第23話 アイアンボトム・サウンドの始まり

 ポートモレスビー攻略を骨に据えたMO作戦は、新暗号と略符改訂により1ヶ月延期された。この間に旧暗号による偽情報を流し、アメリカ軍に混乱を強いるが、機動空襲など反攻の一手を打たれると困る。機動空襲は水上機の哨戒網を広げて事前に察知した。反攻の芽を摘み取るには積極的な行動が要求される。よって、反抗拠点になりそうなガダルカナル島、ニューカレドニア島の封鎖を試みた。


=後のアイアンボトム・サウンド=


 ガダルカナル島とサボ島&フロリダ諸島の間に海峡が存在する。特に名称は与えられず無名だった。後に日米海軍が大激突した場として、アイアンボトム・サウンド(鉄底海峡)とされる。


「機雷42個の敷設を完了しました」


「呂号と波号の様子は分かるか」


「彼らは隠密性に優れるので掴めません。ただし、ニューカレドニアに向かう船団を撃沈したのは間違いありません。もちろん、機雷です」


「小振りな舟艇用だが、非装甲の船には足りたな」


 海峡に潜るは大日本帝国海軍のイ121、イ122、イ123、イ124だった。イ121型潜水艦は機雷敷設型潜水艦の古兵である。日清戦争と日露戦争、第一次世界大戦から機雷の威力を知り、敵地に潜りこんで機雷を撒く潜水艦を建造した。もっとも、現在は通常型潜水艦が小型機雷を敷設する。イ121型のような機雷敷設に特化した潜水艦の必要性は感じなかった。


「久し振りに前線に出たが、捕捉されないかヒヤヒヤしたよ。機雷を撒くだけと雖も緻密な調整が求められる。老兵の老骨に鞭打って働いた」


「仮に本艦が沈んでも、海軍に与える損害は極小です。機雷を置き終われば、我々の勝利と胸を張りましょう」


「あまり大きな声を出さないでください。ここらは狭くて勘付かれ易いんです」


 通常型潜水艦の機雷は比較的に低威力の小型機雷に限定された。潜水艦の隠密性を損なわない小型を強いられる。主に敵軍の上陸を想定した対舟艇用に開発された。水雷防御の厚い大型艦にはバルジ等で防がれる。


 したがって、機雷敷設艦、機雷敷設型潜水艦向けに大型が開発された。小型機雷を大型化させた見た目である。主に敷設艦が運用するが陸攻や重爆向けに落下傘を付けた空中投下型も作成された。魚雷用の高性能炸薬が詰まった機雷は圧倒的な破壊力を発揮する。


 小型機雷はニューカレドニアなどに撒かれた。米軍の輸送船団に大打撃を与えて前線輸送を麻痺させる。小型艦や掃海艇の充実した拠点は機雷を除去できるが、ニューカレドニアなどの前線は爆撃を受けた。掃海艇を破壊されては掃海手段を失う。そして、各地から武器弾薬、食糧が欲せられた。窮乏が伝えられると、機雷捜索と除去の手間を惜しまざるを得ない。


 機雷を敷設し終えた呂号・波号潜水艦は輸送船団を直接雷撃した。しかし、アメリカ軍も負けていない。B-24やカタリナ飛行艇の対潜哨戒機を飛ばした。大西洋の対Uボート戦で航空機の有効性を得る。対潜哨戒機を飛ばしては敵潜を片っ端から沈めた。


 つまり、低性能のイ121型は一度でも捕捉されるとお終いである。


「冥土の土産にってな」


 イ121型4隻はガダルカナル島の海峡に磁気感応式機雷160個を敷設した。この後は輸送船団攻撃に向かわず離脱を試みる。しかし、イ121とイ122がカタリナ飛行艇に捕捉された。急速潜航で逃げようにも敷設中に潜航可能時間の限界を迎える。しばらくは浮上航行を余儀なくされ、カタリナ飛行艇から爆撃を被り損傷した。そして、通報を受けて近場から急行したB-24(対潜哨戒機仕様)に止めを刺される。


 アイアンボトム・サウンドの最初はイ121とイ122だった。イ123とイ124は別ルートを通り、かつ米軍の警戒が先の2隻に割かれている。イ123とイ124の2隻は無事に帰投したが、イ121とイ122の喪失を知るのは半年先だった。


