第13話 龍驤の献身

「朗報です! 呂三十八潜水艦がレキシントンと思われる敵空母を撃沈しました!」


どっと角田機動部隊が沸き上がる。


「龍驤の犠牲が無駄にならずに済んだ。首の皮一枚で繋がってくれたよ」


 角田機動部隊はハルゼー機動部隊と交戦し、敵空母2隻を中破ないし大破させた。しかし、護衛駆逐艦2隻と空母『龍驤』を失う。護衛駆逐艦は半年で建造される竹型のため、乗組員さえ救助されればよいが、貴重な空母1隻を失ったことは、最も悔やまれた。


 沈んだ空気を一変させた報告が空母『レキシントン』撃沈である。これで龍驤1隻とレキシントン1隻を交換した痛み分けに持ち込んだ。旗艦『隼鷹』は1発だけ被弾したが、直ちに応急修理を完了して航行に支障はない。艦載機も発艦と着艦を問題なく行えた。


 レキシントンを雷撃し撃沈した、殊勝艦は呂三十八潜水艦と判明する。呂三十八は呂三十五型潜水艦に括られ、呂三十五型は戦時急造の潜水艦に分類された。攻撃力や航続距離は伊号に劣る。ただし、ブロック工法で短期間の建造が可能であり、かつ中型のため隠密性に優れた。兵士からの評価は良好が占め、改良型の呂四十型が急がれる。


 艦首には53cm魚雷発射管を4門備えて酸素魚雷を装填した。一撃の破壊力は世界最強を誇る。ただでさえ、航空魚雷3発を受け全力航行できないレキシントンなのだ。追加で酸素魚雷を3本貰えば、沈む以外の運命を辿らない。


「地上勤務にならずに済むかな。ともかく、今は山口中将の大和と合流を急ぎたい。大和を潜水艦から守るため、艦攻に対潜爆弾を持たせる。これを交互に飛ばす。龍驤の献身を無碍にするわけにはいかん」


 角田機動部隊はミッドウェー島で確認された、敵空母(レキシントン)撃沈に向かった。ハワイの米軍哨戒網に引っ掛からないよう努めたが、想像以上に米軍の対応は素早い。運悪くカタリナ飛行艇に発見され、即座に直掩機が撃墜した。しかし、ハワイへの通報は阻止できない。


 龍驤から零戦隊が発艦し防空体制を構築した。護衛駆逐艦も対空陣に移行すると、八九式12.7cm連装砲を構える。角田司令以下はハワイの航空基地から爆撃機が飛来すると予想した。外れて全て単発機の敵艦載機が殺到するが、角田司令が檄を飛ばし、零戦隊は艦爆と艦攻を一機たりとも通さない。


「龍驤の艦長は杉本大佐だった。せめて、杉本大佐の献身に応える。これ以上は1隻たりとも、何らかの損害を許すつもりはない」


「龍驤を防空専門の空母にすること。これを提示されたのは杉本大佐です。まさか、自ら突出して敵機を引き寄せる囮になろうとは。なんという、武勇と称えるしかありません」


「私の失策だった。もう少し北の方へ航路をずらしていれば、哨戒機に発見されず、一方的に捕捉している。偵察機が発見してくれたのは僥倖といえた。完全に私の責任にしてもらう」


 角田司令も臍を噛んだ。奇しくも、ハルゼーと角田の両者共に敗北を認識する。カタリナ飛行艇の偵察情報から、ハルゼー機動部隊の攻撃隊は迅速に攻撃できた。角田機動部隊は敵空母を一から発見しなければならず、ハルゼー機動部隊に先制攻撃を許して当然だろう。ただし、機転を利かせた艦攻(哨戒機)が博打を打った。その艦攻は帰投中の敵機を追跡し、見事に敵機動部隊の所在を掴むことに成功し、隼鷹と飛鷹は素早く攻撃隊を組み、怒りを纏わせる反撃の矢を放った。なお、当該艦攻は撃墜されている。


 空襲の中で龍驤は艦隊の盾になると進んだ。龍驤の艦長は杉本丑衛大佐であり、彼は龍驤を正規空母の中では重要度が低いと見積もる。艦載機を30機少々しか積載できず、運用にも細心の注意を払った。角田司令は全空母を生かす気概を有するが、杉本大佐は現実を客観視した。


 彼は出撃直前に龍驤の艦攻隊を飛鷹と隼鷹に分けて移し、両空母から零戦隊を受け取り、龍驤は零戦だけの防空専門に絞ることを提案する。艦戦だけなら緊急出撃で迅速に直掩機を展開できた。合理的な判断で角田司令も唸ったが、あくまでも、龍驤も生きて帰す。


