第18話 ミッドウェーかニューギニアか

【1942年4月】


 大日本帝国は破竹の勢いで南方地帯を制圧した。遂にフィリピンのコレヒドール島とミンダナオ島に立て籠もったアメリカ軍10万が降伏する。フィリピンが陥落したことで第一弾は完了した。西はインド国境まで、東はマーシャル諸島まで、完全に制圧する。


 これで次段作戦に移るわけだが、陸軍は米豪遮断を主張した。海軍は「ミッドウェーからハワイの短期決戦案」または「ポートモレスビー攻略からニューギニア要塞化の長期戦案」で割れる。短期決戦案は連合艦隊司令長官の山本五十六大将が主張するが、海軍の軍令部はニューギニア要塞化案を推進して譲らなかった。


 案の定で議論は紛糾する。


「ミッドウェーもハワイも前線の拠点から遠い。とてもだが、占領して維持することはできない」


「それはニューギニアも同様である」


「いや、ニューギニアはラバウル、ブーゲンビル島の基地が近い。各泊地からも輸送は十分に届く範囲にある」


「オーストラリアまで取ると言うのは現実的でない。ハワイを取った方が米豪遮断にならんのか」


「ハワイは取れるわけが無いと判明している。太平洋艦隊は壊滅したが、飛行場は健在だった。B-17に新型爆撃機の多い難攻不落の要塞である。これをどうやって無力化する」


 ハワイを攻略する短期決戦案は劣勢が否めなかった。開戦前は50万トン空母『大和』によるハワイ空襲計画が組まれる。太平洋艦隊を撃滅して地上設備にも壊滅的な損害を与えた。


 しかし、大和の源田航空参謀が夢物語であると突っ撥ねる。


 ハワイには数多もの航空基地が建設された。地上砲台も随所に設けられる。無力化に最低1ヶ月を要すると見込んだ。また、燃料タンクの破壊も規模が規模故に骨が折れる。仮に破壊しても本土から油槽船がピストン輸送された。つまり、骨折り損のくたびれ儲けなのである。


 源田大佐の指摘は鋭かった。よって、大和を餌に太平洋艦隊を釣り出す計画に変更される。実行された大作戦は成功し、見事に太平洋艦隊を撃滅した。敵空母も角田機動部隊の奮戦と潜水艦の封鎖が効いている。ミッドウェーからハワイを攻略する計画は急速に萎んだ。


 そして、ニューギニア要塞化を基幹とする長期戦案が優勢に変わる。南北の油田を確保して備蓄に余裕が戻り始めた。太平洋を横断する可能性はゼロでないが、大西洋の対独伊戦がある。超大国のアメリカと雖も二大海洋の二正面作戦は、とても辛いものがあった。


「ニューギニアは包囲されている。北東のニューブリテン島のラバウルを拠点に圧迫した。ラバウルへの爆撃を避けるため、ラエとサラモアに上陸し、それぞれ飛行場と港を設ける。さらに、ブーゲンビル島ブインは陸軍さんの飛行場が置かれた。ベラ・ラベラ島など小島には水上機基地を作る」


 50万トン空母『大和』の洋上基地思想より、ニューギニアの要塞化を進めた。ラバウルを起点に攻勢を強め、追加でラエとサラモアを占領している。両土地から連合国軍は撤退済みだった。爆破された施設を復旧しては飛行場と港を建設する。


 ラエとサラモアに対して米海軍の機動空襲が襲来した。しかし、太平洋で稼働する空母は『エンタープライズ』と『ヨークタウン』しかない。機動空襲はフレッチャー艦隊単独だった。ラバウルを発した陸攻隊が空襲すると、フレッチャー艦隊は反転し早々に諦める。


 ソロモン諸島の北にあるブーゲンビル島にも上陸した。少数のオーストラリア軍守備隊を殲滅する。南端部のブインに陸軍が自前の飛行場を設けた。陸軍は中国総撤退で航空隊も余裕が多い。


 他にも、ベラ・ラベラ島など小島に水上機基地を置いた。戦闘機限定の飛行場も作れない島だが、水上機は海を滑走路にするため、飛行場は不要である。森林に溶け込む巧妙な偽装を施して連合国軍の動きを監視した。


