第15話 トラック諸島で一休み

~前書き~

 近況ノートでもお知らせしましたが、本作の設定集を新設することにしました。私もそうですが、後で確認する時に本編にあると探すのが面倒なため、設定集に分けることで整理します。なお、主役級(大和及び関係する兵器)は本編に掲載し、主役級以外を設定集に置きます。


 以上のこと、ご了承ください。


~本編~


 アメリカ海軍太平洋艦隊司令長官にチェスター・ニミッツ大将が着任した。それと同時期に50万トン空母『大和』は、日本海軍一大拠点のトラック諸島泊地に身を寄せる。ハワイから撤収する際に傷ついた角田機動部隊と合流し、何よりも潜水艦に警戒し向かった。


 なお、角田機動部隊は修理のため、道中で分かれて本土へ帰投している。


 トラック泊地は要塞化され、アメリカ軍でも手を出せなかった。現在は南方作戦真っ只中のため、マレーからフィリピン、ニューギニアと各地へ艦艇が出撃している。


 現時点でウェーク島、グアム島、タラワ、マキン島、ペナン島を占領した。その他に、改めてマレー半島に上陸して進撃を強め、ボルネオ島に上陸し、フィリピンの攻勢を強める。南方作戦は所々で躓きもあれど順調と思われた。


 ひとまず、トラック泊地で休息を取る。


 しかし、大和の周りは騒がしいことに変わりなかった。


「ゆっくり近づけろよ! 慌てるな!」


「次に『豊橋』来ます!」


「『小樽』は待機だ!」


 大和は被弾こそしていないが艦自体が大きすぎ、艦内か艦外か問わず、各所で歪みを生じさせた。電気溶接のブロック工法で区画ごとに組み立てられ、各区画ごとに補修を行っている。しかし、激しい戦闘に消耗を余儀なくされた。全力戦闘に支障はなく、最大出力の航行も問題なかった。とは言え、生じた歪みを放置しておくと、ひょんなことから、連鎖的に崩落する恐れが呈された。


 したがって、トラック泊地での休息と並行して工作艦による工事を行う。本土に帰投するのが一番だ。いいや、あいにく、本土は新造艦建造や習熟訓練で忙しかった。50万トン空母を受け入れられる母地はない。また、下手に寄港すると波で小型艦艇が転覆しかねない。トラック諸島の泊地に入る際も微速で警戒艇の誘導を厳守した。


 工作艦3隻の懸命な作業を眺める暇も無く、次段作戦の前に救援要請が入る。


「5月までにはフィリピンを陥落させたいと来ています。敵将マッカーサーは賢明です。コレヒドール要塞に立て籠もり、陸軍は猛烈な砲撃を加えていますが、南部の島でも戦闘が続いています。フィリピンの戦いが泥沼化することを危惧しました。そこで、大和は台湾航空隊と連携してコレヒドール要塞を叩いてもらう。同時に、敵軍の脱出路を封鎖してマッカーサーを逃さない」


「マッカーサーは相当の将軍なのか。まぁ、包囲されている中で打開は難しい。台湾航空隊の戦闘機を中継し、フィリピンにある飛行場を全て叩く。艦爆と重艦爆はコレヒドール要塞を爆撃する。さらに、1個護衛駆逐艦隊と海防艦を配置すれば、敵軍の脱出は不可能になった」


「空母が足りていない現状では、海防艦から駆潜艇まで、対潜艦艇を大量に用意する以外に手はありません。米軍は魚雷の不調に悩まされ、活動は鈍化していますが」


 大和のために改明石型工作艦の『豊橋』『小樽』『郡山』の3隻が集結した。大和が大きすぎるため、3隻で修復工事から改修工事までを分担する。作業を不眠不休の突貫で進めた。日本海軍は大和を含めた空母の決戦に打って出ており、大和が動けないと勝ち目は途端に薄くなった。


 工作艦自体は『関東』の以後に新造された『明石』が存在する。明石は優秀艦だが需要の高まりに追いつけなかった。よって、明石を基に短期間で建造できる量産型工作艦を建造する。工作艦は武装や速力を気にしなくてよい。必要最低限の自衛用武装のみ施し、船体は平面を多用した設計で戦時急造を意識している。


 このような戦時急造の設計思想は、50万トン空母大和建造が引き金になった。大和に代表される、主力艦を支える補助艦が欲せられたのである。補助艦は性能を妥協した代わりに大量建造を可能にした。軍縮条約以降に建造された艦隊型駆逐艦にも、戦時急造の波が及んでいる。従来の質を追求する特型駆逐艦の流れから、陽炎型駆逐艦以降は大転換を果たした。


