第2話

 ごろごろと小さなタイヤを転がし、東京都内にあるリニアの出発点に向かった。ヱマは長官時代のキャリーケースで、南美は大きめのバッグを肩にかけ直した。

「辞めてからリニア乗ってねえから、なんか久しいな」

 夏休みという事もあってそれなりの人数がいた。ミストを出すドローンが頭上を過ぎて行く。

「私もあんまり乗らんので勝手が分かりませんね」

 ワイシャツの袖を捲り上げる。すると到着の音が大きく鳴り響いた。

 リニアは指定席なので座る事は出来る。なのに先に行こう行こうとする奴がいる為、無駄に混雑してしまう。二人は後ろの方で大人しく待った。ややあって車両内に踏み込む。

「指定席だってのに焦る奴らがいるのは昔から変わんねえのな」

 奥にヱマ、手前に南美が座る事になっており、自分の荷物をあげてから彼の荷物を受け取った。

「一応問題にはなっとるみたいですねえ。混雑するし何件か怪我も出てますし」

 二人の荷物をしまったあと席に座った。ふっと息を吐く。ざわざわとした車両内を軽く見渡した。

「なんつーか、ここ数年で更にデジタル化が進んでせっかちな人間が増えたよなあ」

「ですねえ。もう今の十代の子らはちょっとでも読み込みが遅いと見んようですよ」

「それはちょっとせっかちが過ぎるだろ」

 そう話していると通路を挟んだ隣に座る、女子高校生らしき二人組が文句を言い出した。

「えー、リニアなのにめっちゃ繋がり悪いやん」

「最悪。メタバース行けなくない? これ」

 タイムリーな話題に南美が振り向く。ヱマは呆れたように口をへの字にした。電脳内のインターネットは難なく繋がるし、多少読み込むがメタバースにも入る事が出来る。然しそのちょっとが、今の十代にとっては数十分に感じるのだ。

 途中途中、各所で駅に停まるので九州につく頃には日が暮れていた。

「飯、どーします?」

「博多ラーメン食いたい。食いに行くぞ」

 がらがらがらと勢いよくタイヤを転がす。夜は比較的涼しい。それでもむしっとした熱風が肌を撫でて行く。

 賑やかな繁華街にあるラーメン屋に入り、オーソドックスなものを頼んだ。いそいそと楽しみにするヱマを一瞥し水の入ったグラスを手に取った。

 腹を満たしたあと、そのまま沖縄のリゾート地行きの船に乗り込んだ。ゴールデンタイム中はどこも華やかだ、船内ではジャズの生演奏が行われていた。

「向こうについたら大和支部の副支部長がホテルまで案内してくれるみたいです」

「ふうん。別にんな事しなくてもいいのにな」

「警察庁長官からの命らしいですよ。田嶋は口出し出来んようで……」

 人の良すぎる顔を思い浮かべ、潮風に当たりながら苦笑いをこぼした。

 船が到着すると大和の制服を着た大男がこちらに敬礼した。二人もそれを返す、南美も巡査長だったのでどちらも手慣れた気だるさがあった。

「どうも。山田と申します」

 制服の帽子をとって軽くお辞儀をした。それにヱマが嫌そうに返す。

「俺らはそんなの希望してねえ。畏まる必要はないから」

 睨みつけるような眼つきで山田を見たあと、リゾート地特有の地形とそれを縁取る明かりに視線をやった。少々困った様子の彼に南美が微苦笑を浮かべる。

「怒らせると面倒やから、言う通りにしといた方がいいですよ。上には当たり障りのない事言うとけばいいんですから」

 それに「はあ……」と気のない返事をして、ホテルの方に案内した。車でも良かったがそこまでの距離はないし、徒歩の方が街の雰囲気を感じ取れると山田は言った。

「この時間帯でも賑やかですねえ」

 既に深夜帯に入っており、人工的な灯りがより一層輝いて見えた。

「寧ろこの時間帯の方がですよ。ナイトプールとかで」

 どこか苦笑混じりに言うと先を急いだ。二人も特にそれ以上感想を告げる事もなく、一つの大きなホテルまで歩いていった。

 リゾート地にある宿泊施設のなかでは一、二を争う程の高級ホテルだった。それを見上げ、ヱマが不機嫌に呟いた。

「現役ん時こんなホテル知らなかったぞ……」

 ここ数年で新しく出来た場所ではない事は建物の雰囲気を見れば分かる。山田も「高級ホテルのなかでは老舗の方です」と先程言っていた。

 ヱマは表通りのホテルしか知らず、裏通りにひっそりと高級ホテルがあった事は考えもしなかった。表通りは有名だが比較的安価な所が多く、目立たない事をいいことに経費削減に利用されていたのを今になって気がついたのだ。

