第10話 大和の一撃!富士弾の威力恐るべし!【前】

【1941年12月10日】


 何のめぐりあわせだろうか、この日は海戦の歴史を一変させた。西ではイギリス東洋艦隊が空襲を受け、東ではアメリカ太平洋艦隊が偵察機に絡まれる。東の艦隊司令官キンメルは異常事態に直面し、数日前同様の再びの困惑に襲われた。


「本当に日本機なのだろうな。レキシントンの機体では、ないんだろうね」


「見張りの兵は日本機と言っています。日の丸を見たとも」


 キンメルは突如として艦隊上空に日本機が出現した報告を受ける。敵空母は南方地帯に向かった。仮に東に来てもウェーク島が精一杯と思われたが、見張りの兵は日の丸の機体を視認する。また、暗号電文を傍受したことから、これは敵機に違いなかった。レキシントンの機体ならば適当な電文が入るだろう。


「あの輸送船とは別に巡洋艦がいたのでしょう。護衛艦の偵察機が偶然発見し、輸送船に航路の変更を促す。そして、護衛の巡洋艦は時間稼ぎのため突撃してくる」


「連中に戦艦がいた際は面倒だが、この艦隊で粉砕するしかあるまい。ハワイに残した2隻を呼ぶのは危険すぎるか」


 この時のキンメルらは問題の輸送船ではなく、その護衛艦の巡洋艦から発した偵察機と勘違いした。まさか、巨大船が空母とは考えられない。そして、見張りの兵が水上偵察機なのか、爆撃機なのか、具体的に識別できなかった。仮に爆撃機と知れた際は対空防御を固め、この後に訪れる破滅を少しは和らげられる。


 残念ながら、彼らは巡洋艦に搭載される水上偵察機と判断した。傍受した暗号電は自艦隊の位置を通報している。よって、例の輸送船を護衛する艦隊が突撃してくると読んだ。突撃を迎え撃つ艦隊決戦の陣形を採用しているのは礼儀正しさを覚える。しかし、実際に突撃してくるのは航空機であり、キンメル艦隊は完全に意表を突かれた。


 ハワイに居残りする戦艦『メリーランド』と『ウェストバージニア』を呼ぶのは危険と見える。2隻はハワイに帰投したばかりのハルゼー艦隊と防衛に注力し、かつミッドウェー島から帰投中の空母『レキシントン』を迎えた。日本海軍がアメリカ本土とハワイの両方面に戦力を割けるとは考えない。それでも、万が一の万が一、敵艦隊が迫った場合に撃退できる戦力を残しておいた。


 かくして、いまかいまかと敵艦が現れないか待ちわびている。


 本日の天候は晴れだが所々に雲が混じった。


 雲と雲の切れ間から翼を翻す日の丸が目に入る。


「て、て、敵機ぃ!」


「なんだとぉ! 奴らに空母がいると言うのか!」


「対空防御! 機銃構えろ! 早くしろ!」


 キンメルの驚きと同時に参謀が対空防御を叫んだ。戦艦には副砲扱いの76mm高射砲と28mm対空砲、20mm機銃が装備される。この時は対空火器の充実化が図られても、76.2mmの高射砲の新設が精々だった。12.7cm砲も有するが両用砲ではなく、対艦専用の副砲である。


「日本機は複葉機でないのか!」


「知りません! それより、敵機の数は!?」


「確認できるだけで…ざっと50はいます!」


「馬鹿な…ありえんぞ!」


 米兵の動揺は分かり易かった。日本は複葉機しか飛ばせないと高を括る。しかし、重巡洋艦と軽巡洋艦に急降下するは単葉機な上に高速だ。76.2mm砲が迎撃を試みるも人力頼りで追いつかない。実際に急降下爆撃の標的になった護衛の巡洋艦は12.7cm対空砲を有し、28mm機銃や12.7mm機銃と対空火器は戦艦以上にあった。優秀な対空砲と対空機銃を装備しても動揺が足を引っ張る。


「しまった、奴らは護衛艦を削り、戦艦を丸裸にするつもりだ!」


 キンメルの読みは半分正解だ。確かに、護衛艦を優先的に削るのはその通りである。ただし、水上艦同士の決戦に備える意図は一切込められなかった。あくまでも、後続の攻撃隊を通し易くするに過ぎない。


