第5話 対米開戦はもう間もなく

1941年10月


「東条下しが成功して東久邇宮稔彦内閣が組閣されました。しかし、対米開戦は回避できないところまで来ています。よって、本日は基本の基本を再確認し、微細な修正を加える場とします」


 近衛文麿内閣は対米交渉が決裂した責任を取って総辞職した。その後は東久邇宮稔彦親王の皇族内閣が形成される。史実では東条英機内閣のところを東条下しが行われた。陸軍も一枚岩ではなく、東条を推す者は多かったが、海軍も加わった東条下しには及ばない。


 かくして、東久邇宮内閣は対米決戦に向けて準備を進めた。陸軍大臣には人望の厚い今村均大将が就任し、海軍大臣には表舞台に復帰した長谷川清大将が就任する。50万トン戦艦建造や航空戦力拡充、中国総撤退などが重なり、史実から捻じ曲がった。もはや、政変と言って差し支えないだろう。ただし、日独接近や対米決戦を回避できなかった。この後悔が感じられ、せめて勝って軟着陸できるよう、陸海軍の老獪なフィクサーたちは協同する。ちなみに、内閣の構成員である軍需大臣に民間出身の中島知久平がいた。


 政変で協力した現役の将校と予備役たちは一堂に会する。


「まずは、肝となる50万トン空母の大和です。大和は総員の習熟訓練を完了し、砲弾と燃料を満載し、米本土を目指します。あくまでも、米海軍の太平洋艦隊を釣り出す罠です」


「仮に釣り出せなかった場合は、どこを叩くのだね」


「否が応でも引きずり出すため、今のところは、サンフランシスコを予定しました。米本土でも最大規模の海軍基地と工廠を有し、母国の大拠点を失う恐れが生じると、罠と分かっていても出ざるを得ません」


「まぁ、奴さんは侮ってくれるよ」


「敵艦隊を捕捉したら、即座に攻撃隊を差し向けます。復旧不可能な致命傷を与えて沈めるため、曳航すら許さない波状攻撃を以て叩きのめす。問題は敵空母の所在で、空母を擁していると、途端に厳しくなりました」


「潜水艦を潜り込ませましょうか。このための呂号ですよ」


 米本土爆撃の仮目標は、サンフランシスコに定まる。ここは米国最大規模の海軍工廠と基地があり、ハワイ太平洋艦隊にとって、母国の拠点を叩かれると大失態だった。事前に阻止するのは当然であり、攻撃を許したら必ず撃滅しなければならない。したがって、否が応でも、見え見えの罠でも、出撃を強いられた。


 サンフランシスコ接近前に敵艦隊を捕捉した際は転進し、速やかに攻撃隊を組織して敵艦隊へ波状攻撃を仕掛ける。単艦で空母6隻に迫る数のため、一切の隙を与えなかった。敵艦隊はハワイから打って出ると、直掩機を得られず丸裸である。戦艦の対空砲火程度では、精鋭攻撃隊を止められなかった。


 しかし、諜報と対独戦から把握している空母の所在で左右される。少数でも直掩機がいると攻撃は通し辛かった。米海軍の太平洋方面の空母は現時点で『エンタープライズ』『レキシントン』『サラトガ』が確認される。この他は大西洋に出撃しており、ドイツ・イタリア海軍と戦った。


「機会があれば空母を雷撃し使えなくしたい。このための酸素魚雷でもあろう」


「南方作戦には空母4隻が参加するから、対地攻撃と対艦攻撃の板挟みに遭うのは避けたいと」


 その空母捜索のため、グレーだが潜水艦をハワイ方面に派遣している。日本海軍の潜水艦はUボートを倣い、かつ独自の技術を与えて長大な航続距離を有した。各地に展開し情報収集と通商破壊に充てる。よって、量産型駆逐艦同様に生産性に配慮した中型の呂号が大半を占めた。呂号は航続距離以外の性能を抑え、ブロック工法を採用し、工期を大幅に短縮している。造船所によるが概して半年から8か月で建造された。


 呂号潜水艦がハワイ方面に集中し偵察に努める。敵空母の動き次第で大和は行動を変更したが、現場の判断で絶好の機会と認識した場合は雷撃を許された。南方作戦では大和以外の空母が投入され、陸軍を支援するが、空母対空母の戦いに忙殺されては困る。


「話を戻します。米太平洋艦隊を壊滅させた後は速やかに撤収させ、本土で補充を受けてから、今度は南方地帯の制圧に送ります。豪州に掣肘を加えてハワイの南方に出るため、陸海軍は連携してニューギニアを制圧します…」


