第6話 山口多聞中将と角田覚治少将

1941年11月16日


「そうか角田さんの機動部隊も出撃したんだな。それでは、大和も参るとしよう」


 大日本帝国は御前会議で対米開戦を決定した。12月8日にマレーシア半島強襲上陸

が行われ、その後に米本土サンフランシスコ爆撃または米艦隊殲滅を行う。どちらにしても、宣戦布告と同時に陸軍の強襲上陸が先であり、だまし討ちと主張する余裕は与えなかった。


 海軍は途中まで隠密行動を心がけるため、かなり早い三週間前から出港している。長期間の活動となるため、川崎型高速油槽船と特設給油艦、播磨型随伴補給船が随伴した。航行が困難な北方海域を通過する大和艦隊は単冠湾に集結し、旗艦の大和と松型護衛駆逐艦30隻が出撃を待つ。


 ほぼ同時に大和と協同し米空母殲滅にあたる、角田機動部隊が佐世保湾から出撃した。米空母の所在が判明すれば大和と連携し殲滅に入る。掴めなかった場合はウェーク島攻略支援に移行した。事前の諜報で米軍はウェーク島を放棄するらしく、士気は低くて防備も脆弱と判明している。支援に入らなくても攻略できるだろうが、せっかく出撃したのだから訓練程度に参加した。


「そう言えば、源田参謀はミッドウェーとハワイ攻略に反対だったな」


「はい。ハワイは言わずもがな、ミッドウェーも遥か遠方です。一時的な攻撃でこれだけの戦力と補助艦を要します。ましてや、本格的な攻略には倍以上が求められ、とてもとても足りません」


「占領の維持も同程度の船が必要だ」


「まさしく、その通りです。したがって、ニューギニアを要塞化し、防御線を敷くのが手っ取り早いと考えます。南方地帯の油やゴム、金属を輸送できれば長期戦にも耐えられます。米軍はハワイを拠点にできますが、我々の制空権と制海権のある地域に突っ込む羽目になりました。あの米国と雖も長期に渡り、日独の二方面に戦力を割くのは大変な苦労です」


 実は米太平洋艦隊殲滅の後に行われる南方作戦は紛糾の末に纏まった。開戦の数年前から練られる戦略では、太平洋艦隊殲滅の入り口は同じであるが、この後に分岐としている。具体的には、「ミッドウェー島とハワイを攻略する」、または、「ニューギニアを制圧する」に真っ二つに割れた。


「それとガダルカナル島が前線基地となります。ラバウルやポートモレスビーだけでは不十分と見て、ガダルカナル島も要塞化して米軍を迎え撃つ出城を築きます。ここに健在の空母を貼り付ければ、まさに難攻不落になるため、米軍も手を出せません」


「そのためには、大和が敵戦艦も敵空母も沈めなければならんがね」


 ミッドウェー島とハワイの攻略はアメリカの戦意を喪失させ、早期に講和に持って行く策である。しかし、地図を見ればわかる通り、日本からは遥かに遠かった。一時的な攻撃ではなく、本腰を入れた攻略では、途方も無い戦力と補助が必要になるだろう。これを揃える余裕は皆無で攻略に成功しても、制空権と制海権まで維持するのは不可能だ。


 したがって、ニューギニア島に代表される南方地帯を要塞化する。ここに何重もの防御線を敷いて反抗を弾き返した。石油やゴム、金属の海上輸送を固めて長期戦に持ち込む。短期間に戦意を喪失させるのは無茶苦茶であり、長期戦に引きずり込むことで、米国内に厭戦気分を蔓延させた。長期になればなる程にアメリカは、対ドイツ・イタリアのヨーロッパ戦線、対日本の太平洋戦線の両方に膨大な出血を強いられる。


 あのアメリカでも二兎を追う者は一兎をも得られないのだ。どちらか片方を諦めるだろう。ヨーロッパ戦線はイギリス、フランスなどがいるため見捨てられなかった。つまり、アメリカに太平洋戦線を諦めさせるのを目指したい。


 ニューギニアの中でもラバウル、ポートモレスビーが要衝に定まり、かつ前線拠点にガダルカナル島を設定した。この3つを要塞化して米軍の反攻に備える。そのためには緒戦で太平洋艦隊を殲滅することは必須だった。