 高速の巡洋艦は懸命に回避機動を採るが、大規模な空襲は経験したことがなかった。いかにアメリカ海軍が優秀であろうと、初めてのことは関係なかろうに。不運にも、一番最初に急降下爆撃の餌食になったのは、重巡『サンフランシスコ』のようだ。


「サンフランシスコに直撃!」


「なんて練度だ…あんな急降下爆撃は見たことが無い」


 限界一杯から機首を持ち上げる敵機の機動は見事に尽きる。しかし、すぐに現実へ思考を戻そうと試みた。あまりのことに茫然自失を余儀なくされるが、受けた被害は分かり易く酷かった。装甲の厚い主砲を避け、専ら対空砲を狙撃している。500kg徹甲爆弾は副砲を食い破っては対空砲を巻き込んだ。


「ニューオリーンズも被弾!」


「ホノルルもやられました!」


「セントルイス被弾!」


 戦艦を守る巡洋艦隊が端から端まで食われている。しかし、セントルイス級は比較的に対空火器が充実した。セントルイスは運悪く爆戦の250kg爆弾を貰っても、同級のヘレナは12.7cm連装両用砲、20mm機銃で敵機を寄せ付けない。その敵機は重巡と他の軽巡を狙えばよいと見た。波状攻撃に恥じない、何度も何度も繰り返される。


「さ、さらに敵機ぃ!」


「あの島が空母だと言うのか!」


 キンメルの絶叫が正解なのは皮肉以外に何なのだ。


~第三次攻撃隊~


「第一次攻撃隊と第二次攻撃隊は、巡洋艦を徹底的に叩いたぞ。元気な軽巡がいるが、他はボロボロのよう」


 大和を発した第一次・第二次攻撃隊は、事前の打ち合わせに従い、巡洋艦を叩きに叩いた。対空陣を敷いていない艦隊の防空は脆弱で良い的である。大柄の重巡へ次々と500kgと250kg爆弾を投下した。重巡も快速のため半数は回避されるが、残りは直撃して対空砲を削り取る。


 第一次攻撃隊は零戦30と零爆22の52機から構成された。艦戦が多めなのは『サラトガ』が追従している可能性を見ている。しかし、サラトガの姿どころか直掩機は無かった。零戦30の内の10機は250kg爆弾を装備し、巡洋艦を勘に頼っては爆撃している。零爆も巡洋艦へ500kg徹甲爆弾を放り投げるが、数発では弾薬庫に引火しない限り、敵艦撃沈に至らなかった。


 第二次攻撃隊は零戦15の零爆20機の35機で構成される。こちらは、第一次の零戦が直掩機を蹴散らしたと想定した。全てが爆戦のため被弾で弱った巡洋艦を爆撃するが、自機の位置から戦艦を狙い易い場合は独断で爆弾を投棄する。250kgでは有効打を与えられなくても、直撃時の振動で敵兵を負傷させるなど、微々たる損害で構わなかった。


 二度の爆撃は大和の特性より苛烈な波状攻撃を為す。あまりにも、短い間で攻撃隊が到達した。よって、後に纏めて第一次攻撃と呼ぶこともある。そうして、外堀を埋められた米戦艦に群がるは第三次攻撃隊だ。


「よ~し、一隻当たり3発を堅守して攻撃する。白山は多少の被弾に耐えるんだ。我々を迎える弾は無視して突っ込めい!」


 第三次攻撃隊は切り札の白山が21機投入される。いくらなんでも、50機全てを吐き出すのは無駄なのだ。敵戦艦が6隻確認され1隻あたり3発を予定する。最少を18機に定めるが、道中に不調等で帰投する機が出ることを考えた。ここにもう1隻分の3機余裕を与え21機に修正されている。


 白山隊の一番機は隊長が乗り込んで敵艦隊を俯瞰した。第一次と第二次により巡洋艦は沈みこそしない。しかし、大火災を生じさせたり、主砲以外が消し飛んだり、等々の大打撃を被った。1隻だけ元気な軽巡らしき姿はあれど、1隻だけは何もできなかろう。


 爆撃目標を現地の敵艦上空で割り当てる余裕はなかった。出撃前に白山隊は3機1小隊を組ませており、小隊の判断で自由に爆撃してよい旨を通達する。念のため、航空無線で鼓舞と一緒に呼びかけた。白山は火星の出力と発電に余裕があり、重い航空無線を搭載できる。


「さぁて、一隻残らず平らげるか!」


 必殺の富士弾が反射で光った。


続く

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