10000文字以内の物語

三愛紫月

秘密

私は、念願だったエステの店をオープンした。最初は、一軒家である我が家の二階から始まった。


なかなか、子供が授かる事が長い間、出来なかった私達夫婦だったけれど……。


 結婚18年目。


38歳になった私は初めて子供を授かった。双子の赤ちゃん。名前は、めいとゆい。


母親としての幸せを噛み締めながら生きている。


「先生ーー。双子って大変じゃないですか?」


「そうねぇ。全部、二倍で疲れちゃう」


「ですよねーー。凄いですね」


私を先生と呼ぶのは、編集者の乃木明菜さん。


どうして、編集者がいるかというと……。


私は、結婚してからちょこちょこと小説を書いていた。


その小説をWeb上で売ってお小遣いを稼いでいたのだけれど……。


ある日、笹岡出版の乃木さんから連絡がやってきた。


小さな出版社だけど、私の本を出版させて欲しいというのだ。


理由は、乃木さんのお祖母さんが私の書く物語のファンだからという話だった。


そうして、私は早乙女あかりというペンネームで本を出版した。


私の本は、なぜかわからないけれど、65歳以上の人に愛されている。


そして、本を出して3年目。私は、そのお金で念願だったエステの店を開けたのだ。


「あかり先生ーー。赤ちゃんがいるのに凄いですよーー」


「って言っても二階でやってるだけだし。めいとゆいは一階で眠ってるからね」


「それでもですよ」


 乃木さんは、私のよき理解者で常連さん。


「本当、気持ちよくて最高でした。これが、一日三組限定とは勿体ない」


「頑張って、人を雇えるようにします」


「そしたら、私の友人にも紹介しますよ」


「じゃあ、明後日には原稿送りますね」


「はい、よろしくお願いします」


 一日三組限定、一回の施術費用は5000円。


 人を雇うには、まだまだ、時間がかかりそうだ。


 そう思っていたのだけれど……。


 早乙女あかりの本が映画化されるという話がやってきて。


 一年後。


 私は、広い店舗を構えていた。


 私は、従業員を三人雇った。


 お店は、順調で常連のお客さんもどんどん増えて。私は、毎日幸せだった。


 そして、また一年が経った頃。


「店長さん。私ね、ここでネイルも出来たら嬉しいわ」


「ネイルですか?」


「そう。ここで、出来たら最高なのにってずっと思っててね」


 私が家の二階でやっている時からの常連の花山さんからの提案に私はネイリストを雇う事にした。


「今日から、お世話になります。ネイリストの髙山たなやまいつきです。よろしくお願いします」


「よろしくね。髙山さん」


「はい」


 ネイリストの髙山さんは、芸能人やモデルさんにネイルをしたいとこの業界に入ったのだという。しかし、途中で体を壊してしまい。その夢は、叶えられなかったという。


 そして、ネイルを仕事にしながら働き続けていたけれど……。


 そろそろ。転職を考えていた時にうちの求人を見つけてやってきたのだ。


 髙山さんのネイリストとしての腕は凄く。

 僅か3カ月で、髙山さんの一日の売り上げは5万にもなった。


「お疲れさまです」


「お疲れさま」


 他の従業員が帰り、私はお店の整理をしていた。


「店長。お疲れさまです」


「髙山さん、お疲れさま」


「あの、無理は承知なんですが……」


「何かしら?」


「店長のネイルをさせてもらえますか?」


「ネイルねーー。お客さんがいるから、あんまり長い爪は駄目でしょう」


「トップコートだけでも」


 髙山さんは、私の手を握りしめてくる。


「店長。私、お客さんに手を出すかもしれません」


「えっ?」


 髙山さんは、私の手を撫でながらそう言った。


 お客さんに手を出す?


 お客さんは、全員女性。


 って事は、髙山さんは女性が好きって事??


