第14話 太平洋艦隊新司令官ニミッツ着任
【1941年12月31日】
「キンメルの親父が降格処分を受けて、俺が称えられるのは良い気分にならないぜ。なぁ、レイ」
「それを言われては反応に困るが、ブルはハワイ防衛の任務を貫こうと戦った。レキシントンを失ったのは痛い。とは言え、敵空母1隻を沈め、ハワイは守られた。無駄に艦隊を率いて、敢無く壊滅したキンメル元大将とは真反対なんだろう」
大晦日と言うのにアメリカ領のハワイはどんよりしている。なぜなら、12月10日と11日の海戦により太平洋艦隊の戦艦6隻、空母『レキシントン』が撃沈された。日本海軍に与えた損害は空母1隻と駆逐艦2隻、航空機多数で割に合わない。
真珠湾に残ったのはコロラド級戦艦『メリーランド』と『ウェストバージニア』、ヨークタウン級空母『エンタープライズ』だった。主力級の戦力が一挙に沈められたのは屈辱以外の何物でもない。エンタープライズは中破と判定されたが、真珠湾の工廠で不眠不休の突貫修理により、なんと1週間で前線に復帰した。
また、ウェーク島救援を建前に『サラトガ』が真珠湾に到着する。本国で整備中だが真珠湾で継続し、15日にウェーク島救援に向かった。しかし、ウェーク島は既に制空権は奪われ、かつ上陸を許している。しかも、金剛型戦艦2隻が張り付いており、ここは無駄な損耗を回避した。
最終的な真珠湾はエンタープライズとサラトガの2隻体制が組まれる。
「キンメルは全ての責任を背負ったか」
「ブルのハルゼーを立てたことは、感謝した方が良い」
「ニミッツの親父にも言われたさ。生涯忘れないようにする」
どんより空気に包まれながら、ハルゼーは親友のレイモンド・スプルーアンス少将と語り合った。スプルーアンス少将は戦艦部隊と巡洋艦部隊の司令官を務める。彼はハワイ防衛でハルゼーを見送った。自身が出撃することは無く終わり、スプルーアンス少将は無傷である。
ハルゼー中将はレキシントンを失い、かつエンタープライズを中破した責任を有した。しかし、独断と雖も日本海軍機動部隊の空母1隻を沈めている。与えられた任務を貫徹し、見事にハワイを守り切った。艦隊司令長官のキンメルが単独出撃し、独断を余儀なくされたことも指摘される。
キンメル艦隊は謎の航空攻撃を受け、太平洋艦隊の基幹部隊は壊滅さした。当人は重症でも救助され生還を果たす。キンメル大将に対してアメリカ海軍は極めて厳しい処分を下した。キンメル大将に全責任を被せ、大将から少将へ降格させる。あまりにもな処分だったが、当時のハルゼーやスプルーアンスらを守るには仕方なかった。
スプルーアンスは何も無かったが、ハルゼーは勇敢な闘将と称えられる。
「結局のところ、あの超大型船は空母だったんだ。持たぬ国の苦肉の策と侮っちゃいけねえ」
「まったくだ。大艦隊を作れないなら、途轍もなく大きな艦を浮かべる。馬鹿馬鹿しいと笑うのは簡単だ」
キンメル艦隊が大量の航空機に攻撃を受けたことは謎に包まれる。しかし、当時において、日本海軍の空母は南方に確認された。他の個機動部隊はハワイ北西で発見され、双発機を運用できる点も含めると、例の「超巨大船が超巨大空母だった」と推定せざるを得ない。ハルゼーとスプルーアンスは疑義を挟まず、日本の苦肉の策だが、決して侮れないと警戒した。
その超巨大空母を沈めるには、どうすればよいのだろう。
「そろそろ、打ち合わせの時間だ。行くか」
「あぁ」
~司令長官室~
「就任式で伝えた通りである。私は何か大きな変革は与えない。人事の異動も最小限に留め、陸軍とは違うことを宣言しよう」
新太平洋艦隊司令長官はチェスター・ニミッツ大将だ。つい最近まで少将の身である。しかし、海軍の意向で議会の承認を経て、中将を飛ばし大将に昇格した。そして、太平洋艦隊司令長官に就く。随分と急な人事だが、元々ニミッツ少将(当時)はキンメルの後釜に据えられた。本人はパイ中将が自然で好ましいと固持したが、海軍の強い意向を受け、異例の緊急昇進を呑み込む。
