第一章 激震走るハワイ

第7話 スズランサイタ 一二〇八

1941年12月2日


「全員分かっていると思うが、改めて本土より、サンフランシスコ爆撃または米太平洋艦隊撃滅が命じられた。攻撃は12月8日以降を予定し、それ以前に敵艦隊を捕捉しても追跡に留める」


 艦内で白山攻撃隊の隊長が山口多聞中将より、受け取った連絡事項を部下に伝達する。出撃前に山本大将と山口中将から知らされているが、本土から暗号電の「スズランサイタ 一二〇八」を受信し、改めて米海軍太平洋艦隊の撃滅かサンフランシスコ爆撃が命じられた。これは陸軍とウェーク島攻略の海軍とは別個の専用暗号で送られている。


 本国の政府は最後の最後まで対米交渉を続けた。米国側のハル・ノートに対して、日本政府は重光葵外相のシゲミツ・ノートを提示する。どちらも両国にとって受け入れられないため交渉は決裂した。予定通りに南方作戦と太平洋艦隊撃滅作戦が始動する。


 ハル・ノートは日本の中国総撤退により、満州に関する事項は綴られなかった。ただし、フランス領インドシナや台湾、朝鮮から撤退することを求めている。さらには日本国内に米軍の基地を設けることを強いた。関係各位様から「冗談ではない」と温厚な親米派も落胆の声が聞こえる程に酷悪だろう。


 シゲミツ・ノートはアメリカにフィリピン、グアムから撤退することを要求した。また、ハワイを無理やり占領したことを糾弾し、ハワイ王国の復古を強く主張している。要は「日本が手を引くなら、アメリカも手を引け」と言う内容だ。


「何か質問や確認したいことはあるか」


「自分が」


「秋林か。なんだ」


「敵艦への攻撃は専ら富士弾を使用する。これでよろしいでしょうか」


「そうだ。敵艦は旧式戦艦が多く、富士弾で撃沈が見込める。新鋭戦艦の姿は無いようだ。よって、艦爆隊と協同して殲滅する」


 事前の諜報活動と偵察活動により、太平洋艦隊は比較的に旧式の戦艦が占めることを確認している。ネヴァダ級やペンシルバニア級など主砲口径が35.6cmばかりだ。新鋭戦艦の41cm砲に比べれば見劣りが否めない。戦艦は概して自身の主砲に耐える装甲を纏い、約1.5tの富士弾(徹甲爆弾)の緩降下爆撃に耐え得るとは考えられなかった。あわよくばのあわよくば、主砲装甲を切り裂き、弾薬庫まで達し、一撃轟沈を狙いたくなる。


 それ以前の話として、白山隊は第一次攻撃隊に参加しなかった。まずは、零式艦爆隊が敵艦隊を襲撃する。艦爆隊の500kg徹甲爆弾で巡洋艦など、防空にあたる護衛艦を叩いた。余裕のある機は白山隊のために対空火器を狙って爆撃し、ある程度傷ついた目標に向けて一撃必殺の富士弾を放り込む。


「そして、敵空母の攻撃は角田司令の空母と共に行う。角田司令の空母は艦攻しか積んでいない。我々の富士弾や50番が必要になるはずだ。彼らは危険を冒して雷撃を敢行するだろう」


「あの、例の反跳爆撃はやらないのですか」


「あれは使い物にならない。雷撃に専念した方が戦果を挙げられる。こう判断した」


 雷撃を担当する艦攻の幅を広げるため、反跳爆撃という攻撃方法を取り入れた。白山隊は艦爆のためスルーしているが、角田機動部隊など艦攻を運用する航空隊が魚雷に代わる手段と採用する。反跳爆撃はスキップボミングとも呼ばれ、文字通りに爆弾を石の水切りの要領で飛ばした。爆弾を水面に跳ねさせることで、急降下爆撃よりも痛撃を与えやすい。艦攻に限定することなく、戦闘機でも爆撃可能であるのが強みだ。


 しかし、日本海軍が試した末に下した結論は「全く使い物にならない」である。反跳爆撃は雷撃同様に敵艦から対空砲火を受け易かった。攻撃を通すためには対空砲火を漸減しなければならない。また、仮に通すとしても、飛び跳ねた爆弾で自爆したり、爆弾が海底へ沈んだり、衝撃で信管が作動しなかったり、変なところへ跳ねて行ったり等の問題が噴出した。


