第二章 地獄のソロモン

第22話 暗号解読の危惧

「やっぱりでした。アメリカ軍は我々の暗号を解読しています」


「どこかおかしいと思ったわけだ。あそこまで、輸送船団が爆撃を受けることはなかろうに」


 山本五十六大将はMO作戦の最終練り上げに努めた。その中で一つの疑問より重大な懸念が生じる。疑問を確信に至るため、ブラフを仕掛けた。それはアメリカ軍が海軍暗号を解読していることである。


 日本軍はラバウルを拠点にニューギニアを強襲した。その際に輸送船団が機動空襲を受けたり、ポートモレスビーを発したと思われる爆撃機の爆撃を受けたり、自軍の行動が読まれているようだ。あまりにも、攻撃がドンピシャなのが訝しい。もしかしたら、暗号が解読されているのではないか仮説を立てた。暗号担当は「解読されるわけがない!」と声高に主張する。しかし、現実を直視できていない愚者と断じ、更迭して民間出身の新任者を迎えた。


 そして、「山本五十六長官が前線を視察する」と偽情報を旧暗号で流してみる。偽情報に則り、山本長官が乗る一式陸攻に護衛の零戦8機を飛ばした。今か今かと構えていると、敵機のP-38が待ち伏せているではないか。零戦隊はP-38隊と戦い1機撃墜されたが、3機を撃墜し返し、小さな勝利を収めた。一式陸攻は損傷したが無事である。


 海軍暗号は解読されていた。輸送船団が攻撃されたは符号が完全に読み切られている。MO作戦の直前になって暗号解読が露呈し、作戦は1ヶ月延期したが、旧暗号による偽情報は流し続けた。もしかしたら、敵艦隊が引っ掛かるかもしれない。小島に設けた水上機基地から索敵網を広げ、網にかかった敵艦隊へ潜水艦が襲いかかった。


「旧暗号の使用は偽情報を除き一律停止しました。新暗号は既に作成されましたが、全軍への浸透には長期を要します。MO作戦は一時延期して6月の攻略になりましたが…」


「妥当と言えば妥当だ。ありがたいことに二航戦がセイロン島から帰還している。空母2隻を追加し、上陸船団の護衛は練度の低い四航戦に任せた。ポートモレスビー攻略は二航戦と五航戦の合同で行う」


「大和はいかがいたしますか」


「艦載機の交代が終わるか微妙だ。偵察機を積載することもあって準備が足りない」


「それでは戦力が足りていません。ポートモレスビーは要塞と言って差し支えありません。南にオーストラリアを控えるため、B-17など爆撃機が飛来します。敵は長距離を護衛できる戦闘機を持っていました。半端な戦力ですと、防空は成立しません」


「厳しいが、余剰が無い」


 MO作戦は1カ月の延期が挟まれたが、元より拙策が否めなかった。よって、作戦に修正を入れている。1カ月の延期の間に二航戦がセイロン島殲滅を完了した。イギリス海軍は新生東洋艦隊を持ち出したが二航戦の前に壊滅している。兵士の練度の差でイギリス東洋艦隊を撃滅し、攻撃隊が削られた程度の損害を以て、軽空母1隻と駆逐艦数隻を沈めた。新生東洋艦隊の本隊らしき高速部隊は逃がしたが、セイロン島からも退避している。


 二航戦は水雷戦隊にインド洋通商破壊作戦を任せて帰投した。インド方面はアンダマン・ニコバル諸島の基地航空隊(水上機含め)が掣肘を加える。飛行艇が監視活動を行い、敵艦隊が接近すると陸攻隊が出撃した。もっとも、イギリス海軍は本国眼前のドイツ海軍を優先している。とても、アジアに回す戦力が無かった。


 二航戦はやや強行軍の範囲内だが、MO作戦に参加可能である。練度に心配が残る四航戦は上陸船団護衛にスライドした。そして、当初から攻略部隊の五航戦と一緒にポートモレスビーを攻撃する。なお、先行するフィジー攻略は切り離され、奇襲作戦に切り替わった。海軍陸戦隊単独の奇襲上陸が組まれる。上陸支援のため護衛を兼ねた軽空母『瑞鳳』と軽巡・駆逐艦が付いた。


