第4話 戦時量産型護衛駆逐艦

「魚雷を捨てた駆逐艦とは、最初はとんでもないことだと言われました。しかし、蓋を開けてみれば、多量の防空火器と充実した対潜兵装を有する優秀艦です。更なる簡素化の丸急駆逐艦は、現に50隻以上建造されていることが証拠になります」


 このように語るのは、日本海軍の造船技師である。戦艦や空母など大型艦設計には関わらなかった。小型の駆逐艦の設計においては、陰ながら多大な貢献をする。特に護衛駆逐艦と丸急駆逐艦が上がった。


 50万トン空母と並行し、多量の駆逐艦が求められる。50万トン空母は圧倒的な航空戦力を有した。しかし、大きすぎる図体が故に対潜能力は著しく低い。対空も直掩の戦闘機が撃ち漏らすと、いとも簡単に通されて被弾した。つまり、単艦ではまさに良い的に過ぎない。護衛艦として、対潜と対空を両立した駆逐艦が必要だ。日本海軍は軍縮条約の波を受け、水雷戦隊の特型駆逐艦を計画する。あいにく、50万トン空母建造に物資も金も食われ、どれも少数に終わった。ただし、生産性に優れる護衛駆逐艦が大量に揃えられる。


 注意すべきは、アメリカ海軍の「護衛駆逐艦」は、商船護衛を目的とした。日本海軍の護衛駆逐艦は、50万トン空母護衛が充てられた。アメリカ海軍方式の駆逐艦は丸急駆逐艦と呼ばれ、丸急駆逐艦は護衛駆逐艦を更に簡易化させている。


「護衛駆逐艦は、最速は半年で建造することを目指しました。なにも、一つの造船所で建造することはない。全国各地の小さな造船所でも、よく建造できる設計でした。分散して作れば、同じ半年の間に10隻以上は完成する」


 護衛駆逐艦の排水量は、約1,200tながら船体は流線形から脱した。随所に平面を多用し、ブロック工法を全面採用する。細かい箇所でも工作が簡易な設計に変更した。もっとも、操艦性の改善を加えて、兵士から「特型駆逐艦より動かし易い」と好評を得る。護衛対象の50万トン空母が最速20ノットをふまえ、無理に高速を求める必要は感じなかった。よって、最速は25ノットに抑える。50万トン空母護衛艦の性質を帯び、質より量を追求して、材質も特型駆逐艦に劣った。


「武装は爆雷を除いて、既存で埋め尽くされました。魚雷を捨てたのも、建造速度を上げるためです。丸急駆逐艦になれば、砲も機銃も必要最小限に留まった」


 武装は対潜と対空を意識し、八九式12.7cm連装高角砲が1基、25mm三連装機銃が4基、同単装が8基である。先も述べたが、護衛艦の性質から雷装は皆無で水雷戦は回避した。雷装を省いた箇所には機銃台を設け、各艦での機銃増設を想定している。25mm機銃による近距離防空は不足しがちと思われた。いいや、防空の敵機迎撃は主に戦闘機が担当する。その味方戦闘機が漏らした際の最終迎撃は、近距離の25mm機銃で間に合った。なおも足りない中距離の対空は、50万トン空母の88mm高射砲、37mm対空機銃が補う。


「爆雷は新型です。ドイツ海軍のUボートが想像以上でした。従来の戦い方と武器ではどうにもならない。やはり、潜水艦の国は侮れませんね」


 対潜の爆雷は最新の一式爆雷を38個携行した。ドイツ海軍Uボートを入手して研究を進め、従来のドラム缶型爆雷は沈降速度が遅すぎる。対潜戦闘に使えないことが判明した。対潜戦術は旧態依然として通用せず、沈降速度の改善など改良を進める。そして、開発された一式爆雷は砲弾のような形状となった。これにより、課題の沈降速度は大幅に向上している。爆雷の数を投下すれば敵潜水艦を撃沈でき、仮に逃しても、再攻撃を断念させる威力を秘めた。1941年の採用を目指すが、対潜能力向上は喫緊の課題である。強引に先行量産を開始させた。


「護衛駆逐艦の名称は、嘗ての二等駆逐艦を採りました。ひとまず、松型駆逐艦と名付けられています。本当は1000t未満の丸急駆逐艦に与えたいのですが、艦隊型と混同を防ぐため、二等を復活させたようで」


