第3話 50万トン空母とは【後】

 50万トン空母が「空母」である以上は艦載機を搭載して当然だ。具体的には、零式艦上戦闘機、零式艦上爆撃機、白山艦上重爆撃機の三種から構成される。


【零式艦上戦闘機】


 零式艦上戦闘機は誰もが知る「零戦」と聞かれた際の答えは否が返された。かの有名な零式艦上戦闘機は存在しない。確かに、本世でも九六式艦戦は採用されて日本海軍の艦戦の土台を作り上げたが零戦には届かなかった。


 前提として、九六式艦戦の採用と同時期に日独防共協定が結ばれている。日独の両国間で人の動きが活発化すると技術を融通し合った。相互に発展させる名目で技術者が訪独と来日する。その中にフォッケウルフ社のクルド・タンク技師の姿も見受けられた。彼は先進的を志向した航空技師であり、訪日中に日本海軍が次期主力艦戦の開発に苦悩していることを聞き行動を開始する。メッサーが主力の母国に自身をアピールしたい気持ちもあって、自分とフォッケウルフ社を日本海軍に売り込んだ。


 彼はヨーロッパで主流の液冷エンジンに拘る人物ではない。空冷エンジンも選択の余地ありと述べ、海軍は次期主力艦戦開発のどん詰まりを打開するため、外様と雖もドイツ人技術者が必要と柔軟を見せた。海軍は次期艦戦開発にフォッケウルフ社を含めるが、競合する中島社が「陸軍機で手一杯」と辞退し、フォッケウルフ社と三菱重工業の共同開発に移る。


 タンク技師は「空冷の中でも大馬力が好ましい」と主張した。これを受けて三菱社は自前の火星一二型を用意する。本来は爆撃機向けで大型の大重量だが、他に大馬力はなかった。3000kmを超える長大な航続距離は確保できない。いいや、何のための空母であるのかと妥協した。それでも主翼燃料タンクと落下式増槽のおかげで2500kmは確保している。また、大きな空気抵抗を生むことについて、タンク技師と堀越技師の組んだ空気力学から美しい設計で帳消した。まだまだ冷却が足りない傾向が確認されると、堀越技師が強制冷却ファンを付随させることで解決に導く。


 本体はタンク技師と堀越技師が熱論を繰り広げ、操縦者に配慮した頑丈に落とし込んだ。九六式艦戦から機動性が著しく失われるが、実際は翼面荷重が大きく、水平の動きは悪くても操縦性は良好である。実際に試作機をタンク技師自ら操縦して軽快に動けることを証明した。頑丈設計のおかげで急降下耐性も高くあり、一撃離脱戦も対応可能な汎用性を発揮する。さらに、頑丈を活かした主翼には折り畳み機構が存在し、左右の約15%を内側に畳むことができ、他の空母への積み込みも考えられた。


 設計は生産にも配慮されている。可能な限り部品数を減らす工夫が随所に施され、日本の貧弱な工業力でも大量生産が可能だ。しかし、電動システムだけは困難を極めて油圧を頼らざるを得ない。正規量産機はタンク技師の想定より若干劣る結果になり、各パイロットの技量に期待した。


 武装は機首に7.7mm機銃を2門と主翼に12.7mm機銃(ホ103)を2門装備する。陸海軍で武器と弾薬の仕様が異なると生産が大変である。至極尤もな意見を叩きつけられ、陸海軍の交渉を経て相互に機銃と弾薬を融通し合った。当初はエリコン20mmを搭載予定である。しかし、20mmは弾数が60発と少な過ぎる上に弾が垂れて当て辛かった。20mm機銃はドラム式からベルト式への変更や銃身の延長などの改善を待ち、総合的な性能に優れるホ103を陸軍に先がけて採用し搭載する。