 いや、別に悪い事じゃない。だけど、お客さんにとなると……。


「店長は、早乙女あかりですよね?」


「えっ?」


「私、知ってるんですよ!小さな記事だったけど、店長の顔が載っていました。旦那さんには、普通の小説だって言ってるんですよね?バレたら、どうなるんですか?」


「ちょっ、ちょっと待って。それは……」


「昔の話ですよね。早乙女あかりでデビューする前の自分で小説を売ってた時の話ですよね」


「わ、私を脅すの?」


「脅すなんてしてませんよ。私は、店長を好きなだけです」


「好きって……。15歳も離れてるのよ。冗談は、よしてよ」


「冗談じゃありません。でも、店長が断るならお客さんとそうなると思います。何人かいけそうな人は見つけてるんです」


 髙山さんは、私の手の甲を長い爪で優しく撫で始める。


「どうして、純愛ものになったんですか?みつきの官能小説は最高でしたよ」


「あ、あれは……。ほら、平凡な主婦の暇潰しで」


「店長。本当に暇潰しなだけだったんですか?私と試してみません?」


「えっ?」


 髙山さんは、私の唇にそっと触れてきた。

 私は、髙山さんの誘いにのってしまった。


 そして、私は夫には言えない秘密が出来た。


「あかりさんは、女の人を好きになった事はある?」


「ないわ」


 毎週末、私と髙山さんは仕事終わりに髙山さんの家で過ごす事になった。


 そんな日々から、一年が経った頃。


「先生ーー。本当ですか!?」


「乃木ちゃん、声が大きいって」


「すみません」


 久しぶりに我が家にやってきた乃木さんとケーキを食べながら話す。


「それで、ネイリストの髙山さんと不倫してるんですね」


「まぁーー。そうなるわね」


「話を整理すると、あかり先生は、執筆活動の役にたつかな?って気持ちでOKしたんですね」


「そうね」


「で、あかり先生としては男女の関係になる前に別れようと決めてたんですね」


「そうよ」


「だけど、髙山さんは別れる所か近所のマンションに越して来ちゃったんですね」


「そうなの」


 乃木さんは、頷きながらメモをとっている。


「それで、男女の関係にはなっちゃったんですか?」


「ならないわけにはいかなかったのよ。拒める状況じゃなかった」


「それで、髙山さんはあかり先生との関係になんと?」


「今まで、経験した誰よりもよかったと言ってたわ」


「そうでしょうねーー」


「乃木さん、どういう意味ですか?」


「それは、あかり先生の過去の作品を読んでたらわかるって意味ですよ」


 乃木さんは、悪戯っぽく笑う。


「あ、あれは黒歴史ですね」


「あかり先生。そんな言い方しちゃ駄目ですよ。私は、あかり先生の官能小説大好きでしたよ!例え、お金欲しさに書いてたとしてもです」


「乃木さん、わかってたんですか?」


「当たり前じゃないですか!私は、あかり先生の担当編集者ですよ!あの頃、困ってたんですよね?」


 私は、乃木さんの言葉に頷く。


 10年前、私は私なりの官能小説をweb上で売っていた。


 当時、夫の収入が減ってしまい……。すぐに働きにいけなかった私は、クレジットカードをリボ払いにして使いながら生活をしていた。


 その額が200万に達した頃。どうにか返済をしなければと思い、書き始めたのが官能小説。


 これが以外に、読まれてくれて毎月の売り上げは外でパートするのと変わらなかった。


 そんな日々を三年続けた頃。


 夫の収入が戻った。


 今まで、書いてきた官能小説を消すのも勿体ないと思った私は、そっちはそのまま置いたまま。


 新しく小説を書き始めた。


 ジャンルは、純愛もの。


 それを見つけてくれたのが、乃木さん。


 まさか、乃木さんにもあの黒歴史がバレてるとは思わなかった。


「あかり先生?大丈夫ですか?」


「あっ。ごめんなさい。まさか、バレてると思わなくて……。やっぱり、消した方がいいですよね?」


「いえいえ。そんな必要はないですよ!むしろ、出版社うちの人間はみんな知ってますから」


「えっ?そうだったんですか?」


「はい。まだ、売れてますよねーー。女性が書く官能小説って甘美ですよねーー」


「そんな事ないですよ。でも、何でわかったんですか?」


 私の言葉に乃木さんは、クスッと笑う。


「あかり先生、気づいてないんですね?」


「何を?」


「あかり先生の文章は、点の付け方が独特なんですよ」


 乃木さんの言葉に、幼い頃。母親や担任の先生に怒られていた癖を思い出した。


「うわーー。直したはずだったのに」


「仕方ないですよ。自分では、なかなか気づかないもんですから」


「本当ね。まったく気づかなかった」


「でも、仕方ないですよね。それで、あかり先生はどうしたいんですか?髙山さんと別れたいんですか?」


「別れたい……。違うかもしれない。以外に、男を演じるのも楽しかったのよねーー」


「へぇーー。じゃあ、あかり先生はこれからのアリバイ作りに私を利用しようと思ってるんですね」


「まさか、まさか違うわよ」


 乃木さんは、優しく微笑んで私の手を握りしめた。


「ど、どうしたの?」


「あかり先生、私にもやってみて下さいよ」


「な、何を?」


「髙山さんにやってる事ですよ!」


「ここじゃ無理よ。って、それに乃木さん旦那さんいるじゃない。結婚して、3年目でしょ?」


「あーー。そうですよ!私、両方いけるんです」


「えっと。さらっとそんな事……」


「あかり先生がしないっていうなら、ご主人にの事話しちゃおうかなーー」


