章間 ドゥーリットル本土空襲

第19話 米国の本気

 50万トン空母は米海軍に衝撃を走らせる。双発爆撃機を有する艦載機運用能力は化け物以外に評せなかった。たった1隻の巨大空母ではないかと言われよう。いや、空母であるが故に厄介なのだ。潜水艦で仕留めようにも上空には哨戒機が飛び交い、30隻に迫る小型駆逐艦がガッチリと固めている。戦艦も大半が沈んでしまい、新鋭戦艦は完成しても、習熟訓練で動けなかった。基地航空隊を頼るが日本機動部隊の襲撃を受け、ニューギニア方面まで多くが壊滅している。


 日本軍は各地で連戦連勝を重ねているが、貧乏国家の日本ではアメリカに遠く及ばない。超大国アメリカの本気は恐ろしかった。続く敗北に気が滅入ろうとも、圧倒的な国力を盾に反撃の矢を作る。


=ハワイ・太平洋艦隊司令部=


「一隻でも多く、一秒でも早く、寄越してください。習熟訓練はこっちでやらせます」


「気持ちは理解できる。だが、無茶が過ぎるぞ、ハルゼー」


 ニミッツ司令官はハルゼー、スプルーアンス、フレッチャーを集め、微妙な結果で終わった機動空襲の反省会を開いた。機動空襲では日本領の島嶼部へ一撃離脱攻撃を仕掛ける。島に停泊する輸送船を沈めて一定の戦果を収めた。しかし、空母『サラトガ』の喪失が痛い。日本軍の動きを完全に挫くまでには至らない。


「フレッチャーは災難だったな。あれは責められない」


「消極的な行動を反省しております」


 フレッチャー艦隊も機動空襲に加わった。彼は運悪く哨戒機に捕捉され、陸攻隊の爆撃を受ける。受けた損害は極めて軽微であり無傷に含まれた。しかし、貴重な空母を失うどころか、傷つけるだけでも大事になり得る。攻撃を潔く諦め反転してハワイへ帰投した。フレッチャー艦隊は目標を果たせなかったと雖も太平洋艦隊の事情から責められない。


「今回の事態を受けて、大西洋から『ワスプ』を引き抜けることになった。また、新造される急造空母を一先ずの戦力に加える。反攻は厳しいが守備と輸送には十分だろう」


「俺が欲しいのは正規空母ですぜ」


「分かっている。政府に新造空母の優先供給を呑み込ませた」


 空母『レキシントン』と『サラトガ』の喪失は、米海軍上層を大いに慌てさせた。日本海軍がドイツのUボートに匹敵する潜水艦を保有しているとは驚きである。急ぎ対潜戦力の拡充を行うが、足りない空母を埋めるため、大西洋の空母『ワスプ』を太平洋に配置転換した。


「それと『ホーネット』の件だが順調なようだ。特殊作戦を完了次第に戦列に加わる。つまり、ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネット、ワスプの4隻体制で戦う」


 習熟訓練中だった『ホーネット』は通常の戦力に組み入れない。一時的に特殊作戦に充当された。あっという間に極秘のベール包まれては詳細不明が支配する。ホーネットを除くと、太平洋艦隊は『エンタープライズ』『ヨークタウン』『ワスプ』の3隻になった。アメリカ海軍と対峙する日本海軍は超大型空母1隻、正規空母6隻である。これに新造とみられる大型空母2隻も出現した。数的な不利は否定できない。


 すかさず、アメリカは海軍拡張法と両洋艦隊法を定めた。第二次世界大戦勃発の1939年から排水量27,000tのエセックス級が決まる。エセックス級はアメリカ空母の集大成であり、圧倒的な国力を振り上げた。なんと、計画時点だけで建造数は34隻に達する。アメリカにとっては大西洋と太平洋に対応に34隻でも足りなかった。主として日本海軍相手に投入し物量で押し潰す。エセックス級が間に合わないことを想定して軽巡の船体を流用した、ある種の急造空母インディペンデンス級もある。


 空母の肝である艦載機も刷新を急がせた。ゼロに対抗する暫定F6F-ヘルキャットや試作F4U-コルセアが開発される。特にF6Fは試験飛行すら完了していない1月時点で1000機以上を発注した。グラマン社に一日でも早い納入を求めている。F4F-ワイルドキャットは素晴らしい戦闘機だ。しかし、新手のゼロファイターは恐ろしき難敵である。


