第16話 異性

「……私って、白鳥さんが異性として惹かれるかどうかってことですか?」

「そう!」


 ……異性として惹かれるかどうかの話で容姿から入るのは最低な気もするが、それでもあえて容姿から触れるとするなら────白鳥さんの容姿は、驚くほどに俺好みだ。

 どこが俺好みなのかは、深く考えると俺自身が俺自身に対して引いてしまう可能性があるため、深くは考えないことにするが、とにかく白鳥さんの容姿は俺好みだ。

 そして、容姿と並ぶほどに重要だと言われる性格だが……それに関しては、まだちゃんと関わり始めて少ししか経っていないからわからないが、俺が一時間遅刻してしまったことに対してわざわざ警察を呼んでくれたり、涙を流して心配してくれたことから優しい人であることは絶対に間違い無い。

 となると、容姿も性格も良くて、一見異性として惹かれる部分しか無い────が。


「答えられないです」


 というのが俺の返答だった。


「え、なんで?」

「俺と白鳥さんはあくまでも仕事の関係で、白鳥さんが雇い主で俺が従事者、そんな関係性の時に異性として惹かれるかどうかなんて答えたら、今後俺が住み込むにあたってやましい気持ちで仕事してることになるじゃ無いですか」

「皇くん真面目すぎるよ……そういうところも良いけど、今の言葉はちょっと私の心にグサッと来ちゃった」

「え……?」

なんて言わないでよ、私はそんなこと思いながら皇くんと接してないよ?」


 白鳥さんは一度俺に背中を流すのをやめるよう合図を出すと、タオルを巻き直して俺と向き合った。


「私はただの仕事の関係とか思ってないから、皇くんもそんな冷たいこと言わないで?仕事の関係だったら、私皇くんが心配で泣いたりしないから……」


 そう言いながら、白鳥さんは俺の手に自分の手を重ねた。


「す、すみません、俺の配慮が足りませんでした……俺も、白鳥さんの言ってることはわかってるんです、でも……仕事の関係じゃ無いなら、俺たちの関係って他に何があるんですか?」

「決まってるでしょ?高校生の男女だよ」

「高校生の、男女……」


 一緒にベッドで寝る、一緒にお風呂に入る。

 今回お風呂に入っているのは白鳥さんに心配をかけてしまった申し訳なさからだが、それでも一応仕事だからという心構えがどこかにあった。

 ────だが、白鳥さんは俺たちの関係はただの仕事の関係ではなく高校生の男女でもあると言った。

 高校生の男女……


「……変なこと考えつきそうなので先にお風呂上がっても良いですか?」

「まだ浸かって無いのに上がっちゃうの?」

「のぼせそうなので、すみません」


 俺がそう言ってゆっくりドアに向かっていると、白鳥さんがドアの前に立ち塞がるようにして言った。


「最後に教えて?私って、異性として惹かれる?」

「……今は熱いので、その質問には今度────」

「答えないならどいてあげないから!」

「どうしても、ですか?」

「どうしても」

「……わかりました、答えます」


 俺は今まで白鳥さんがしてきた異性として意識してしまうような行動全てを一瞬で振り返って、今まで我慢していたことを全て吐き出すように大声で言った。


「惹かれますよ!惹かれるに決まってるじゃ無いですか!白鳥さんみたいな綺麗な人に優しくされたら惹かれるに決まってるじゃ無いですか!自分がどれだけ魅力的な人なのか考え直してから色々と行動してください!」

「っ〜!」


 白鳥さんは変な声を上げたが、俺は────


「……じゃあ、着替えてきます」


 すぐに脱衣所の方に出た。

 言ってしまった……今まで仕事だからってそういう感情は抑えてきたのに、一度吐き出してしまったら────今後、抑えられるかがとても不安だ。


「皇くんが、私に惹かれるって……!私のこと、綺麗って……!魅力的って……!今日の良いことと悪いことが同じどころか、最後には良いことが圧勝しちゃった……!皇くん好き〜!何あの照れた顔!可愛すぎ!仕事の関係って言われた時はショックだったけど、私が落ち込んでるのわかったらすぐに謝ってくれて……!どうしよ〜!皇くんかっこいい〜!そうだ、あと背中も良いって言ってくれたんだった!嬉しい〜!……いつか、皇くんに私の全部を見せてあげたいな〜、でもそうなったら、また皇くん照れちゃって、そしたらまた可愛い皇くんが見れて、その時には私も皇くんの全部をちゃんと見て、その私よりも一回り以上も大きな体を見てかっこいいってなって────」