「問題はポートモレスビーだな」


「おっしゃる通りです。ここを空母機動部隊で空襲して上陸を支援します。ニューギニアを東と西から挟撃するのが陸軍の要請です」


 オーストラリアの影響を排するため、南方作戦はニューギニア制圧が含まれる。同島の航空基地を占領し、南太平洋の制空権を確保した。陸軍は東から攻め入るが早期制圧のため、ポートモレスビーを海軍に叩いてもらい、増援の送り込みを事前に阻止する。そして、ラバウル島とポートモレスビーからニューギニア全体の制空権を奪取した。


 ニューギニアを入手すればオーストラリア本土が丸裸となるが、大陸という島に攻め入ることはしない。オーストラリアを攻めるのは不可能と端から判断し、ニューギニアを拠点に防御に転じた。反攻のためには日本軍の逆でニューギニアを足掛かりに反抗すると読む。


 よって、同地を制圧したら暫くは防御を固めた。


 しかし、予備役の海軍軍人が異を唱える。


「その潜水艦が空母を仕留められる。その可能性は著しく低いだろうに。あのアメリカだから、半端な傷では直ぐに治される。ならば、大和をハワイに向けて真珠湾に引きこもっている敵空母を撃沈するのは」


「お言葉ですが、戦艦を平らげるだけでもかなりの苦労を…」


「何のための大和なのか考えるんだ。圧倒的な航空機の数は、敵空母を撃滅しないのか」


 確かに、潜水艦が空母を沈められる可能性は低い。必ず駆逐艦の護衛がついて、雷撃は危険を極めた。相当の幸運でなければ無理である。しかし、大和ならば長時間の作戦行動に耐え、艦載機と乗員を保持していれば、戦艦を沈めてからハワイへ移動できた。空母が真珠湾に停泊していたら大規模空襲で沈め、約1年間は出撃不可に追い込める。


 とは言えだ。戦艦複数を沈めることは相応の労力を要するものである。沈めた後に急行し、直掩機や対空砲火の厚い敵空母への攻撃は、より一層の労力を求められて疲労による損害や敗北が見えた。確かに100機を超える艦戦と艦爆、切り札の重艦爆を有するが搭乗員の疲労はどうにもならない。


「どうせ開戦の一発です。隼鷹と飛鷹、龍驤を連れて行かせましょう。確か、あれは角田君が指揮している。山口君とは親友と言ってよい間柄で奮起するはずだ」


「それがいい。速力も同じぐらいで歩調を合わせやすい」


「なるほど…練度も足りていますし。ただ、本土を守る空母がいないのは、少し怖さを覚えます」


「特設空母を習熟訓練と称して回せばよかろう。太平洋を渡って本土を叩く作戦は、一昼夜で立てられるもんじゃない。我々が数年前から額を突き合わせ、考えて来たのだ」


 大和の疲労問題を間接的に解決するため、空母『隼鷹』『飛鷹』『龍驤』の派遣が呈された。隼鷹と飛鷹は実質的な新造空母であり、かつ改造空母の性質を帯びるため、若干ながら低速で準主力に据えられる。しかし、真っ当な正規空母並みの搭載機数を抱え、決して侮れなかった。龍驤は空母建造の歴史で試作品の色が濃く、軽空母と言うのが適当でも不足は否めない。ただ、大量建造が不可能な日本海軍では重宝した。現在は艦攻隊を隼鷹と飛鷹に預け、自身の最大積載量まで戦闘機隊を満載している。


 空母3隻は少数の駆逐艦を連れ、秘密裏にハワイへ向かった。大和の行動に合わせて索敵や攻撃を遂行する。指揮官は角田覚治少将で大砲屋の猛将で知られ、「空母を運用できるのか」と疑問の声が聞かれた。しかし、彼自身は負けん気を発揮すると熱心に研究に励む。持ち前の見敵必殺の精神もあって、機動部隊指揮官の適性を感じ取った。


 また、大和を率いる山口多聞とは馬が合い、もはや親友という間柄を築いている。親友が米海軍の太平洋艦隊を全滅させると聞けば、俺にも一枚噛ませろと言わんばかりに突撃した。そのためか、周囲は角田少将が敵艦隊を全滅させるのと引き換え、自身も全滅する相討ちを恐れる。


 ただ、引っ込み思案の提督よりも見敵必殺の提督の方が士気は高まった。


「畏まりました。直ちに作戦計画を練り直します」


 静かな熱論続く中で大和が中心に据えられる。


 まさに、単艦決戦思想だった。


続く

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