷たい眼差しに肯いた。陰山はふうんと気のない返事をしてステンドグラスの方を見上げた。
「やけど、違和感があるな」
南美が呟くと田嶋が問いかけた。
「違和感?」
「ああ。幾らなんでも警察官や隊員達の様子が過剰やった気がする」
それに五月雨総裁、早坂が同意した。
「確かに。なあんかハイになってる感じ」
田嶋と陰山も思い返せばと肯いた。火薬とは違う発砲音、そして内部構造を把握していそうな場所からの狙撃……南美はぽっかりと開いた四角い暗闇を睨みつけた。刹那。
ばあんっと大きな爆発音が鳴り響いた。びくりと肩が震える。
悲鳴が続く。振り向くと会場の出入口付近が煙で覆われていた。
「何があった!」
田嶋が叫ぶと恐らく隊員の一人が返した。
「テロ集団です! にげ」
然し乾いた音と共に途切れた。煙で様子が分からない。まだ会場内に報道陣が幾らか残っており、警察官と大和隊員は彼らを守るように懐から拳銃を取り出した。
「テロ集団って言ってたな」
陰山の酷く冷静な声音に田嶋は眉根を寄せた。
「そんなもの、五年前に全員潰したはずだぞ」
煙のなかに人影が映る。南美は丸腰な為、一歩退いた。
「全員揃ってるな」
まだ警察庁長官は後ろで倒れたままだ。なぜか救急車が到着しない。それに外の隊員達はどうしている……幾ら数が少ないとは言え、素通りさせる程弱くはない。
「南美、使え」
さがった彼に田嶋が近づき、後ろ手に一丁の拳銃を渡した。
「大和仕様のものじゃない。私が扱える程度のものだ。威力に期待するな」
小声の忠告に短く返した。
「分かった」
そのままもう一歩下がる。相手は五名。武装状態で手にはアサルトライフルやサブマシンガンがあった。
「ゆっくり手を挙げろ」
銃口が向けられる。三人は時間を稼ぐようにスローペースで掌を見せた。そのまま頭の後ろで組む。
「おい、お前もだ」
南美に矛先が向く。然し右手に持っている以上手を挙げる事は出来ない。
「聞こえてないのか、お前だ。早くしろ」
一歩銃口を向けたまま近づいてくる。南美は電子仮面でチラつくデザインを睨みつけながら、左手から挙げた。そして続いて右手も後ろから出す。
瞬間、一気に前方へ突き出してトリガーを引いた。それを合図に田嶋が「発砲!」と腹から吠え、他四人が一瞬迷った時に隊員が数名撃ち抜いた。
静寂が流れる。報道陣のなかから「やっ、た……?」という吐息混じりの声がし、安堵の気配が広まった。だが田嶋と陰山が立て続けに叫ぶ。
「タイプBに移行! ロック解除を許可する!」
「警察も公安も全員変更」
命令を受けた大和隊員らは彼らのもとから離れ、隊員は全員出入口のギリギリに固まり、警察、公安の人間は拳銃と予備のマガジンを隊員らの足元に投げた。そしてスーツの袖のなかから高電圧を発する警棒を取り出した。
ロック解除を許可された各拳銃は合成音声で持ち主に報告、制御によって抑えられていた分の威力が解放された。
「ドローン用意」
煙が晴れていく。早坂の指示にシステムを塗り替えられた警備用ドローンが数機飛んでいく。身体の下部には特別な命令がない限り現れないレーザー銃があった。
「南美、ここは私達でどうにかなる。それよりヱマの方が心配だ」
然し向こうには大和や五月雨の隊員がついている。ここよりはマシだろうと口にしようとした。
「嫌な予感がする」
ふっと目つきが変わる。飛び出しかけた言葉が引っ込んだ。
「全体的に動きがおかしい。ただのテロ集団には思えない。だから行ってくれ」
ちらりと田嶋の眼と合い、南美は舌打ちをかまして踵を返した。
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