「千歳と千代田を与えていかがでしょうか。貴重な水上機母艦であり、水上爆撃機を運用できます。本来は大和の護衛艦となる予定が急造空母で間に合い、ちょうど暇を持て余していました」


「水上機母艦か。対潜警戒が減らないか?」


「輸送船団は地上基地から対潜の傘を得ています。水上機母艦が引き抜かれても支障ございません」


 山本五十六連合艦隊司令長官の最側近は水上機母艦の追加を提案した。水上機母艦も立派な航空戦力である。搭載機が全て水上機だからと侮ってはならない。日本海軍の水上機は世界最高峰の性能を有し、最前線では秘匿基地から出撃しては敵機を襲った。帰投中の爆撃機を水上偵察機が奇襲し、B-26を撃墜した例が確認される。


 その水上機母艦は高速艦の『千歳』『千代田』の2隻だ。当初は50万トン空母に欠如する索敵能力を補うため、水上偵察機を満載して全周囲に索敵線を広げる。しかし、艦爆と重艦爆が偵察機を兼任し、最近は陸軍の百式司令部偵察機を得た。さらに、民間船を徴用した急造空母が護衛艦に参加し、敢えて、水上機母艦を護衛に加える必要が消える。


「二式水上爆撃機『瑞雲』は艦載機に匹敵します。夜間飛行が可能な精鋭のため、夜間爆撃から夜戦まで汎用性は群を抜きましょう」


 水上機部隊は実物と兵士を見た方が早い。


 百聞は一見に如かずだ。


=ソロモン諸島・ショートランド泊地=


 ラバウル島から南東約500kmに位置するショートランド諸島は、小規模ながら日本海軍の拠点が設定された。ショートランド泊地に停泊する艦は駆逐艦など小型艦が占める。一見して重要度は低そうであるが、各島々へ連絡する貴重な前線拠点だ。米軍は度々爆撃機を飛ばすぐらいに重要だろう。したがって、ショートランド島には戦闘機に限った小さな飛行場が建設された。水上機基地も置かれて防空体制は整えられている。


 同泊地では水上機母艦の千歳と千代田が物資運搬任務で停泊した。


「前線の水上機基地が必要だからって、そろそろ運び屋は飽きてきました。どうにかなりませんか」


「これでもお上に実戦参加を要求している。せっかく頂戴した『瑞雲』が腐るとな」


 水上機母艦だが給油艦の性質も有するため、千歳と千代田は南方作戦で裏方仕事に活躍した。各地へ向かう駆逐艦等に給油を行い、前線基地へ水上機を運搬し、潜水艦の回収も行う。汎用性の高さから2隻は空母改造を免れた。なお、来日したドイツ商船2隻が接収されて急造空母に変わる。


「夜間飛行も目を瞑ってやれます。4門の20mmと25番、6番があれば戦艦も沈められます」


「いくらなんでも言い過ぎだ。ただ、アメリカ軍の戦艦は大西洋でドイツと戦っている。こっちまで来るには最低でも半年はかかる」


「どっから、情報を貰っているんですか」


「知らないのか。千歳と千代田は連合艦隊から情報を分けてもらっている。山本司令長官の女房役は我々を高く買ってくれた」


 千歳と千代田の水上機隊は、少数精鋭を極めた強者揃いである。水上機乗りは概して夜間飛行能力が要求された。単騎で母艦まで戻る高度な航行技術も必須の条件になる。空母艦載機と負けず劣らずと評されるのは至極妥当なのだ。


 彼らのために機材も高性能が揃えられる。実際は海軍が過酷な要求をメーカーに叩きつけているに過ぎなかった。しかし、メーカーは技術者の矜持と言わんばかり、高性能機を続々と送り出す。日本海軍の水上機は世界一と言って差し支えなかった。彼らが受領したばかりの水上機は各員を大いに驚かせる。


「次の目標もあやふやでわかりません。勝っても負けても運搬だけで終わるのは御免です」


「それは私もだ。一度ぐらいは昼夜問わず戦いたい」


続く

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