第17話 南方作戦の最後

【1942年3月】


 大和はフィリピン東方の海にて鎮座した。フィリピンの早期攻略のため、連日のように艦載機を発している。飛行甲板が長すぎるが故に静止状態でも、爆撃機は発艦可能だった。大飯食らいの大和は国の命である油の節約に貢献する。油の備蓄は1年少々から着実に増加へ転じた。南方作戦は油田制圧を第一と置き、油田地帯へ強襲上陸と空挺降下を仕掛け、見事に電撃的に占領している。


 また、対ソ交渉の一環として、日ソ中立条約を更新した。一度は手放した北樺太の油田を再獲得する。ソ連はドイツから侵攻を受けているため、日本にウラジオストクに上陸され、日独の挟み撃ちを受けることを危惧した。現実性に欠ける恐怖だが、後顧の憂いは断った方が良い。


 南北で油田を確保した日本は、直ちにピストン輸送を開始する。戦時急造の名目で建造したタンカーを送るが、米軍の無制限潜水艦作戦を警戒し、水上機による対潜警戒を講じた。陸地にも水上機基地が整備され、零式水上偵察機、零式水上観測機の主力級水上機、中には九五式水上偵察機も引っ張り出す。基地から遠い場合や長時間の場合は、すでに旧式化した九七式飛行艇が哨戒に出た。


 南方からの輸送線は周囲に島々が広がる。水上機の対潜警戒が最も効果的だ。対潜は丸急駆逐艦や丸急海防艦も担当する。しかし、やや低速で水上航行中の敵潜に追いつけなかった。したがって、航空機の中では低速と雖も潜水艦を圧倒する水上機を大量投入する。潜水艦は水上機の7.7mm機銃でも致命傷を負いかねない。石油やゴムを積んだ輸送船団を水上機のリレー方式で護衛していった。


 もっとも、現時点の米潜水艦は魚雷の不調に悩まされる。大量の水上機や海防艦、駆潜艇の姿を見て、魚雷の不調もあり、雷撃を諦める艦が続出した。したがって、日本の生命線である油は解消しつつある。


 話がそれた。本題に戻る。


=大和=


「だんだん上手になっていくのが、なぜか、嬉しく思います。おっかなびっくりだった台湾航空隊が、さも空母航空隊のようにです」


「着艦と発艦を同時に行える大和の面目躍如だな」


 山口司令と源田航空参謀は着艦と発艦が同時に行われている光景を眺めた。どちらも、台湾航空隊の零式艦上戦闘機二二型である。大和は洋上基地思想も含まれた。陸上基地を発した戦闘機隊を中継させられる。長距離作戦では燃料を消費し、パイロットも疲労が蓄積した。したがって、大和で一時回収し、燃料補給と休息を取らせる。これによって遠方まで戦闘機を飛ばせるようになった。


 空母に慣れていない陸上基地の戦闘機乗りだが、大和の飛行甲板は長さは600m越えて幅は90mもある。下手な正規空母に比べても安心感が突き抜けた。多少失敗しても海へ落ちることは無く、発艦も身軽な戦闘機なら楽ちんと評する。


「コレヒドールとミンダナオ島への攻撃はどうなっている」


「要塞は簡単に破壊出来ません。しかし、ミンダナオ島に残る飛行場は僅かです。それも非常用の小さいもの」


 台湾航空隊を中継している時間帯は大和航空隊が出撃した。整備の兵士は休む間も無い。勝つためには我慢してもらった。大和航空隊はコレヒドール要塞とミンダナオ島飛行場へ爆撃に向かう。既に制空権は確保してあるが、念のため、零戦三二型を付けた。


 コレヒドール島は要塞化されている。空からの爆撃では有効打を与え辛い。しかし、所詮は島のため周囲を護衛駆逐艦15隻が囲った。空も戦闘機が睨んで輸送を許さない兵糧攻めを仕掛ける。米兵は砲撃と爆撃の音で精神的に参ってしまうだろう。


 ミンダナオ島は大きな島で飛行場が建設された。主に白山隊が25番4発を抱えて水平爆撃を行い、滑走路から周辺の施設まで、完膚なきまで破壊している。ダバオに上陸しているが、飛行場には達していなかった。敵将兵の脱出は阻止しなければならない。