 そうであるが故に大和以下は大いなる緊張と自信を抱く。過度な自信は禁物だが、月月火水木金金と言われるように、どこの誰よりも厳しい訓練を重ねた自分達は強いのだ。


「もしかしたら、競争になるかもしれないよ。あの人は空母を前進させたがる」


【佐世保湾】


「艦爆を捨てた艦攻頼りの攻撃とは、とんでもないことでした。しかし、故に面白くなる」


「贅沢を言えば零式艦爆が欲しかった。あいにく、大和に吸われて十分な数を得られない。九九式は優秀かもしれないが、25番だけでは敵艦は沈められない。ならば、一式艦攻を以て戦うべきだ」


 角田機動部隊は佐世保湾を出港し、鹿児島で待機する護衛艦と合流する手筈を組む。彼らは太平洋横断航路沿いを通り、米空母の所在を探して発見した場合は大和と協同して殲滅した。しかし、角田少将は大和の到着が遅れることを見越し、三空母の搭載機の大幅な入れ替えを断行する。


 手駒は隼鷹と飛鷹、龍驤の3空母であるが、龍驤は零戦を満載させた防空専門に仕上げた。したがって、攻撃隊は隼鷹と飛鷹で構成される。どちらも最大の60機まで積み込んだが、内実は艦戦30と艦攻30の艦爆がゼロという異端を極めた。


 これは角田少将なりの考えによる。艦爆と艦攻の併用が普通だが、零式艦爆は大和に吸われ、南方作戦の空母4隻、基地航空隊が優先された。したがって、非力な九九式艦爆しか残らない。彼は九九式を優秀と認めつつ、250kg爆弾では威力不足と見た。よって、航空雷撃と800kg爆弾の爆撃が可能な艦攻を選択している。龍驤から抽出した艦攻隊員を隼鷹と飛鷹に迎え、かつ新型の一式艦攻を無理矢理引っ張った。


 一式艦攻は中島社の九七式艦攻の後継である。新造空母に合わせて開発が進んでおり、前身の九七式艦攻は十分に優秀だが、1937年と若干古くて更新が求められた。零式シリーズが登場し始めると海軍と中島社は焦り、何とか間に合わせるため、エンジンは火星に絞る。これによって、艦載機の大半が火星となって前線の負担を軽減した。九七式は全体的に高水準で一式に継承されるが、防弾だけは機動性を犠牲にしてまで大幅な強化が施される。


 特に雷撃時は超低空飛行で回避機動を採れなかった。最も対空砲火に被弾し易い。撃墜されても魚雷を投下する頑丈さを求めた。栄の1000馬力から火星の1500馬力の1.5倍に強化され、機動性を犠牲にする覚悟により、防弾仕様燃料タンクや装甲板など防弾が強化される。なお、航続距離は零式シリーズに合わせて2500km前後を確保した。


「龍驤の零戦を直掩機に限り、本艦と飛鷹は攻撃に徹する。米空母の迎撃機が出ようと、2隻分の護衛機との戦闘に忙殺された。雷撃隊は対空砲火を掻い潜り、必中の魚雷を投下する」


「水平爆撃は却下と、予てから仰られましたか」


 ウェーク島攻略支援には800kg陸用爆弾、対艦攻撃には九一式航空魚雷改二型を使用する。しかし、ウェーク島が順調に進むことを踏まえて航空魚雷一辺倒だった。雷撃は極めて強力だが、対空砲火に絡め取られ易く、事前に敵機の迎撃を受けると回避が難しい。ただし、龍驤を零戦33機のみの直掩に特化させることで、攻撃隊は護衛機を多めに得られた。護衛機が敵迎撃機を抑え込み、雷撃隊が雷撃に集中できる環境を整える。


 水平爆撃を却下したのは、高速で移動する敵艦に対し、命中率が著しく悪かった。高高度から無誘導爆弾を投下した際の命中率は絶望的である。したがって、熟練の雷撃隊による命中率に期待した。角田機動部隊に大和の艦爆、重艦爆も参加してくれて見敵必殺が磨き上げられる。


 もっとも、角田覚治少将は闘将の名に恥じない戦意を燃やした。


「大和が遅れた際は単独で敵空母に挑む。ハワイには潜水艦もおり、我々が撃破に失敗しても、後始末はやってくれる。大和の獲物を奪うのは気が引けると思わず、敵を見つけ次第に徹底的に叩くぞ」


続く

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