「そ、それは駄目。私は、家庭を壊したくないもの」


「じゃあ、条件を飲んだって事でいいですね」


「あっ……!!」


 こうして、私は新たな秘密を抱える事になってしまった。


「で、私に相談してきたの?桜」


「ま、まさか!春までそんな事言わないわよね」


「はぁ?言うわけないじゃない」


「よかったーー」


戸建てでエステをやり始めた時の第一号のお客さんが春だった。


春とは、出会った時から意気投合して……。


ソウルメイトって本当にいるんだって思った。


それからは、お店の従業員とお客さんの立場を越えて仲良くなり。


今では、家族ぐるみで仲がいい。


そして、私の本当の名前は桜。


安西桜。


「で、桜はどうしたいの?」


「どうもこうもないのよ」


「髙山さんのネイルはお客さんついてるものね」


春は、今もお店に来てくれていて髙山さんにネイルもしてもらっている。


「そうなの」


「乃木さんは、出版社だし関わらないわけにはいかないわよね」


「そうなの」


「とりあえず、続けるしかないんじゃない?」


「でも、裏切りじゃない?」


春は、私の言葉に少し考える。


「そう思うなら、いい小説をたくさん書きなよ!それで、旦那さんや子供達。楽させてあげたら?桜がいなくなった後も、幸せに暮らせるようにね」


「それで、罪を償えてるかな?」


春は、私の言葉にフッと笑う。


「あのね。結婚したって恋はしたいじゃない。誰だって……。その度に裏切りかなーーなんていちいち考えてられないわよ。私だって、不倫はしてなくてもって思う男性に出会った事ぐらいあるわよ。それを行動にうつさなかっただけよ。だけど、綺麗やかっこよくいる為には少しのスパイスが必要なのよ!肉や魚だって、塩コショウしなかったら美味しくないでしょ?それと同じよ」


春の言葉に私は納得してしまっていた。


「そのスパイスが桜の小説を書くのに必要ならいいじゃない!裏切りじゃなく仕事だと割りきりなさいよ」


「そんな事……」


「出来なくてもやるしかないじゃない!動き出した船は、漕ぎ続けるしかないじゃない!次のこたえが見つかるまで漕ぎ続けなさい」


「春に相談してよかった。私、やってみる!」


「いつでも、話しなら聞くから」


「うん」


私は、春の言葉にこの関係を続ける決意をした。


「あかり先生。今回のお話もよかったですよ。もう、翔弥にキュンキュンしちゃいましたーー」


「ありがとう、乃木ちゃん」


「はい。で、話って?」


「百合の官能小説を書いてみたのだけど……。どうかな?」


私は、乃木ちゃんに書きかけの小説を手渡す。


「あかり先生!これは、めちゃくちゃ売れますよ。出版しましょう」


「えっ?でも、乃木ちゃんの事も書いてるんだよ」


「大丈夫ですよ!そんなの気にしないで下さい。編集長にも話してみますね。もちろん、出版名は、変えますから」


「乃木ちゃん、ありがとう」


「いいんですって」


私は、乃木ちゃんに百合ものの官能小説を見せたのだ。


と言っても、全て実話なんだけどね。


あれから、さらに一年が経った。


「髙山さん、結婚おめでとう」


「ありがとうございます」


女の人が好きだと思っていた髙山さんは、実は両方いける人だったらしい。


私は、髙山さんとの関係にようやく終止符をうてた。


「乃木さんとは今も続いてるんでしょ?」


「そうそう。百合の官能小説がシリーズ化するらしくて、それで乃木ちゃんとはパートナーとして続いてる」


「でも、髙山さんとは、何で別れたの?」


「あーー。それは、簡単な事だよ。髙山さんは、男の人と関係をもったのが旦那さんが初めてだったんだって。それがね、私とするよりもかなりよかったらしいの」


「それは、そうかもね」


「そうそう。だって、ほらね!何とは言わないけど……。やっぱり、女性とするのとは違うわよね」


「そうよね。それで、別れて欲しいって?」


「うん。私としながらあっちもっていうのは体力もいるし……。何より旦那さんには最高のパフォーマンスをしたいらしいわ」


「へぇーー。よかったじゃない。桜」


「本当によかったよ」


春は、クルクルとスパゲッティをフォークとスプーンで巻き取りながら話す。


「乃木さんとは、一生続けるの?」


「それもわからないよね。官能小説のシリーズが終われば必要ない関係なわけだから……」


「今は、お互い楽しむだけだね」


「そうなるわね!」


私は、春との昼食を終えてお店に戻る。


お店では、髙山さんがネイルをしていた。


「店長。乃木さんが、いつもの部屋に入ってます」


「わかったわ!今行く」


私は、施術室に向かう。


「いらっしゃい、明菜」


「桜、よろしくね」


私は、乃木ちゃんに笑って隣に座る。


「僕に会いたかった?」


「当たり前でしょ。桜に会えない日は生きてても意味がないもの」


「そんな風に言ってくれるのは明菜だけだよ」


台本をなぞるように、私と乃木ちゃんは言葉を話す。


私は、乃木ちゃんの髪を優しく撫でながらゆっくりと丁寧にキスをする。


この場所が、私と乃木ちゃんの秘密の場所。


その為に、新しく作ったいつもの部屋。


「これを試してみたい」


「これね。やってみようか!」


防音設備は完璧で、90分は誰も入ってこない。


ここが、私の秘密の場所。


私は、この秘密を一生抱えていく。


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