 部屋は二部屋確保されており、一人で使うには十分すぎる広さだった。

「上はナイトプールで騒いでいるので、屋上は行かない方がいいです」

 山田はそれだけ言うとさっと帰って行った。二人は顔を見合わせてから、「おやすみ」と軽く挨拶を交わして部屋のドアを閉めた。

「おーはよ」

 ふあっと欠伸を漏らしながら廊下に出てくる。ラフなTシャツ姿で変な言葉が書かれてあった。

「……お前私服持ってねえの?」

 反対に南美はラフとは言えワイシャツに黒いズボンでいつも通りだった。ただズボンだけは一応カジュアルな素材のものを履いている。

「スーツが私服なとこありますから」

 髪は結んでおらず、長い髪がシャツを撫でた。ヱマは小さく「変な奴」と呟き、下の階に向かった。

 朝食はシンプルだが質のいいものばかりで、香ばしい香りのするコーヒーを片手に窓際の席に座った。お互い背が高いので、脚を組むと窮屈に感じた。

「お洒落なのはいいけどよ、もうちょっとゆったり座れねえのかな……」

 どこも似たような感じだ。ゴーレムや龍、馬等は平均が二メートル前後なので、奥にいる大柄な女も外に脚を向けて上手いこと収まっていた。

 大して会話もなく黙々と食べ、ゆっくりとコーヒーを味わった。ヱマは外部デバイスでざーっとSNSを眺め、南美は電脳内のネットに繋いでニュース映像を適当に見た。

「あの……」

 然し不意に話しかけられ、ヱマが先に反応した。

「はい?」

 振り向くと内気そうな女が軽く頭をさげた。南美はタブを閉じて一旦ネットからリアルに戻り、それから視線をやった。

「なにか?」

 得意の柔和な表情で問いかける。女は眼を伏せて答えた。

「その……私、お二人のファンで……」

 ヱマは隠す気もなく、何言ってんだという表情で彼女を見上げた。南美が小さく咳払いをして更に問いかけた。

「ファン、というのは……うちらはただの何でも屋ですけど」

 探偵という名目なだけ、若干戸惑ったような声音で言うと女は慌てて頭をさげた。

「すみません。変な事を……」

 おどおどとした雰囲気に微苦笑を浮かべる。

「いや、嬉しいんやけど、困ってしまって」

 南美の言葉に更に縮こまる。その様子に彼は内心面倒くさいと悪態を吐いた。然しそこにヱマが割り込み、流れを変えた。

「ファンなら写真でも撮るか?」

 ぱくっと瑞々しいイチゴを頬張り立ち上がった。彼女は恐らく雪女だ、ヱマの身長の高さに少し驚いた。

「あ、えっと……」

 答えのまとまらない様子に南美も立ち上がり、手を出した。

「屋上に行きましょう。今の時間帯は人がおらんそうですし」

 その大きな手を一瞥し、女は「は、はい……!」と肯いた。

「マミって言います」

 エレベーター内で彼女は名乗った。苗字は訳あって打ち明けたくないと言い、ホテルの宿泊客ではないとも言った。

「じゃあ地元の子かなんかか?」

 雪女特有の真っ白な肌と青白い眼は見ているだけでも涼しく感じてくる。マミは肯いた。

「詳しい事は言えないんですけど」

 幾らか二人に慣れたとは言え、まだ怯えているような仕草をした。かなりの人見知りなのだろう。

「歳は幾つなんだ?」

 雪女は外見の年齢が若く、マミは中学生程度に見えた。

「えっと、二十歳です」

「丁度?」

「はい。今年で……」

 肯いたまま俯く。そうこうしているうちにエレベーターが屋上についた。

「お前の外部デバイス出して。それで撮る」

 適当なところでヱマが振り向き手を出した。然しマミはかぶりを振った。

「父が持つなって言ってて……」

 それに南美も振り向いた。朝の涼しい風が吹く。

「もう成人済みだろ? 関係ねえだろ」

 だが内気な彼女に反発出来るだろうか、ぎゅっとワンピースを掴む様子に南美が助け舟を出した。

「私ので撮りましょう。後で送りますよ」

 微笑むとマミは顔をあげ、小さく「すみませんありがとうございます」と言った。

 南美が外部デバイスについているカメラ機能を起動し、三人が映るように腕を伸ばした。声をかけてからシャッターボタンを押す。

「えーと……匿名の方がいいですよね?」

 連絡先を知らない者同士でもすぐにやり取りが出来るサービスがあり、その時限りで画像を送ったりメッセージを送ったり気軽な使い方ができる。

「あ、はい。お願いします」

 彼女の返事に外部デバイスから匿名サービスを使って写真を送った。

「わ……こうやって来るんだ……」

 ぼそりと呟かれた言葉に二人共反応した。然しマミはすぐに頭をさげる。

「ありがとうございます。わざわざ私の為に」

 気弱な笑みに南美が「いえ」と微笑み返した。

 下まで降りるとそこで別れた。これから家の手伝いをしなければならず、遅れると叱られると自虐的に言った。二人は何も言わずに見送ったが、胸中にはもやもやしたものがあった。

「随分と閉鎖的ですねえ」

 それに軽くかぶりを振った、

「ここはそういう家が多いからな。仕方ねえ」

 だが実際に目の当たりにするのはこれが初めてだ。ヱマは立ち去る前に、もう一度彼女が歩いていった出入口の方を見つめた。

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