「これで今日の中継は終わりです。後は攻撃隊を回収します」


「艦長に聞きたいが、マッカーサーは逃げると思うか?」


「さぁ、アメリカ人の中でも、異端と言われるマッカーサーは分かりません。しかし、上級将校は生きて戻る傾向がありました。いわゆる、リベンジという復讐をするはず。海軍は艦と共に沈む嫌な伝統がありますが、陸軍でそのような話を聞いたことがありません」


「そうか。手段まで聞きたい」


「潜水艦が一番隠れやすい手段でしょう。しかし、駆逐艦と砲艦が蔓延る海路は事実上の封鎖でした。現地民の使いそうなボートを出してミンダナオ島まで移動し、飛行場から輸送機か爆撃機で脱出するのが精々かと」


「ボートどころか、泳いで脱出するかもしれませんな」


 コレヒドール島からミンダナオ島までは結構な距離がある。泳いで脱出するのは冗談に過ぎない。山口司令はコレヒドール島包囲を破ることは不可能と認識した。しかし、どこかの綻びから漏れるかもしれない。それこそ、ちょっとしたボートを現地民の漁船と誤認する恐れは十分にあり得た。


「全体の引き締めは必須だ。次段作戦までの間は猛訓練で引き締め直す」


 フィリピン陥落で南方作戦は完了と推定する。去年の12月時点で英領香港と米領グアムを攻略し、2月には英領マレー半島・シンガポールを攻略した。フィリピン攻略と同時期に蘭領東インドと英領ボルネオ、ラバウル島攻略を終わらせる。ラバウル島には発展計画として、ニューブリテン島とブーゲンビル島を攻略予定だ。次段作戦において、ニューギニアを制圧するため、ラバウル島に一大航空基地を建設する。そして、ブーゲンビル島のブインやニューギニアのラエに前線基地を設けた。


 次段作戦については会議の場で語るとしよう。


 大和が鎮座することを知ってか知らずか、マッカーサーは一世一代の博打に出た。


 コレヒドール島の港は破壊され尽くした。ただ、ボート程度の小型船であれば別である。面倒は積み重なっても、辛うじて動かせられる。敵機が帰投する隙を見計らい、マッカーサーと彼の家族、幕僚は脱出を敢行した。有力案の潜水艦による脱出は、本人の狭所恐怖症と洋上封鎖で没になる。


 したがって、海上の移動でも隠密性に優れる魚雷艇に乗り込んだ。小舟でミンダナオ島を目指す。ミンダナオ島の飛行場は破壊されても、非常用の小規模飛行場が残された。爆撃機の着陸は厳しいが、護衛戦闘機を与えた輸送機を強行着陸させる。護衛戦闘機の傘の下で、輸送機を飛ばして全員を退避させる。


 コレヒドール島からミンダナオ島に向かう、長距離航海は激しかった。PTボートは全木製魚雷艇だった。排水量50tの小型舟艇であり、本来は魚雷を積載する。しかし、脱出のために魚雷は全て降ろした。武装は機銃のみであり、敵と真っ当に戦うのは無理である。


 日本軍に目を付けられたら終わりだ。


(なんてことだ。こんな戦いになるとは、欠片も考えたことがない。私は10万を超える将兵を置いて逃げ去る。この屈辱は必ず晴らしてくれよう。魚雷艇で逃避行とは…)


 恨み節を吐いていると、最悪の報告が響き渡る。


「て、敵機だ!」


 上空には緑色に塗装された零戦三二型があった。


 零戦パイロットは味方機が帰投するに際し、敵機が来ないか警戒していた。自機は燃料に十分すぎる余裕がある。全方位に目を凝らしていたが、ふと下を見ると、海に白線が伸びた。最も通してはいけない敵潜水艦と思って降下する。実際は単なるカッターボートに見えた。


(なんだ、怖気づいた逃亡兵か。この砲撃と爆撃の中で、精神を正常に保っていられなくなったらしい)


 おそらく、籠城戦で耐えられなくなった逃亡兵らしい。彼らに戦線に復帰されて味方を一人でも多くやられては堪らない。ボート数隻は大した戦果にならないが、ゼロよりはマシと機銃掃射に入った。三二型は火力増強のため機首機銃を12.7mm(ホ103)に換装し、主翼に20mm(九九式二号)を2門増設している。


「恨まないでくれよ。俺も生きるためなんだ」


 圧倒的に零戦の方が速かった。20mmと12.7mmの弾がボートへ吸い込まれる。ボートに備え付けられた、各種対空機銃を手に取る者は、誰一人としていなかった。小隊機も遅ればせながら参加する。


 10分も経たずボートは全て破砕される。


 海には血が流れた。


続く

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