第16話 航空戦隊の拡充は終わらない

【1942年2月】


 50万トン空母『大和』は台湾航空隊と連携して行う、フィリピンの攻略支援に出撃していった。出撃前にトラック諸島において工作艦から修復工事を受け、商船改造の特設空母から、零戦と零爆、白山(分解状態)の補充を受ける。準備万端でフィリピンに出撃した。


 1941年2月に入ると、南方作戦は想像以上の快進撃を続けた。中国総撤退が功を奏している。抽出された余剰戦力が各地に到着次第に攻勢は強まった。ラバウル島の占領に成功したり、シンガポールに上陸したり、ビルマからイギリス軍を追い出したりした。


 しかし、連戦連勝と言うことはできない。アメリカ海軍は太平洋艦隊を失ったが、残存空母を上手く活用した。米海軍は日本委任統治領であるマーシャル諸島へ1日だけの空襲を仕掛ける。空襲後に機動空襲は留まらず、海域を速やかに離脱した。空母機動部隊の一撃離脱戦法とは恐れ入る。


 マーシャル諸島空襲による損害は総じて軽微で済んだ。予めに敷いていた通信傍受や暗号解読が「米機動部隊来襲の恐れあり」と注意喚起している。各諸島には九七式飛行艇が配置され、飛行艇が長時間の哨戒を広げた。そして、複数機が米機動部隊を発見する。直ちに飛行場から迎撃機が出撃した。米空母攻撃隊は迎撃機に阻まれている。昼間には艦砲射撃も行われたが、大半の艦艇はとっくに退避した。環礁内には警戒艇しかなく、逆に艦隊は陸攻隊の空襲や沿岸砲台の砲撃を受ける。


 戦果を挙げられなくても、米機動部隊は迅速に撤収した。日本海軍は攻撃を察知して防ぐことはできた。しかし、敵艦を沈めるまでには至らない。拠点を守り切った点では勝利だが不完全燃焼だ。一方の米機動部隊は僅かでも勝ち点を得ている。一方的に嬲られる、どんよりとした空気を打破し、艦隊指揮官ハルゼーは名声を増した。


 一連の空襲により日本海軍は、島嶼部への空襲を防ぎ、かつ、南方地帯からの輸送を守るため、新鋭機動部隊を動かした。


=連合艦隊=


「マーシャル諸島への空襲は一撃離脱戦法と置いた。よって、連続して行われる事は無いだろう。しかし、太平洋の島嶼部というものは各地に点在する。これを守るために高速で機動力に優れる航空戦隊を派遣した」


「四航戦を派遣したことに異論ありません。しかし、第四艦隊の航空艦隊化を認めていだけませんと」


「まぁ、そう焦るな。もう暫く待って欲しい。私のミッドウェーが蹴られた場合の代案を組んでいる最中なんだ」


「代案?」


「時が来たら伝える。とにかく、待ってくれ」


 連合艦隊は実質的に小規模な戦隊だった。とうとう日本海軍を代表する艦隊には見えない。連合艦隊は司令長官の山本五十六大将の配慮が見られた。50万トン空母の『大和』に代表される、各航空戦力は「連合艦隊に縛ってはならない」と独立させたい。


 現時点の連合艦隊は以下の編成で組まれた。


〇大日本帝国海軍・連合艦隊

・第一戦隊:大淀(旗艦)、仁淀

・第二十四戦隊:葵丸、藍丸、椿丸

・第十一航空戦隊:千歳、千代田

・第四潜水戦隊:鬼怒、苫小牧丸

 =三個潜水隊:呂号潜水艦9隻

・第五潜水戦隊:由良、りおでじゃねいろ丸

 =三個潜水隊:波号潜水艦12隻

・その他附属戦隊


 連合艦隊は潜水艦が主戦力と言って差し支えない。潜水母艦を兼ねる水上機母艦や特設潜水母艦を抱えた。潜水艦は戦時急造設計で中型の呂号潜水艦、および、小型の波号潜水艦が占めている。


 旗艦は大淀型軽巡洋艦の『大淀』が選定されたが、同型艦の『仁淀』も旗艦を務められる。大淀と仁淀の2隻で1隻という二人三脚を組んだ。大淀型は軽巡よりかは指揮連絡艦の性質が強い。連合艦隊旗艦は高度な指揮連絡能力が必要である。さらに、連合艦隊参謀から他艦隊の司令と参謀を迎えられる設備も必要だった。


 大淀型は戦艦に匹敵する指揮連絡能力を有する。通信に特化した指揮連絡室が設けられ、質素だが広大な会議室、全体的に行き届いている冷暖房設備、水上機運用能力の高さ、等々と目白押しだ。


 大淀の小会議室で山本大将は、腹心の三和義勇大佐と打ち合わせを挟む。三和義勇大佐は昇進したばかりの若輩と睨まれた。しかし、彼は根っから航空主兵の有望株でもある。山下大将としては奇人こと黒島参謀と並列させ調和を図った。残念ながら、黒島参謀は三和参謀に反発している。したがって、どこかの時機に黒島を外し、三和を置きたかった。