 日本潜水艦に負けじとアメリカ潜水艦も一矢報いる。


=トラック諸島沖=


 トラック諸島の沖合で電探の試験を行っていた大和は謎の振動に襲われた。


「どうした、岩礁に乗り上げたか」


「まさか、ありえません」


「直ちに総点検を開始せよ。電探は後回しで構わない」


 山口司令の指示を基に艦長が素早く指示を飛ばす。大和は規格外の巨大艦であり、総点検の作業には多大な時間と労力を要した。この問題に対して艦内をブロック単位に分け、応急修理班をブロックに則って配置する。応急修理班は移動の手間が省け。効率的な点検作業が進められた。


 全区画の点検完了後に上がった報告は「異常無し」である。


「もしかしたら、巨大なクジラに衝突したかもしれません。浸水はあり得ないと思いますが、念のため、駆逐艦から確認させてはいかがでしょう」


「近いのは『檜』と『桐』か。ゆっくり近づかせろ」


 艦内に異常は見られなかった。よって、外的な要因を探らせる。魚雷や機雷の直撃を受けた場合は振動で済まないはずだ。襲ったのが軽い振動であることから野生のクジラが衝突したと予想する。野生の海洋生物は艦隊に怖気づいて近づかないが、巨大なクジラは自身の肉体の精強を信じた。艦隊の付近を通ることが度々確認されている。


 クジラの衝突で浸水が発生することは考えにくかった。しかし、万が一に、気絶したクジラが残っているなど、詳細の確認を挟んで損は生じない。大和右舷の付近にいた護衛駆逐艦松型の『檜』と『桐』が近づいた。見張りの兵士を動員して漏れなく確認する。


 水面下では見えないため、カッターボートを出した。極めて面倒な確認作業でも大和を沈ませるわけにはいかない。振動を強く感じた右舷中央部に向かった。カッターボートから身を乗り出す兵士は切羽詰まった大声で叫ぶ。


「魚雷が突き刺さっている!」


 この報告は迅速に伝えられるが、山口司令は意外と冷静だった。


「アメリカ製の魚雷は不良品と聞いている。大和の中央部バルジに刺さり、信管が作動しなかった。突き刺さりの具合はどうなっている」


「具合はどうだ!」


 外に出ている兵士を介して山口司令の問いが送られる。


 少し待って回答が返された。


「角度は浅く!深くまでは至っておりません!」


「角度は浅く、深くはないそうです」


「そうか。なら、本艦の頑丈さを信じて賭けに出る。当該区画の乗員は退避し、可燃性の物も移動させよ」


「は、はぁ」


 まずは、当該区画の乗員を避難させて人的被害を抑える。誘爆や引火を防ぐため可燃物を排除した。大和の船体なら炸裂しても全体に与える損害は小さい。トラック環礁に工作艦が残り、炸裂して一区画が全滅しても応急修理を受けられた。


 おそらく、敵潜水艦の放った魚雷1本が直撃するもバルジに不発弾と刺さる。アメリカ製潜水艦用魚雷は、不良品であり信管不作動が相次いだ。そして、大和のバルジは破壊前提に作られ、内部は柔らかな木材が詰まっている。木材が深くまでの突き刺さりを防いだ。


「退避作業完了しました。」


「微速で前進し、機を見て微細に取り舵を切れ」


 山口司令の狙いはゆっくりと前進してから取り舵を切り、突き刺さった不発魚雷に遠心力与えることで、自然に抜き取ることである。艦長が冷や汗を浮かべながら、驚異的な集中力を発揮した。邪魔してはならないと山口司令を含め、艦内の総員が音を出さない。


 取り舵から1分ほどが経過した。


「不発魚雷、大和から離れました!」


「見事な操艦としか評しようがない。艦長のお手柄だ」


 護衛駆逐艦が魚雷の沈降を確認した。大和を襲った不運な不発魚雷の脅威は完全に取り除かれる。当然ながら、艦内は歓声に包まれた。そして、山口司令の決断と艦長の卓抜された操艦を称える。


「大和は不沈艦だ。絶対に沈まぬ戦船である」


 大和こそ皇国の不沈艦なのだ。


続く

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