 理想的な包囲網だが、逆に指摘されることもある。


「聞いている限りでは、どうも北部ばかりだ。南側はがら空きである。ポートモレスビーを攻略しても、一週間程度で取り返されては本末転倒じゃないか。それに、察知されては続々と増援を送り込まれる」


「確かに、南側はオーストラリア大陸があります。ポートモレスビーの攻略は本格的を伴いました。しかし、特段のご心配には及びません」


「ほう」


「ミッドウェーを攻める愚とは違います。我ら海軍は潜水艦が揃っていました。潜水艦をフィジーからニューカレドニアに送り、ドイツより提供された磁気感応式機雷を敷設するのが対抗策です」


「補給の中継拠点を麻痺させるのが狙いか」


「その通りです」


 日本軍も米軍も前線に物を送るのは海上輸送頼りが否めない。オーストラリアからニューギニアまで、輸送船を辿り着かせるには中継拠点が必須だ。輸送機の空輸は可能でも、一度に運べる量は遥かに少ない。野砲や航空機など重くて嵩張る物は運べなかった。海上輸送の中継拠点がニューカレドニア島である。潜水艦が珊瑚海の輸送破壊に従事し、ニューカレドニア島と各地が繋がれていることを確認した。


 ここを無力化すれば前線は干上がる。オーストラリアは大迂回して回避したが、ニューギニア島には致命的だった。ポートモレスビー攻略のため、輸送を絶つのは好ましい。


 連合国軍の阻止を掻い潜るべく、呂号潜水艦と波号潜水艦を派遣した。潜水艦はドイツから提供された磁気感応式機雷を積載する。日本軍は八八式機雷など接触式が占め、敵艦に当たらなければ起爆しなかった。しかし、磁気感応式は敵艦が近くを通過するだけで起爆する。船底や側面の至近で炸裂することで大損害を与えられた。構造はやや複雑だが、酸素魚雷よりは安価のため、予算に影響は毛ほども与えない。


「敵の輸送拠点を一時的にでも無力化し、ポートモレスビーを攻略する。これによってニューギニアは完全に包囲されました。オーストラリア海軍をけん制しつつ、航空攻撃を強めていきます」


「まぁ、ミッドウェーを攻めるのが厳しいのは理解した。ポートモレスビーを攻略することは了承しよう」


 山本五十六連合艦隊司令長官が譲歩した。50万トン空母の働きと源田航空参謀の私的、陸軍の動きなどを総合的に勘案する。また、米軍に一つの可能性が浮上した。それは、米軍の反攻作戦が「ソロモン諸島から始まる」ことである。これをふまえ、ニューギニアを拠点に長期戦に引きずり込んだ。そうして米国市民の厭戦気分を蔓延させ、日米講和を引き出すのが得策と考えられる。


 ハワイの攻略に成功しても多大な損害と出費を強いられた。米軍は速やかにオーストラリアへ拠点を移すだろう。オーストラリアからソロモン諸島を経て大反攻に転じるのだ。


 もっとも、ここで潔く引き下がると連合艦隊の立場を守れない。


「ただし、一つの大きな条件を設させていただく」


「何でしょうか」


「ガダルカナル島と周辺海域の制圧を求める。ここを米軍の前線拠点にされかねん」


「なるほど、一理あります。しかし、補給が伸びきって弱体化を」


「島自体は無視でよい。仮に上陸された場合は直ちに艦隊を送る。ガダルカナル島を兵糧攻めにし、無駄な兵と弾薬を消費させるだけだ。長期戦で講和を引き出すには無駄を強いるのが一番だろう」


 山本長官はガダルカナル島に注目した。ソロモン諸島では大きな島である。日本軍も飛行場を建設し前線基地化を考えた。しかし、ラバウルはおろかブインからも遠い。補給を届けるにも遠すぎて維持は困難だ。


 もっとも、ガダルカナル島を米軍が拠点として使う恐れが生じる。ポートモレスビー攻略を認める条件として、ガダルカナル島の制海権と制空権を確保することを要求した。


「連合艦隊からのお言葉、しかと受け止めました。直ちに検討を始めて急ぎましょう」


「頼んだ」


 かくして、ミッドウェー作戦は廃案となり、ポートモレスビー攻略に始まるニューギニア攻略が始まる。ニューギニアを入手して米豪を遮断し、南方の島を不沈空母に要塞線を築き上げた。


続く

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