 着替え終わって白鳥さんの部屋で白鳥さんのことを待っていると、二十分ほどした後で白鳥さんが部屋に戻ってきた。


「白鳥さん、おかえりなさい」

「うん、ただいま」


 ……さっき異性として惹かれると言ってしまった手前、二人で同じ部屋に居るのも少し気まずい。


「……皇くん、今日も一緒に寝てくれる?」

「今日も……!?さっきの流れも含めて考えると気まずいものが────」

「今日私皇くんと一緒に居れなくて寂しかったな……21時からの一時間なんてずっと不安な気持ちでいっぱいだったよ」

「そ、それは……すみません」

「もう謝ってもらってるから謝りは十分、でも、そんな日に一人で寝るのも不安だと思っただけ……今日一人で寝たら、きっと不安な気持ちが蘇って怖い夢とか見ちゃったり────」

「わかりました、今日は一緒に寝ます」

「やった!」


 さっきまで寂しいとか不安と言っていたのに、すぐに切り替わって嬉しそうな表情になって明るい声でそう言った。


「でも、本当に今日が最後────」

「そうだ、皇くんに言いたいことがあるんだった」


 俺が本当に今日で最後だと言おうとしたところで、白鳥さんが真面目な声音で言った……俺に、言いたいこと?


「なんですか?」

「うん、二つあるから順番に言うね」


 一つだけだと思ったが二つもあるのか。


「一つ目は……私と皇くんの二人で次の休日に美味しいものでも食べに行きたいなってことなんだけど、どう?」

「あぁ、大丈夫……ですけど、二人で?知鶴さんとかは来ないんですか?」

「え、何皇くん、知鶴に興味あるの?」


 白鳥さんが暗い目で俺のことを見ている。

 ……怖い、もしかしたらこの目がいつも蓮が向けられているという目なのかもしれない。

 俺はすぐに弁明を図るために口を開いた。


「そういうことじゃなくて、お付きの人ってことだったのでずっと一緒に居なくても良いのかって疑問に思っただけです」

「あぁ、そういうこと……うん、あくまでも私の意思次第だから気にしなくて良いよ」


 白鳥さんの目がいつも通りの目に戻った。


「それなら俺も大丈夫です」

「うん、じゃあ次の休日は二人でお出かけね!……で、最後の二つ目なんだけど、今回みたいなことがあったら怖いから、連絡先交換しない?」

「連絡……そういえば俺に連絡してたらしいですけど、どうやって連絡してたんですか?」

「皇くんが仕事応募のためにチラシの電話番号にかけてきたときあったでしょ?その履歴が残ってたから」

「なるほど……」


 確かに、互いに電話履歴からしか連絡ができないのは不便極まりない。


「そういうことなら、交換しましょう」

「ありがと!」


 俺はスマホを取り出して、メッセージアプリを開いて友だち登録画面に来た……それから互いにスマホを振って、白鳥さんとメッセージアプリで友だち登録ができた。


「とりあえず言いたいのは今の所このくらい!今日はもう色々あって疲れてると思うし寝ちゃおっか!」

「そうですね」


 一緒にベッドの中に入ると、白鳥さんは電気を消した。

 ……相変わらず良い匂いがするが、意識したら負けだと思うことにして白鳥さんとは反対方向に向いて特に何も考えずに眠ることに────


「今日はいっぱい心配させられたから、皇くんのこと抱き枕にするね〜」


 そう言いながら、白鳥さんは俺のことを後ろから抱きしめてきた。

 え……!?


「白鳥、さん!?いくらなんでも────」

「今日私ね?一時間ぐらいずっと不安な気持ちだったんだよね〜、ううん、皇くんにバイトだからって一緒に帰るの断られて皇くんの帰りを待ってる時間も含めたら六時間くらいかな?」

「それは……すみません」

「だからこのくらい、良いよね?」

「……」


 俺は言葉的にも精神的にも何も言うことができずに、今すぐにでもベッドを降りたい気持ちを押さえながら眠った。


◇白鳥side◇

 ベッドに入って皇くんのことを抱きしめてから30分経過。

 皇くんはもう寝たみたいだけど、一応本当に寝てるか確認する。


「……皇くん、もう寝た?」

「……」


 聞こえてくるのは小さな呼吸音だけ、皇くんは今ちゃんと寝てる。

 私はなんで寝てないのか、せっかく皇くんのことを抱きしめてる状態なのにそう簡単に意識無くとか勿体無いっていうのも大きいけど。


「うん、この方が可愛い……!」


 私は、私の方から反対方向を向いていた皇くんのことを私の方を向くようにして、少し寝顔を観察してから抱きしめた。


「ダメだよ皇くん、反対向いても私は皇くんのこと逃がさないんだから」


 そう、一番の理由は、皇くんのことを正面から抱きしめて寝たかったから。

 今日は皇くんが一時間遅刻して帰ってきた時、私が感情を抑えられなくて正面から抱きしめたけど……それならもう、今日はずっと皇くんのことを正面から抱きしめてたいと思ってこのことを思いついた。

 そしてそのまま、私はとても幸せで幸福感に満ちたまま、眠りの世界に落ちていった。


◇皇side◇

「え!?」


 次の日、目を覚ました俺の朝は、またも驚愕から始まることとなった。

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