 ただ、「使い物にならない」という判断は、些か事を急ぎ過ぎている。後の調査で日本海軍の爆弾は。反跳爆撃に対応していないことが判明した。具体的には、重心位置がかみ合っておらず、そもそも爆弾自体が反跳爆撃に適応していない。イギリス軍は反跳爆撃を実行するに際して、反跳爆撃専用の爆弾を開発することもあった。


 もっとも、重艦爆の白山隊には関係のない話である。


「さて、我々の富士弾だが、特に西木は25番や50番、80番も使わせないぞ。お前は徹底的に富士弾を放り込め」


「はい!」


 白山隊は隊長を除き若い兵が占めた。若い兵士たちは月月火水木金金に汗を流している。隊内でも20歳と若輩の西木は隊内でトップクラスの命中率を誇った。天性の才と称えられる爆撃術で富士弾を優先的に供給される。後部座席の機銃手と共に大和のエースパイロットだが、本人は浮かれることなく、どうにか急降下爆撃できないか模索した。ちなみに、急降下で富士弾を投下しようとすると、あっという間にバランスを崩しかねない。急降下爆撃に拘る理由としては、運動エネルギーをより一層に込められ、貫徹力が底上げできるのが挙げられた。


 そんな富士弾は前も述べた通りで1.5tの徹甲爆弾だが前身を有する。


 日本海軍は一般的に対艦攻撃に250kg、500kg、800kgの徹甲爆弾を使った。数字が大きくなればなるほど、高威力なのは当然を極める。ただし、800kg爆弾は八八艦隊と50万トン戦艦の40cm砲用の九一式徹甲弾を流用した。従来品が米戦艦の装甲を食い破るには貫徹力が不足していることを受け、最初から敵艦の装甲を貫徹することを狙った徹甲弾を基に開発する。


 富士弾も同様で砲弾を流用した。


 1.5tの重量から勘の鋭い方は46cm九一徹甲弾と読み切る。


 なんと、大正解だった。


50万トン戦艦が失敗した際の代替案に超々弩級戦艦が存在し、主砲は世界最大級の46cm砲を予定する。砲弾は新造される46cm九一式徹甲弾または一式徹甲弾とされた。最終的には50万トン空母が実現して消えたが、米新鋭戦艦が40cm砲を有して装甲も分厚い。800kg爆弾の徹甲爆弾へ流用するという成功例を以て、46cm徹甲弾のみを製造し、さらに徹甲爆弾への改造を行い『富士弾』を用意した。


「口酸っぱく言っているが、富士弾を装備した際の発艦は極めて難しい。600mある飛行甲板だからと甘く考えるな。50m以上の余裕をもって発艦させる。白山は一機ずつの発艦だ。一度でも事故を起こすと、艦戦も艦爆も発艦できなくなる」


 1.5tもの重量物を吊り下げていると、発艦の難易度は艦爆の比ではない。大和の飛行甲板は609mあり、火星をフルスロットルで回して発艦できた。しかし、ギリギリでは事故を起こす危険が生じる。可能な限りの余裕を得て発艦するのが最善と評した。仮に一度でも事故を起こせば後続機がつっかえて、単発の艦戦と艦爆が出撃できない。


 大和は飛行甲板の長さと同規模に幅も90mを超えてきた。単発機が並列に同時発艦可能なため、一回に2機が飛び立つことで、攻撃隊は迅速に解き放たれる。大量の艦載機を発するには丁度良かった。いいや、最も素晴らしいのは回収と出撃を同時に行える利点だろう。右側で攻撃隊が発艦して、左側で帰還機が着艦する芸当を可能にした。もちろん、相互干渉のおそれから慎重に慎重を重ねている。


「サンフランシスコを爆撃する時は25番を4個になるがな。とにかく、一寸たりとも気を緩めるな。なんせ、大和はこの一隻しか建造できない。皇国の勝敗は我々にかかっている」


 艦内では航空隊の打ち合わせが続いた。


 米太平洋艦隊を叩く際に、鬼が出るか蛇が出るか、いかにも楽しみである。


続く

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