 長々となったが、要は和製のFw-190だった。


 タンク技師の理想が詰め込まれた以上は当然と言えば当然だろう。


【零式艦上爆撃機】


 零式艦上爆撃機は九九式艦上爆撃機と別に存在した。表向きは少数生産の50万トン空母専用に開発されている。海軍は九九式艦爆を主力に据えるが、旧態依然とした固定脚は空気抵抗が大きく鈍足が否めなかった。そして、最大で250kg爆弾というのは貧弱と言われる。ちなみに、ドイツではスツーカが固定脚ながら活躍したが、近接航空支援という色が濃かった。空母艦載機に当てはめることは不適当である。


 そこで、空技廠が別系統の艦上爆撃機に高性能を追求しようと試みた。


 当初は空気抵抗を減らせる液冷エンジンのDB601を志向する。しかし、タンク技師の意見や生産性に難があること、整備の不慣れが積み重なって断念された。多少は性能を犠牲にしても、堅実な空冷エンジンを選んでいる。50万トン空母では零戦が火星を運用する都合で艦爆も火星を搭載した方が好ましかった。同じエンジンならば整備マニュアルは統一化され、かつ部品も融通を利かせられる。


 もちろん、急激な設計の変更は混乱を生じて開発遅延が危惧された。タンク技師のフォッケウルフ社は零戦開発で忙しい。空技廠に救世主として召喚されたのがハインケル社とは驚きだった。実は同社は日本海軍が製品を輸入した際に同行している。空技廠とハインケル社の技術交流を建前に対米戦に間に合わせた。辛うじて、試作機を制作して即座に試験を行うと良好な成績を収める。その試作機に小改良を加えて先行生産機と称し零式艦上爆撃機が誕生した。ただし、50万トン空母の本格投入まで時間があるため、両メーカーの技術者が直接乗り込んで現地で改良を続けている。


 かくして、零式艦爆は九九式艦爆を凌ぐ性能を発揮した。火星のずんぐりむっくりの割には高速性を有するが、引込脚と爆弾槽が大幅に空気抵抗を減じたことが大きいだろう。しかし、特筆すべきは携行武装だった。胴体の爆弾倉に500kg爆弾を1発と主翼下に60kg爆弾2発の組み合わせが最大である。九九式の約2倍を得た代わりに航続距離と機動性が低下した。固定武装は機首に7.7mmが2門と後部銃座に7.7mmを1門装備し、例に漏れず、艦載機のため主翼折り畳み機構が付けられる。


【白山艦上重爆撃機】


 そもそも、艦上重爆撃機(以下重艦爆)とは何か疑問に思われた。結論から申し上げると、重艦爆は50万トン空母専用の双発機である。既存の単発の艦爆と区別するため「重」の文字が追加され区別した。


 重艦爆は双発機のため大型で単発の艦爆よりも重武装で遠方まで飛行できる。名前を攻撃機としないのは、雷撃能力をオミットしたからだ。航空雷撃は極めて強力だが高い練度を要する。また、雷撃姿勢の超低空飛行は対空砲火に絡め取られる危険が高かった。戦争中は一刻も早く兵士が欲せられ、育成にもスピードが求められる。育成に航空雷撃を用意する余裕はない。ここは敢えて爆撃に絞ることで速成を図った。もっとも、爆撃では戦艦などの大型艦に有効打を与え辛い。ならば、規格外の爆撃を与えれるだけだ。一撃とはいかなくても数発で戦闘力を奪い去る破壊力を持った艦爆を差し向ける。


 そうして開発されたのが白山艦上重爆撃機なのだ。開発は陸攻の実績がある三菱が担当して、九六式陸攻と新式陸攻(後の一式陸攻)を糧に艦載機に直す。50万トン空母の馬鹿げた飛行甲板と格納庫があると雖も、陸攻をそっくりそのまま流用するのは賢明と評せなかった。双発爆撃機でも重戦闘機程度まで縮小したい。よって、搭乗員は3名に減らして幅を抑える、本来ある爆弾倉は敢えて設けない、主翼面積も大幅に切り詰める等の工夫を凝らした。最初から陸攻の雷撃能力が削られ、絨毯爆撃を行う機体でもない。