「四航戦は改翔鶴型航空母艦を運用し、戦時量産型正規空母の試験を含みます。島嶼部への空襲を阻止する任務。それは、些か重すぎると考えました」


「確かにそうだ。練度は完熟し切っていない。前線の島嶼部へ派遣するのは怖い。しかし、最前線でなければ感じられない戦場特有の空気がある。常在戦場の心得から、促成にも繋がるはずだ。戦時量産型の翔鶴型の量産化に必要な情報も舞い込む」


 山本大将はウェーク島やマーシャル諸島など、島嶼部への機動空襲を阻止するため、第四航空戦隊を派遣している。四航戦には訓練と称した島嶼部防衛作戦を展開させた。四航戦は改編したてのホヤホヤである。さらに、新造された改翔鶴型空母一番艦『赤石』、同型二番艦『大室』を主力に構えた。


「翔鶴型の量産化はどうなっている」


「まず、翔鶴型の量産型空母を『大鳳型』と呼びます。一番艦と二番艦は本年の8月までには、何とか戦列に加わることを見込みました。三番艦と四番艦は11月までに参加できるかどうか」


「少なくとも、2隻は必要最低限の訓練を終えられるか」


「練度が足りていない可能性は否めません。あまり積極的に投入すべきではないと」


 四航戦の基幹を為す『赤石』と『大室』は、どちらも改翔鶴型航空母艦にあたる。一番艦から赤石型と呼ぶことも可能だが、建造経緯から改翔鶴型の方が一般的だった。既存の翔鶴型に「改」の一文字が追加されている。これから分かる通りだ。本格的な正規空母である翔鶴型の長所を伸ばし、かつ、欠点を無くしたのが改翔鶴型空母だろう。


 建造の意図は大和頼りの現状を打破したい。大和が別海域に出撃しても、対応できる戦力を整えたい。そのため、正規空母を量産した。正規空母量産化は「飛龍・蒼龍」の中型、「翔鶴・瑞鶴の大型」の二者択一である。両者に共通する点は設計を大きくは流用した。細かな改良を施しつつ、簡素化できる箇所は簡素化する。建造開始から戦列参加までの期間を短縮した。


 前者は中型空母のため、建造期間短縮の効果が高い。最短1年半で竣工を目指せた。しかし、将来的な艦載機の大型化に対応できない点が指摘された。せっかく、建造したにもかかわらず、新鋭の艦載機を運用できなければ、本末転倒と評される。


 後者は大型空母であり、建造期間短縮は限定的だった。最短でも2年はかかると見込まれる。ただし、大型なら大規模改修の余地が残され、かつ、艦載機が大型化しても十分に対応できた。


 したがって、翔鶴型の量産化が決定される。ひとまず、試作として改翔鶴型を建造した。設計の大半は翔鶴型から変わらない。細かな変更点として、過剰な防御は削り適正化を図り、強度が求められない箇所は民間船でも使う素材に変えた。空母で重要な最大速力、航続距離、搭載機数は不変である。

 

 実際に建造する時は翔鶴型を建造した造船所を選んだ。翔鶴型で培ったノウハウを活かし、建造の作業効率を高めさせる。ほとんど翔鶴型と大差ないため、一番艦と二番艦は同時並行で建造された。関係者の不断の努力により、なんと約2年6カ月で竣工に漕ぎつける。


 この成功例から、本当の量産型正規空母の仮称大鳳型が開始された。


「それは君の言うことが正しい。もっとも、太平洋にある米空母は2隻のみだ。サラトガを撃沈したのは素晴らしかった。米海軍は積極的な反攻に出るには戦力が足りていない。43年までは反撃という反撃は困難になった」


「つまり、四航戦は島嶼部に置くだけの抑止力にする」


「そうなる」


 現時点で米海軍太平洋艦隊の空母は『エンタープライズ』、『ヨークタウン』の2隻だ。年明け時点では、『サラトガ』が整備を切り上げて真珠湾に回航される。しかし、米空母『サラトガ』は『レキシントン』同様に潜水艦が沈めた。


 『サラトガ』は重巡と軽巡、駆逐艦を連れてウェーク島救援任務に向かう。ハルゼーの提唱した機動空襲を単独で仕掛けた。しかし、移動中にウェーク島守備隊は降伏している。ウェーク島救援は失敗して機動空襲は中断を余儀なくされた。


 ウェーク島増援派遣阻止任務を纏う波号潜水艦が襲いかかる。波号潜水艦はウェーク島に向かう、敵の増援を阻止する任務に充当された。波号は小型潜水艦のため集団戦法を採る。護衛艦が多く防壁が厚いことを承知で飽和雷撃を敢行した。口径45cmの小振りな酸素魚雷を4隻で16発発射し、酸素魚雷の網で見事に『サラトガ』を沈めている。


「手持ちの空母が2隻しかない。島嶼部への機動空襲を行うのは博打である。ましてや、護衛の航空戦隊が付いている。手を出せるわけが無かろう」


「なるほど。これ以上は慎みます」


「さて、次の会議はミッドウェーかポートモレスビーかを話し合った。おそらく、ミッドウェーはダメだな。ちょうど良い落としどころを探したい。君にも手伝ってもらうよ」


続く

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