第12話 遅かったキンメル艦隊撃滅

【12月11日】


 前日の12月10日にアメリカ海軍太平洋艦隊の基幹となる、戦艦6隻が一挙に撃沈された。この日はイギリス海軍東洋艦隊の戦艦2隻も、なんと航空攻撃により沈んでいる。同日に戦艦8隻が航空戦力により、撃沈されたことは、世界に衝撃を与えた。しかも、その役者が日本軍と言うことは、認識を改めざるを得ない。


 山口多聞中将の大和は、完勝に沸かなかった。確かに、キンメル艦隊を撃滅している。同時に零戦は10機、零爆が8機、白山は3機が撃墜された。航空隊の人員が多く予備もいるが、兵士たちは家族同然である。沈痛を抱いてもやむを得なかった。山口中将は「勝って兜の緒を締めよ」を込めた檄を飛ばす。もちろん、普段の猛訓練を踏まえ、大戦果を挙げた航空隊を労った。


 しかし、山口中将と源田航空参謀は遅れてきた報告に顔を顰める。


「角田少将は無事なのか」


「報告によれば、損害は龍驤と護衛駆逐艦2隻が撃沈されたのみ。旗艦隼鷹に爆弾一発が命中すれど、応急修理を完了して攻撃隊を離着艦は可能なり。司令以下の全員は無事であると」


「お互いに足が遅すぎた。1日早く接触していれば、反転して急行できたのに」


「悔やんでも、仕方ない」


 角田機動部隊が米機動部隊の攻撃を受けたらしい。損害として、空母『龍驤』と護衛駆逐艦2隻が撃沈された。旗艦の空母『隼鷹』が被弾したが、損害軽微であり、角田少将以下に負傷者はいない。


 米太平洋艦隊の空母が一矢報いた形だ。


 もっとも、司令官ハルゼーは臍を噛み続ける。


=ハルゼー機動部隊=


「くそったれめ。軽空母1隻を沈めたが『エンタープライズ』と『レキシントン』はボロボロだぞ。日本海軍の攻撃機は海面スレスレを飛行し、魚雷を放り投げてきやがった」


「キンメル提督から我々まで皆が敵を侮った。それだけのことです」


「侮ったおかげでノロノロ運転か。ただでさえ、潜水艦が潜んでいる海だぞ。中破の空母2隻は洒落にならんな」


 ハルゼーはハワイ防衛のため留守番した。しかし、哨戒飛行中のカタリナ飛行艇が、北方を通過中の日本海軍の機動部隊を発見する。これが角田機動部隊であり、大和との合流を急いでいた。


 ハルゼーはキンメル艦隊が交戦中のため、碌に連絡を取れなくて悩みに悩む。ハワイに大将級はもちろん、中将級もハルゼーしかいなかった。盟友のスプルーアンスは少将であり、臨時的に戦艦部隊を率いて動けない。新手の敵機動部隊は空母3に巡洋艦1、駆逐7の大艦隊と小艦隊の間だった。ハルゼーはハワイに留守番している戦艦を叩く奇襲攻撃の可能性が高いと見る。


 その頃にはレキシントンが輸送任務を切り上げた。エンタープライズも帰投しており、直ぐに艦載機を取り戻している。一応でも正規空母2隻が揃った。ハワイの基地航空隊と連携すれば十分に防げる。


 これを前提に自身が最高位の将校であることを確認した。本国やキンメルに許可を得る余裕はない。よって、ハルゼーは独断で出撃して、レキシントンと合流した。ここに、エンタープライズとレキシントンを主においた、ハルゼー機動部隊が即席で組まれる。


~即席ハルゼー機動部隊~

 空母2

 ・エンタープライズ

 ・レキシントン

 重巡1

 軽巡2

 駆逐艦7


 敵艦隊発見の報に基地航空隊のB-17やA-20が偵察に出た。カタリナ飛行艇が消息を絶った海域をくまなく捜索する。すると、上空に戦闘機を発見して同時に敵空母を掴んだ。流石に戦闘機がいる状況での爆撃は不可能である。通報だけして退避せざるを得なかった。


 ハルゼーは絶好機と最高速で接近を試みる。エンタープライズもレキシントンも最速30ノットの快速なのだ。戦艦の護衛を付けないのは、彼が「鈍足艦はいても仕方ない」と、快速を維持したい。