「脱出するとしたら、それこそ、オーストラリアです。アメリカはオーストラリアを太平洋の前線基地にしています。下手に島嶼部に構えるより、広大な大陸を基地にした方が、攻めにも守りにも通用します」


「海を封鎖したら、残りの脱出手段は空しかない。オーストラリアまで届く空の便は十中八九でB-17だ」


「つまり、海も空も大和の出番というわけですか」


 大和が次に出撃する海域はフィリピン近辺に定まった。南方作戦は順調に進んでいる。しかし、フィリピンだけは頑強な抵抗に遭い、攻略は遅々として進まなかった。フィリピンのアメリカ軍司令官マッカーサーは、コレヒドール要塞に立て籠って抵抗する。日本軍はフィリピンの北部や南部の島へ上陸し、飛行場を基地航空隊破壊したが、要塞戦は一筋縄ではいかないが定石だろう。


 フィリピンのコレヒドール要塞の抵抗が続くのは困った。次段作戦に影響を及ぼしかねない。海軍も艦隊を張りつけるには限界があった。したがって、陸軍と海軍は利害を一致させる。


 ここは大和と台湾航空隊と連携させ、圧倒的な航空戦力を以て要塞を破壊する。そして、多量の護衛駆逐艦と海防艦、駆潜艇を動員し、各島と連絡する海路を封鎖した。事実として、コレヒドール要塞へ潜水艦を使った、苦し紛れの輸送が行われている。マッカーサーは潜水艦で脱出するかもしれない。米軍の反攻に遅延を強いるため、敵将マッカーサーの脱出は許さなかった。


 日本海軍の対潜戦力は、長期戦を想定した大量建造が続いた。フィリピンに多少割いても、石油地帯から本土へ向かう輸送船団の護衛は削られない。また、この時のアメリカ海軍潜水艦は魚雷の不調に苛まされた。信管が不良品のため、直撃させても炸裂せず、そのまま突き刺さることが多い。兵士たちは「魚雷の改良がされるまで出撃しない」と言い始める始末だ。


 日本海軍の護衛艦は大量であり、かつ上空を水上機が飛び交う。危険を冒して雷撃しても、魚雷がすっぽ抜けるのだ。自分の位置を割り出されて撃沈されては、まったく釣り合わないだろう。


 そんな、渦中のマッカーサーは怒りと焦りが入り混じった。


~コレヒドール要塞~


「ルーズベルト大統領は、私に脱出を許可された。しかし、脱出するかどうか、未だに迷っている」


「今すぐに脱出するべきとは申しません。しかし、この絶望的な状況では、必ず脱出すべき時が訪れます」


「海軍は何をしていた。太平洋艦隊は壊滅して空母も失われた。フィリピンは見捨てると言うのか」


 コレヒドール要塞の籠城戦を指揮するマッカーサーは、開戦前の強硬姿勢が嘘のようだった。北部を放棄してコレヒドールに立て籠もるのは想定内である。しかし、日本軍は想像以上に強力であり、緒戦で航空戦力を破壊されると、敵爆撃機から猛烈な爆撃を被った。陸上から砲撃も激しさを増しており、要塞で耐える将兵の神経はすり減る。


 要塞の武器弾薬、食糧、水の備蓄は確実に削られた。輸送船も輸送機も封じられている。潜水艦がチマチマ荷揚げするが、一度に運搬できる量は少なく、焼け石に水が否めなかった。


「噂の超巨大船の正体は超巨大空母と推定されています。我々と同じく、海軍も日本を見誤った。それだけのことでは、ありませんか」


「ぬぅ…敵を前にして逃げると言うのは、受け入れ難い」


「お気持ちは痛いほどわかります。しかし、散っては再起は図れません」


「その通りだ。脱出は考えるが、方法は選ばせてほしい。あいにく、潜水艦は受け付けん」


 マッカーサーは脱出を本気で考えた。ルーズベルト大統領が直に許可している。彼が責められることはない。なんなら、責任を海軍に擦り付けて「フィリピンは見捨てられた」と叫んだ。ただし、閉所恐怖症のため潜水艦の脱出は排除する。最も好ましいのはB-17だが、制空権を握られている中では無謀に尽きた。


「まだ飛行場が生きている、ミンダナオ島に向かいましょう。あそこまで行けばB-17を使えます。ミンダナオ島までは、小さくて狭い、魚雷艇で行くしかありませんが」


 はたして、マッカーサーの脱出は成功するか。


続く

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