White Why №?

白銀隼斗

第1話

 猛暑日が続く八月、White Whyの事務所内はきんきんに冷えきっていた。

「ちょっと……流石に寒すぎますよ……」

 下ろした髪をかきあげる元気もないのか、冬用のブランケットを肩にかけて背中を丸めた。

『そう言われましても。今年は去年より暑いので、我々が故障しない為に冷やしているのです』

「やからって、事務所まで」

 小型ドローン相手に溜息を吐く。ここの管理人は眼前のAIだからあまり刃向かえない、諦めてソファに小さく座り込んだ。

 テーブルに転がる電子タバコを拾い上げて電源をつけた。

『あ、そういえば南美さん』

 くるりと丸い機体を回して細いアームの先を彼に向けた。

『警察庁長官からチケットが届いていますよ』

 見せたのはホログラムで再現された、白い封筒に入った手紙のようなものだった。南美は口から煙を吐きつつ、眉をあげた。

「チケット……?」

 有名な中華料理チェーン店で餃子を頬張りつつ、ヱマは鼻で笑った。

「あの人、相変わらず優しいんだな」

 その言い方は若干棘があり、何度か会った事のある南美も同調した

「やからBLACK BLACKの簡単な脅しにも負けたんでしょうね。長官なんやからしっかりしてほしいとこですが……」

 一部上層部はともかく、警察庁長官だけは純粋に彼らに脅されていた。高校二年生の娘を使った脅迫だから無理もないが、立場が立場なのでもう少し上手い立ち回りをしてほしかったと誰もが感じている。

「で、そのチケットっての、俺らがBLACK BLACKを解体まで追い込んだからくれたのか?」

 本来なら何でも屋にそこまでの力はないし、寧ろ表沙汰にはならない。然し南美が元刑事という事を公表しており、尚且つヱマが元公安長官というのも幹部や政治家等に知れ渡った。故に今回は特例で、祭り上げられる形となった。

 そのお陰でWhite Whyへの依頼件数はかなり増えた。ヱマがバイトを掛け持ちしている以上、南美一人での仕事が多いが……。

「らしいですね。依頼は一旦停止させて楽しんでくれって事みたいです。なので今すぐ解決させたい依頼はさっさと片付けといた方がええですね」

 ラー油の染みたタレに餃子をつける。白い皮がほんのりと色付いた。

「二泊三日の沖縄かあ……移動は?」

 ぱくりと口に放り込み、くぐもった声で答えた。

「リニアみたいです。九州までそれで、そっからは船やったかな」

「ふうん。なら早く着くな」

 現代で一番移動距離が短く、尚且つ速いのはリニアのみだ。空と海は自然が相手な以上完全な自動運転は実現出来ておらず、安全を保てるスピードも五十年以上前から変わっていない。今は陸地を移動するのが主流となっているし、リニアやホバークラフトの類は需要が高いせいで進化も早い。

「意外と静かですねえ。こういうのには盛り上がるんかと思ってましたけど」

 空になった皿とラーメンばちに割り箸が転がる。一服を決めたい南美はさっさと立ち上がった。ヱマもそれに続く、今日も彼の奢りだ。

「いや実際行ったら盛り上がるぜ? ただ場所が場所だからな」

 どこか憂鬱な表情に懐から外部デバイスを取り出す。

「まあ私もいい気はしませんねえ。でもリゾート地の方ですし、現地の大和支部がサポートしてくれるみたいですよ」

 会計をさくっと済ませ、外に出た。店内とは一転して蒸し暑く、流石の南美でもスーツのジャケットは着ていなかった。

「だとしてもなあ。嫌な記憶しかねえんだよな」

 長官時代に全国を回った事がある。その際に酷く反対され、色々と言葉を投げつけられた。沖縄は反政府組織派が多く、警察も大和も公安も全て嫌っている者もいる。

 そうなってしまった理由は歴史にあり、政府の黒歴史でもある。現代になってから体制が整えられた彼らには無関係な事だが、亀裂は一向に縮まらない。例えこちら側から手を差し伸べても信用以前の問題だ。

 もう長官時代の姿はしていないし、偽名を使っていたから気づかれる事はない。然しヱマからすれば全て記憶に残っている。彼らは知らずとも彼女は知ったままだ。居住区とは別のリゾート地だけとは言え、素直に喜べる気はしなかった。

「暑いんだし、北海道にしてくれりゃ良かったのによ」

「しゃーないですよ。沖縄は小さなハワイって呼ばれてますから」

 一先ず彼らは今ある依頼を消化する事にした。旅行の計画だのなんだのは現地についてからでも良いし、その辺ははじめちゃんに任せてしまっても問題はない。二人とも適当に楽しめればそれでいいと考えていた。