「沈めた軽空母は龍驤と思われます。随分と古い軽空母で沈めても、奴らに与えるダメージは微弱です」


「つまりは、俺達の空母2隻が叩かれた方が痛いってことだな」


「敵将は見事と称えましょう。敵を侮らないためにも」


「あぁ、認めるしかなかった。先制攻撃を許したにもかかわらず、すぐに反撃に転じて猛攻撃を仕掛けるなんて」


 基地航空隊所属爆撃機のおかげで、直ちに攻撃隊を編成して先制攻撃を仕掛ける。エンタープライズとレキシントンは、SBDドーントレス爆撃機、TBDデヴァステーター雷撃機を差し向けた。敵空母は直掩機を張り付けているため、護衛機にF4Fワイルドキャットを与える。


 先制攻撃は成功した。しかし、F4Fは敵の新型機に食われる。速度性能とロール性能で劣り、緊急出撃のため混乱も否めなかった。敵も被発見を受け、直掩機を増やしたらしい。低空侵入を図るTBDも撃墜されていった。しかし、SBDの一隊は雲を活用し迎撃から逃れて、雲と雲の切れ目から敵空母を狙う。


 敵の軽空母が突出しているのを視認した。迎撃も対空砲火も薄いため、軽空母に照準を絞る。SBDは航続距離を犠牲に1,000ポンド爆弾を装備した。急降下爆撃で1,000ポンドの火の弾を軽空母に投げる。


 標的になった軽空母は『龍驤』だった。新造空母に比べ防御力は数段劣る。1,000ポンド爆弾を4発被弾し、格納庫内部がズタズタに破壊されてしまった。さらに、迎撃を掻い潜ったTBDが決死の雷撃を敢行する。この雷撃で機関部に魚雷1本が直撃した。機関部に致命的な損傷を負い、一時的に航行不能に陥る。


 この隙を逃さないと言わんばかりに、SBDが1,000ポンド爆弾を投じた。艦内は空っぽと雖も多数の被弾には耐えられない。遂に燃料庫が破壊され大火災が発生した。その黒煙に攻撃隊が巻かれる程のダメージを受ける。


 龍驤をやられて怒り狂った迎撃に残存機はバタバタ撃墜された。全滅は避けるべきと無茶は冒さずに帰投する。攻撃隊の半数が撃墜されて、無事に帰投した機は40%に留まった。それで得た戦果は軽空母1隻撃沈だけなのは寂しい限りである。次の攻撃隊を用意しようと試みた。


「このノロノロ航行だ。どうにかならんのか」


「お気持ちはわかります。しかし、レキシントンは機関が全損し、応急修理で10ノットが限界なのです」


「敵潜水艦の脅威を排しきれない以上は、思い切って、置いていくのも…」


「冗談じゃない。ただでさえ、空母は足りていない。1隻でも失えば太平洋が落ちるんだぞ」


 軽空母しか仕留められなかった反動という、敵の攻撃は苛烈を極めている。直掩機を出して対空陣も築いた。もっとも、各員の練度では差が見受けられる。護衛機は直掩機を攻撃機から引きはがし、フリーな状況で攻撃機は超低空から侵入して、護衛艦の対空砲火を物ともしなかった。必殺の航空雷撃をエンタープライズとレキシントンに撃ち込む。


 特にレキシントンが酷かった。艦の尾部に2本被雷し機関が全損する。中央部にも1本被雷して大穴が開き、海水をたっぷり含んでしまい、約25度の大傾斜を余儀なくされた。懸命の応急修理によって機関は低出力で復旧する。排水作業で傾斜も回復に成功した。しかし、機体の発着艦は到底不可能であり、駆逐艦に守られる程に航行は覚束ない。


 エンタープライズも2本被雷したが、直撃した場所が良かった。少し浸水したが復旧している。敵機が航空雷撃に限定されたことが甲を奏した。急降下爆撃を受けていれば、飛行甲板が破損し、帰投する攻撃隊を収容できない。損害判定は中破だが30ノットを維持し、真珠湾まで逃げ込めた。ただし、レキシントンは10ノットが精一杯である。対潜警戒を厳にして潜水艦回避に努めながら真珠湾を目指した。戦闘した海域はハワイ近海のため、基地航空隊から防空や誘導、哨戒を得られる。


 ハルゼー機動部隊は敵軽空母1隻を撃沈した。代わりに、エンタープライズが中破し、レキシントンも中破(大破と言っても差し支えない)する。敵軽空母を沈めた割に合わなかった。


「こんなんじゃ、顔向けできない。俺は本国に召還されるかもな」


「まさか、敵潜の雷撃でレキシントンが沈まない限り、絶対にあり得ませんでしょう。ひとえに、これは政府の怠慢と…」


 フラグは立てるもんじゃなかろう。


 この直後にレキシントンの左舷に3本の水柱が立った。


続く

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