第9話 針路変更!目標はキンメル艦隊!

「ようやく…キンメルのお出ましだ」


 山口多聞中将の率いる50万トン空母『大和』と30隻の松型駆逐艦は、名ばかりの隠密行動を心がけつつ、米本土サンフランシスコを目指した。しかし、謎の暗号通信をキャッチすると空気が変わる。自分達が米海軍に発見されたことを理解した。普通は慌てて迎撃の準備か退避するところ、山口中将は針路をハワイに向けるよう命じている。


 大和以下は一転して南下を開始した。


「源田参謀の見立ては」


「キンメル艦隊はハワイから出撃します。我々が20ノットで南下しても、今日中の接敵はありません。敵艦も30ノットに至らない低速戦艦が占めるのです。高速の巡洋艦を突出させない限り、明日か明後日になると思われます」


「とはいえ、念のため、哨戒機として艦爆を出しましょう。護衛艦を突出させる愚は犯さないはず。それでも、何事も用心するに越したことはありません」


「そうだな。艦爆は適度に出しておこう」


 大和以下を迎撃するにはハワイ太平洋艦隊か本土艦艇に絞られる。しかし、後者は本土近郊で習熟訓練や整備中で動けない可能性が高かった。前者は弾薬、重油、食糧を積み込み出撃できる。必然的に太平洋艦隊が出張ることになり、ハズバンド・キンメルが直に率いた。


 開戦前からの諜報により、太平洋艦隊の戦艦は比較的に古いと知る。敵艦隊はどんなに早くても20ノットが精々だ。もちろん、巡洋艦は30ノットの快速を鳴らすが、戦艦部隊にくっ付いている。突出は考えにくくても、念のため、偵察装備の零式艦爆を哨戒に飛ばした。


 大和以下も20ノットが精々のため、接敵は明日以降と予測される。この間に味方はマレー半島、ウェーク島やミッドウェー島砲撃(陽動作戦)、フィリピン攻撃が進められた。逆にイギリス海軍はシンガポールを出撃する。アメリカ海軍も潜水艦を差し向けた。アメリカに衝撃を与えて硬直化させるため、太平洋艦隊の撃滅は必須である。


「角田さんは上手くやっているかな。ウェーク島の支援に回されるか」


「その心配は不要です。ウェーク島に金剛と榛名が増援に向かいました。戦艦が活躍できる場は限られますが」


「呂号潜水艦が多数配置されています。索敵の線に引っ掛かれば、敵空母は速やかに角田機動部隊に通報されるでしょう。ウェーク島に反転するのは、角田少々の気概からしてないと存じ上げます」


 ウェーク島の攻略状況次第で角田機動部隊が引っ張られた。同島は米軍が要塞化して飛行場も整備されている。したがって、当初の攻略計画を変更して増援の到着を待った。具体的には、基地航空隊の九六式陸攻の爆撃を追加し、金剛型戦艦『金剛』『榛名』が艦砲射撃を行う。事前に潜水艦が湾内に侵入した際に沿岸砲台の攻撃を受けた。この沿岸砲台が厄介であり、上陸舟艇が滅多打ちにされかねない。よって、戦艦の巨砲でアウトレンジから叩いた。


 また、ハワイから出払っている三空母の所在は、依然として掴めていない。捜索のため呂号潜水艦がハワイ近辺、ミッドウェー島近辺に展開した。呂号潜水艦が索敵線を引いて、敵空母が引っ掛からないか神経を尖らせる。3隻の空母がどこにいるのか分からないのは不気味だ。


 しかし、現実は意外である。3隻の内の『サラトガ』は西海岸で整備を受けた。彼女だけは索敵線に引っ掛かるわけが無い。対日戦が始まっても未だ動けないため、整備の作業速度を上げる程度だ。残りの2隻については各々で別行動しており、実は警戒するような脅威にならない。


 もっとも、山口中将以下の心配が消えるのは、翌日の急報を受けてからになった。


~翌日~


「司令!緊急電が!」


「そのまま、読み上げてくれ」


 昼前に友軍潜水艦からの緊急電が届いたが、切羽詰まった様子から読み上げさせる。その内容は山口多聞中将以下を喜ばせるに違いなかった。航空参謀の源田実も薄ら笑みを浮かべて勝利を確信する。