「あー、そうだ……これが面倒なんやった」

 溜息を吐いて膝をつく。ごそごそと手元を動かす南美を一瞥し、棒についたキャンディを転がした。

「大変だな。所持者って」

 数日事務所を開ける事になるので、拳銃の類を然るべき場所に保管しなければならない。指定された金庫室に郵送するというだけなのだが、その手続きが酷く面倒なのだ。南美は何度目かの溜息を吐きつつ、拳銃本体やアクセサリー、マガジンの一切合切を引っ張り出した。

「……これどーやって送るんだよ」

 机のうえに並べられた拳銃は計七丁。それだけでもかなりの重量だし、何せ本命なので一つ一つ検査に通さないといけない。改造や不正アプリのインストールがないかを調べる必要があるからだ。

「これやからあんま遠出したくないんですよ」

 腰をあげ、手をやった。

「一日二日なら大丈夫なんですけどねえ。機械管理のビルやから」

 はあと大きく肩を落とす彼に、棒を摘みながらキャンディを回した。

「手伝おうか? 何すりゃいいのかわかんねえけど……」

 あまり溜息を吐いたり、あからさまに気落ちしたりしない彼が今日ばかりは背中を丸めている。流石に心配して声をかけたがかぶりを振った。

「殆ど書類関係なんで、逆にヱマさんが関わると更に面倒な事になるんですよ……」

 そこからぶつぶつと呪詛のような事を垂れ流しつつ、南美は事務所を暫く徘徊するように行き来した。一先ず拳銃の検査だけは承認され、今から回収に来るという。

「それもまた面倒なんですよ。一つ一つにサインとID認証が必要で……」

 ソファに崩れるようにして座り込む。ヱマは相棒のあまりに項垂れた様子に少々戸惑っており、微妙にそわそわとしていた。何か出来る事はないかと考えるものの、その何かが一つもない。故にそわそわと発散するしかなかった。

 一時間と少しするとはじめちゃんから連絡があった。銃関係は全て大和と五月雨が共同で行っており、回収に来たのは大和の隊員だった。ゴーレムが大半なのですぐ分かる。

「じゃあとりあえず拳銃だけ回収しますねー」

 テキパキと机から取り上げていく。ケースにしまう前に手慣れた様子で軽く見回した。その間南美はタブレットに対して背中を丸め、長い注意事項等を何度もスクロールした。一丁の銃に一つの書類なので仕方がない。

「沖縄旅行のあれですよね。田嶋総裁から聞いてます」

 タブレットを片付けつつ隊員の一人が言った。もう一人はせっせと手を動かしている。

「ええ。お陰で面倒くさい事やらされてます」

 然し危険も伴うこの仕事で丸腰なのは無理だ。特に彼は体術があまり得意ではないから、必然的に拳銃を持つしかない。とはいえもう目的の奴を捕縛出来たし、ここまでの数は要らないかもしれない……。

「うちら大和隊員でも色々と面倒くさいですからねえ……まあなるべく無駄がないようにこっちでも進められるところは進めますんで、またよろしくお願いします」

 次にアクセサリーや銃弾の類を回収しに来るのも彼らだ。南美は「お願いします」と小さく言って見送った。

「……ヱマさん」

 ふっと背筋を伸ばして振り向いた。ころっとキャンディを転がす。

「ん?」

「前に貸した拳銃、いりません?」

 その質問に棒を掴んだ。

「あれ小さい割に使い勝手いいやつだろ。手放すのか?」

 幾らか小さくなったキャンディが牙のあいだから見える。南美は肯いた。

「もう七丁もいりませんから、下手に売っぱらったりするより元長官に渡した方が楽なんです。まあ一丁までやけど……」

 軽く首筋の後ろを摩った。ヱマ自身は特に気にする事もないので、「いいぜ。別に」と気だるげに答えた。

 拳銃のあれやこれやを済ませたあと、旅行の準備を軽くやった。依頼は既に停止済みで、残っているのは沖縄から帰ってきてからでもいいと客から言われているものだ。

「ホテルは大和支部が手配してくれるみたいですねえ」

「幾らなんでも待遇良すぎだろ……」

 送られてきたパンフレットに眼を通す。デジタルが主流になったとは言え、家族や仲間と肩を並べて見ることが出来るアナログ式は重宝されている。二人もソファに並んで適当に見回した。

「水着は……現地で買えるか」

「変な浮き輪とかねーかなあ」

 沖縄という特殊な地になんとも言えない気持ちがあるとは言え、やはり日ノ国唯一のリゾート地を持つ県だ。わざわざ外国から観光にやって来る人だって多い。綺麗な写真を見ているうちに足取りは軽くなった。

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