ニミッツの就任に伴う人事異動は現状維持が占めた。ハルゼーとスプルーアンスもお咎め無しが与えられる。キンメルの後を可能な限り引き継いだことは、ハワイの将兵を安堵させた。同時に復讐を糧に士気を向上させる。また、対立しがちな陸軍を持ち出したことも逸話に数えられた。
「暫くはハワイの防衛に注力するが、空母の相手をするべきは空母だと私は考える。就役して間もない『ホーネット』は習熟を完了次第直ちに送らせる。『ヨークタウン』は小規模な改装工事を行い、新設された第17任務部隊のフレッチャー少将と共にやって来る」
「『ワスプ』はダメですかい」
「あいにく、ドイツ相手に引き抜けなかった。すまない」
「いえ、一撃離脱攻撃には十分です」
ニミッツは早速空母の補充を頑なに求める。上層部も危機感を抱いたのか、正規空母3隻の太平洋派遣を確約した。今すぐ送ってほしい所でも、各々の難しい事情がある。明日から大反撃はならないで、暫くはハワイで守勢に回った。日本軍の南方作戦を巡洋艦と駆逐艦を送り、なんとか遅延を強いるのが精一杯である。
就役間もない『ホーネット』は習熟訓練が未完了だった。兵士の練度から即座に真珠湾派遣は無謀となる。ニミッツ大将も理解を示し、完了後直ぐに送ってもらった。『ヨークタウン』については小規模な改装を受けている。準備が整えば真珠湾に移動でき、改装は移動中に行う強行軍を採用した。そして、新設されたフレッチャー少将の第17任務部隊の旗艦に入る。
ハルゼーとしては、大西洋で活動中の『ワスプ』も欲しかった。あいにく、大西洋を渡る輸送船団の護衛で動けない。流石のニミッツ大将でも、満額回答は得られなかった。
「戦艦は送ってもらえるのでしょうか?」
「まず、『メリーランド』と『ウェストバージニア』は本国に帰す。低速艦では戦えんと判断した」
「同感です」
「そこでノースカロライナ級を要求している。どうも、輸送船団護衛のため、離せないようだ。サウスダコタ級を待たざるを得ない」
スプルーアンスは空母機動部隊の指揮も執れるが、本職は戦艦部隊の大砲屋のため、思わず足りない戦艦について聞いている。真珠湾のコロラド級戦艦『メリーランド』と『ウェストバージニア』は貴重な41cm砲の戦艦だ。ただし、いかんせん、速力は21ノットが限界の低速艦である。ハルゼーが「低速艦は不要」と言った通り、ニミッツ大将も有効活用は難しいと見た。この姉妹は米本土の工廠に送って大改修を施す。
ならば、代替の戦艦を2隻欲しいところだが、ノースカロライナ級姉妹は対独戦で忙しかった。ドイツ戦艦の撃滅という輸送船団護衛に手を離せない。次のサウスダコタ級は一番艦でも整備と調整、習熟訓練に縛られた。二番艦以降も同様であり、太平洋に送れるわけがない。
つまり、太平洋から戦艦が一掃された。
「太平洋艦隊は空母機動部隊を主力に定める。そこで、ハルゼー中将と新任のフレッチャー少将に戦ってもらう。スプルーアンス少将は巡洋艦と駆逐艦を率い、本国からの輸送船団を守る」
同意を得てから続けた。
「ただし、具体的な行動については任せる。どうなろうと、責任は私が取る」
「ならば、機動部隊の一撃離脱による機動空襲を行います。一度か数度の空襲を仕掛けますが、作戦海域に留まらず、その日に離脱して捕捉を回避します。少ない空母で最大の戦果を出すには、機動空襲作戦しかないと」
「わかった。フレッチャー少将にも、機動空襲をしてもらおう」
ハルゼーが提案した機動空襲は「空母機動部隊による一撃離脱戦法」を意味する。目標に定めた敵に対し、一度切りか数度の空襲を仕掛けるが、翌日に持ち越さなかった。原則として、1日限りの攻撃を行い、その場から速やかに撤収する。敵に与えられる損害は少なかった。ただし、戦力を温存させられるメリットがあり、空母も戦艦も不足しがちな現状では最善策と言える。
かくして、チェスター・ニミッツがハワイに着任した。
ハルゼーとスプルーアンス、フレッチャーによる反撃も計画される。
続く
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