「特殊作戦に際して、ドゥーリットル隊はハルゼーに任せる。日本海軍がやったことをそのまま返す。彼らを受け入れる中華民国側には資金と武器を供与して回収を約束させた」


「あのドゥーリットルならやってくれる。空母から爆撃機を飛ばすのは真似ってのは癪ですが」


「ホーネットから飛ばすのだ。彼の努力は語り尽くせない」


 ハワイは情報統制が敷かれている。もっとも、中枢部では外部に漏れてはならない情報が共有された。ハワイは島のため本国よりも漏れを防ぎ易い。ニミッツ司令からハルゼー、フレッチャー、スプルーアンスまで、全員が情報秘匿の重要性を理解し、ポロっと漏れることはあり得なかった。


 アメリカ軍は日本海軍の超巨大空母から反撃の一手を考案する。それは空母から双発爆撃機を飛ばして日本本土を空襲する。なんとも、奇想天外な奇襲作戦だ。丁度良く本国にヨークタウン級空母三番艦『ホーネット』が留まる。これに双発爆撃機を搭載したが、候補にB-18やB-23、B-25、B-26が揃った。様々な視点から選抜を進めてB-25がギリギリでクリアする。


 当然ながら、B-25をそのまま積載するのは無茶の苦茶だろう。機体軽量化のため機銃を丸ごと取り外した。そして、空いた箇所に長距離飛行用の燃料タンクを増設する。機密の塊を為すノルデン爆撃照準器は外して簡易照準に換装した。この他様々な特別改造を施されたB-25は日本本土を空襲する。空襲の後はホーネットに戻るわけがなく、中華民国の沿岸部に強行着陸する、または機体を放棄して搭乗員のみ脱出した。アメリカ政府は中華民国に対して泥沼内戦の打開と水面下で接触する。アメリカから資金と武器を供与した。そのバーターとして日本本土を空襲した爆撃隊の保護を承諾させる。


 かくして、B-25隊を率いるはジェイムズ・ハロルド・ドゥーリットル中佐だ。アメリカ軍内において、彼を知らぬ者は一人としていない。航空機の曲芸飛行から本格的なレースまで優れた操縦技術を有した。中佐に出世してからは自ら操縦する機会に恵まれないが、日本本土を空襲して一矢報いることに闘志を燃やした。


 誰もが「あのドゥーリットルなら成功させる」と確信する程に信頼が厚い。


「ハルゼーにエンタープライズとホーネットを預ける。ホーネットはドゥーリットル隊に限る。自衛すら覚束ない空母であることを忘れるな。エンタープライズは護衛に徹し、欲をかいて爆撃に参加させることは一切認めない」


「わかっています。こう見えて自重を知っている人間です」


「フレッチャーはヨークタウンでワスプの迎えに行け。サラトガの件から日本潜水艦は侮れん」


「はい。ヨークタウンもワスプも健在のまま送り届けます」


「スプルーアンス。君には悪いが…」


「自分は大砲屋です。ハワイへの再攻撃は1発の銃弾も通しません」


 ハルゼーはエンタープライズに座乗した。まず、本国から来るホーネットと合流し、日本本土を目指すが、空襲はドゥーリットル隊のみと厳しく制限される。エンタープライズの艦載機を飛ばすのは、作戦実行の障害排除と艦隊の自衛に留めさせられた。B-25を発したら速やかに退避して空母2隻を健在のまま帰投する。


 フレッチャーは機動空襲の任を解かれ、同時にワスプの迎えにあたった。サラトガが潜水艦に撃沈された事件より、空母の単独行動は極めて危険と認識している。ワスプを五体満足で送り届けさせる。対Uボートの戦いから艦載機が有効と判明し、艦攻と艦爆に対潜爆弾を与えて対潜機に仕上げた。


 今回も居残りのスプルーアンスはハワイ防衛を継続する。彼自身は大砲屋で空母機動部隊を率いることに不安が残った。ハワイを守りながら空母の研究に励む。実はハルゼーから非常時の後任を頼まれている。急に空母機動部隊の指揮を任されても、最低限をこなせるよう努力した。


「偉大なアメリカの本気を思い知らせるぞ」


「Yes sir !」


続く

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