 名称は木々から名を頂戴し、松型駆逐艦と括られる。木々の名は旧二等駆逐艦(排水量1,000t未満の駆逐艦)に与えられた。しかし、一等駆逐艦の艦隊型と混同し運用に支障をきたす。一等駆逐艦とは運用が根本から異なることを掲げ、二等駆逐艦を復活させて区別した。


 この松型駆逐艦は、50万トン空母用に30隻用意される。もっとも、数を揃えやすく、対潜能力と対空能力が高い点は評価された。30隻以外の新造艦は概して主力級艦隊に引っこ抜かれている。


 護衛駆逐艦の最終的な諸元(抜粋)を以下に示した。


○護衛駆逐艦・松型

排水量:1.200t

速力:25ノット

兵装:八九式12.7cm連装高角砲1基

   九六式25mm三連砲機銃4基12門

   同単装機銃8門

   ※艦によっては増設される

   一式爆雷38個


「特設輸送船の護衛にも丁度良い性能です。しかし、いかんせん、主力級艦隊に引っ張られてしまう。輸送船団の護衛には一層簡素化した、丸急駆逐艦が充てました。私としては大正解と思います。高性能な駆逐艦1隻より、平凡な駆逐艦10隻の方が勝る」


 南方地帯制圧後に本土へ石油をピストン輸送するが、敵潜水艦による通商破壊作戦が想定された。大急ぎで建造される特設輸送船の船団を護衛する、「本来の護衛型駆逐艦」が必要になる。松型駆逐艦は主力級艦隊に引っ張られ、新造されても間に合わなかった。この問題に対して、松型を一層にグレードダウンし、簡素化した丸急駆逐艦が設計される。設計が纏まれば直ちに建造が開始され、習熟訓練中を含めれ50隻が存在した。


 丸急駆逐艦は排水量1,000t未満の艦である。駆逐艦と言うよりかは、水雷艇を一回り大きくした。水雷艇は千鳥型と鴻型が建造されたが、第四艦隊事件を機に見直される。そして、丸急駆逐艦の設計に吸収され姿を消した。半年未満の3カ月から5カ月の短期間建造を目指す。松型から平面多用とブロック工法は変わらないが、一層の簡素に伴い武装が縮小された。


「潜水艦相手に高角砲は要りません。余った8cm砲で十分です」


 武装は8cm高角砲が1門と25mm機銃が5門で少ない。あくまでも、勢力圏内における輸送船団護衛のため、敵艦隊と交戦する蓋然性は著しく低かった。専ら敵潜水艦が脅威になり、旧式化した三年式8cm高角砲1門でも足りる。対空も勢力圏内は制空権が確保された。機銃は25mmが5門の少数でも、浮上した敵潜を掃射するには足りている。


 ただし、対潜だけは手を抜かなかった。爆雷は最大36個積載できるが、一式爆雷の生産が追いつかない。しばらくの間は旧式の爆雷を在庫処分も併せて満載した。沈降速度の遅い旧式爆雷でも威力は申し分ない。ここは大量建造の強みを活かし、数を投入した。敵潜水艦へ複数隻から爆雷を投下し、輸送線への雷撃を諦めさせる。敵潜水艦に魚雷を撃たせなないだけでよいのだ。


「機関は民間商船でも使われるディーゼルです。信頼性とか、振動とか、うんたらかんたら言われます。しかし、端から低速なら気になりません。全然違うと言われるかもしれませんが、呂号潜水艦はディーゼルを採っていますし」


 船団護衛で航続距離を確保し、かつ生産性に配慮し、機関はディーゼルを採用する。ディーゼルと聞くと、タービンが主流の日本海軍には異端児だ。いいや、要求する性能を下げればよい。最速20ノットでは騒音や振動対策も十分に講じられた。また、特設輸送船は最速が20ノットを下回り、最速を出す機会は少ないだろう。


「とまぁ、我々の考案した駆逐艦は最上の質を求めた艦隊型とは、かけ離れたどころの騒ぎではありません。水雷戦を捨てた上に低速で火力も貧弱です。とにかく、日本の力で数を揃えることを重視した。これ以上は難しいので、50万トン空母に期待させてくださいよ」


 彼は自虐気味に締めくくった。


 しかし、この駆逐艦が多いなる活躍を以て喜ばせる。


続く

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