 重い機体を飛ばすエンジンは零式2種から分かる通りだ。やはり、安心と信頼の火星を採用している。1500馬力が2基のため爆弾を携行していない場合は戦闘機並みの快速を誇った。ただし、後述の切り札を装備した場合は護衛戦闘機を必須とする。機体と主翼に防弾仕様の燃料タンクがあり、切り札装備時の航続距離は約2500kmを有した。固定武装は12.7mm機銃が1門だけである。


 爆弾は一般的な範囲内で500kg爆弾2発または250kg爆弾4発を吊り下げた。しかし、切り札装備が最大の武器である。切り札は通称『富士弾』と呼ばれて専用吊架装置で携行した。この富士弾は重量1.5tの徹甲爆弾で内部に魚雷用の高性能炸薬が詰め込まれている。その大重量を以て敵艦の装甲を引き裂き、内部に突入してから炸裂した。仮に戦艦であろうと一度貰えば中破は免れない。圧倒的な威力から日本最大の山から名を拝借した富士弾と呼称された。なお、富士弾投下に急降下爆撃は厳しく、猛訓練をを前提に緩降下が採られる。


 つまり、白山艦上重爆撃機は富士弾を吊り下げる対艦攻撃特化機だった。もちろん、対地攻撃に使用できない愚は犯さない。その時と場合によって対艦攻撃任務から外れた。しかし、米海軍の太平洋艦隊は強力な戦艦が多い。米本土爆撃の最中に迎撃を受けた際に独立して出撃した。敵艦に富士弾を直撃させて復旧不可能な致命傷を負わせる。仮に米本土に逃げられても、修復には1年以上を要した。太平洋はがら空きになるだろう。富士弾は対空母でも威力を発揮し、脆弱な木製飛行甲板を破り下の装甲も易々と貫徹した。それから奥の格納庫に至ると中の機体を破壊し尽くすが、弾薬庫や燃料貯蔵庫まで至って誘爆を狙いたい。


 敵施設など対地攻撃任務は零式艦上爆撃機に任せた。零式艦上爆撃機と白山艦上重爆撃機で分業を敷き、対地攻撃と対艦攻撃で50万トン空母が混乱することは起こり得ない。


 柔軟にその時に応じて白山か零式艦爆を振り分ければ良かった。


 以上の三機種を用いることが想定されたが、馬鹿げた巨体の割に面白みに欠ける。


【特殊運用】


 4発の重爆撃機がすっぽり収まる飛行甲板の活用方法として、洋上航空基地の運用が挙げられる。米本土を叩いてハワイの艦隊を壊滅させたら、必ずしも日本の勝ちとはならなかった。おそらく、太平洋の島々を巡る戦いが勃発する。その際に制空権を確保して敵を爆撃するため、基地航空隊が整備されても、戦闘機が飛べる範囲は限界が存在する。


 したがって、基地航空隊の戦闘機を50万トン空母で中継させた。609mの長大な飛行甲板があれば、不慣れな基地航空隊のパイロットでも着艦できる。戦闘機など単発機は(艦載仕様を前提にするが)2機ずつ着艦させて給油し、通常は届かない距離の敵拠点を攻撃していった。中継以外にも燃料不足や損傷等の理由で基地に帰れない機も回収できる。


 もちろん、既存と建造中の空母の艦載機も中継させられた。残念ながら、本艦以外の正規空母は少数に収まる。赤城と加賀が消えて蒼龍型と翔鶴型の計4隻しか建造されていなかった。水上機母艦や民間商船を流用した改造空母が急がれる。現時点では間に合わないため、別の空母から飛来した攻撃隊の中継作戦は当分先だった。


 多方面の回収を考えて三機種の搭載数は規模に対して少なめである。それだけの兵士を用意できないのも考えられるが、ひとまずは米海軍を上回る大航空戦力を確保することに成功した。仮に50万トン空母を撃滅するために大量の空母を揃えても、その時にはハワイが機能を喪失している。自国への本土爆撃を警戒する日々が続くのだ。


 しかし、50万トン空母単体では出来ないこともある。


 補助艦と建造された護衛駆逐艦の出番だった。


続く

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