「艦長は、隼鷹と飛鷹だけは沈ませない、と言っていました。龍驤が沈んでも構わないとも言い、あの時は龍驤を盾とすることを即座に命じ、私を含めて全ての兵が納得しています。救助していただいた身で恐縮ですが、角田司令は見事な戦いをしたこと、疑いようがありません」


「そうか…杉本大佐には大変世話になった」


 杉本艦長は敵機をおびき寄せる盾を厭わなかった。副長から下位の兵士まで皆が納得しているため、救助された兵士は角田司令を責めようとしない。龍驤沈むときは皆で靖国に参ると高らかに宣言する程だ。


 この背景には、龍驤の危険物が隼鷹と飛鷹に比べ、遥かに少ないことがある。爆撃機と攻撃機を積むと、母艦は必ず爆弾と魚雷を積み込んだ。言わずもがな、被弾した際に誘爆し、最悪の爆沈を招きかねない。しかし、龍驤は零戦限定のため、機銃弾で済み、被弾時に誘爆する危険は弱まった。零戦を吐き出せば格納庫内部は空っぽとなる。燃料や機銃弾など危険物は装甲で守られた区画に収納した。


 実際に急降下爆撃で1,000ポンド爆弾を4発被弾し、木製の飛行甲板が破られ、下の装甲を貫かれる。格納庫内部がグチャグチャになるが、弾薬庫に誘爆することはなかった。その後の被雷で機関部が損傷し、回避機動を取れなくなり、追加の爆弾で燃料庫に引火する。これで龍驤の命運は尽きてしまった。


 もっとも、米軍機は隼鷹と飛鷹を疎かにしている。かなりの痛手を与えた龍驤ばかりに集中して、本当は優先的に攻撃すべき大型空母2隻を撃ち漏らした。杉本大佐の狙い通りに事は進んでいる。


 龍驤が突出し被弾した方が好ましかった。いわば、「大の虫を生かして小の虫を殺す」である。龍驤艦長は自ら「小の虫」となり、隼鷹と飛鷹の「大の虫」を生かした。


 龍驤をやられた復讐の反撃は猛烈を極める。ハルゼー機動部隊に向かう攻撃隊の士気と覚悟は頂点に達した。護衛機の零戦はF4Fを食い散らかし、艦攻は超低空飛行で敵空母に迫る。決死の雷撃を以て米空母2隻へ魚雷を投下した。中には被弾し炎上しながら、闘魂だけで魚雷を投下した機もある。レキシントンは大破に近い大損害を与え、エンタープライズにも中破と思われる損害を与えた。


 救助された龍驤の乗組員は全員が胸を張り、角田機動部隊の鮮やかな逆転を誇る。ただし、角田司令は立場があって、陸上勤務に飛ばされる可能性は、否定できなかった。そこへ空母レキシントン撃沈の報が入る。辛うじて、首の皮一枚で繋がった。


「次の戦地がミッドウェーになるか、サンフランシスコになるか。どちらにしても、龍驤の仇は最後まで討ち続ける」


【同じころ】


「名目は大和の出迎えだが、角田少将の空母が合流するだろう。無事に本土まで帰投できるはずだ。よって、我々は裏の目的である陽動作戦として、アリューシャン列島のダッチハーバーを奇襲する」


 青森県の大湊を出撃する小規模な艦隊の姿が見受けられる。


「ダッチハーバーへの攻撃は一度切りだ。一撃離脱で攻撃後は速やかに離脱する」


 それは日本海軍最精鋭の第二水雷戦隊だった。第二水雷戦隊は田中頼三少将に率いられてダッチハーバー奇襲攻撃に出撃する。ダッチハーバーはアリューシャン列島の米海軍北方拠点に分類された。広大な北太平洋でも特に北方を担当する。


 米本土上陸を装った大和は太平洋艦隊を撃滅した。角田機動部隊もハルゼー機動部隊と交戦する。これで米本土が脅かされる危険が生じ、米陸軍と米海軍は普段の仲の悪さを隠し、否が応でも協力せざるを得なかった。


 日本海軍は南方作戦前に米軍を北方に張りつけたいのだ。僅かでも張りつけさせ、戦いを優位に進める。そこで、ダッチハーバーを水雷戦隊に攻撃させた。米本土上陸の危険を更に高め、敵軍の動きを硬直化させることを目的に置いている。また、帰投中の大和や角田機動部隊に対する追撃を防ぐことも含まれた。


「霧を活用して一気に接近する。敵よりも味方の事故に警戒せよ」


続く

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