「我々が予想した以上に敵さんは、舐めてかかっているようです」


「まさか。一隻はミッドウェー島に航空機を輸送し、もう一隻はハワイに帰投中とは」


 潜水艦の引いた索敵線に敵空母2隻が引っ掛かった。個別の識別までは至らない。1隻はミッドウェー島へ航空機の輸送に従事し、もう1隻は艦隊を形成しハワイに向かう。3隻の内で2隻が別行動という分散は大チャンスだった。これで、敵艦隊は最低でも空母1隻しかない。残りの1隻は鈍足艦ばかりの戦艦隊に従わないはずだ。


 前者は、ミッドウェー島航空隊へ陸軍機を輸送する、空母『レキシントン』である。空母が島の基地航空隊へ戦闘機等を運搬するのは一般的だ。しかし、対日戦が始まると言うにもかかわらず、悠長に島へ運ぶ余裕があるとは驚きだろう。


 後者は、ウェーク島へ増援を運搬する、空母『エンタープライズ』だった。ハルゼーが指揮する艦隊であり、陸軍の注文を受けてハワイへの帰路についている。帰投中に荒天に襲われ駆逐艦が損傷したことにより、ハワイへの帰投予定を1日後ろ倒しにした。さらに、留守番まで命じられてしまう。ハルゼー本人は不満だが、命令には従った。


 残りの『サラトガ』が整備中の情報は入っていないが、敵艦隊には空母がいないと踏んでいる。大和は航空隊に対して「敵艦隊に波状攻撃を仕掛ける」と通達した。航空機の敵は敵航空機であり、敵艦の対空火器は恐れるに足らずだろう。


 米海軍の対空火器は優秀だ。もっとも、航空機の優位性が確立されていない現在では、まだまだ未熟と言って差し支えなかろう。これから、両軍共にグングン発達していくが、日本海軍は敵艦の対空火器を減殺する手段を模索した。アメリカの物量を僅かでも削らなければ勝てない。


「司令。これは、またとない絶好機です」


「分かっている。哨戒の零式艦爆を呼び戻す。同時に偵察仕様の零式艦爆を偵察に出せ」


「大和の位置から考えるに敵艦隊は…」


 機転を利かせた参謀と若い士官が別の海図に切り替えた。そして、大和および松型の位置を駒で示し、かつハワイから出撃しただろう敵艦隊の位置を予想する。お互いに低速であり、まず、すれ違うことはあり得なかった。仮にすれ違った場合は昨日から飛ばす哨戒機が発見する。


 燃料がギリギリな哨戒機を呼び戻すのと並行して別の偵察機を用意した。敵艦隊とのすれ違いを排した偵察は南方に張り巡らされる。本来は重巡か軽巡の水上偵察機が発進するが、大和は多量の艦爆を偵察機に転用することで、貴重な巡洋艦は別の艦隊に優先させた。


 艦上爆撃機は十分に偵察を努められる。しかし、役割は専門に絞った方が効率的だ。したがって、開戦には間に合わなかったが、大和と基地航空隊向けに長距離・長時間の飛行が可能な双発機を開発している。


「第一次攻撃隊は艦爆と爆戦で構成する。敵機はいないだろうが、爆弾と機銃掃射でけん制した」


「白山隊は第三次攻撃隊に回す方向で組みます」


「それで頼む」


 大和にしかできない波状攻撃の計画が組まれた。第一次攻撃隊は艦爆と艦戦で構成し専ら護衛艦を攻撃する。敵艦隊に空母がいないため護衛と爆撃を兼ねた爆装零戦を付けた。艦爆は500kg爆弾を巡洋艦と駆逐艦に投下し、爆戦は250kg爆撃を同じ目標に投下する。零式艦上戦闘機は頑丈を活かし爆装も可能だった。爆弾を投下した後は迎撃機を警戒しつつ、暇があれば、敵艦に機銃掃射を行い対空機銃を減殺する。


 なにより、切り札の白山隊は第二次攻撃隊ではなく、一個後の第三次攻撃隊に充当された。これは第二次攻撃隊が第一次攻撃隊の直後に向かい、敵戦艦の対空火器を減殺してから白山隊を通したい。敵艦が戦艦だろうと、空母だろうと、白山隊は切り札のため、最速でも第二次から充てられた。


「大和の一撃は重いことを刻み教えてやろう」


続く

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