第15話 心配

「やっと着いた……」


 五時間のバイトと約一時間の走り込みを経て、俺はようやく今白鳥さんの家の前まで来ていた。

 本来なら21時過ぎには帰ってくるはずが、現在時刻22時11分。

 そう、今俺は最近でも特に精神的にも肉体的にも疲れている。

 肉体的に疲れているのは走り込みをしたからで、精神的に疲れているのは────


「遅刻してしまった……」


 ということだ。

 遅刻した理由はとてもシンプルで単純……迷子だ。

 だが、高校生にもなって迷子になってしまった理由には、しっかり正当なものがある。

 それは、白鳥さんの家で徒歩に来ることは今回が初めてだったということだ。

 今までは白鳥さんのリムジンに乗せてもらって来ていたため、この辺りの土地勘が無く白鳥さんの家の場所もきちんと把握できていなかった。

 そのため、たとえスマホでマップを開いてもどれが白鳥さんの家なのかわからなかったのでスマホの充電は万が一のために蓄えておこうと早い段階で電源を切った……が、車に乗っていた時に電柱に貼ってあった町の名前をたまたま覚えていたので、その辺りをひたすら走り回ることでようやく白鳥さんの家の前に着いた、ということである。


「とはいえ、俺が住み込みさせてもらっているのはあくまでも仕事……いくら土地勘が無いからって言っても、仕事場へのアクセスぐらい事前にチェックしておけという話だし、迷子で遅刻なんて言っても認められるわけがないよな……」


 今から怒られると思うと恐怖もあったが、怒られて当然なことをしてしまったため、俺は覚悟を決めて白鳥さんの家の庭を挟んだ手前にある門に付いているインターホンを押────そうとした瞬間。

 横から、数名の警察官と思われる人がすごい勢いで話しかけてきた。


「君、もしかして、皇綾斗くん!?」

「え、え?は、はい、そうですけど」


 俺がそう答えると、警察官の人は通信機のようなものを取り出した。

 な、なんだ?状況が全く掴めない。


「こちら、対象を保護、白鳥家本邸の玄関まで送り届けます」


 そう言い終えると通信機器をしまって、俺のことを白鳥さんの家の庭に入れた……って、あれ?どうして門の鍵が開いているんだ?

 門には錠みたいなのが付いていたから、鍵を使わないと開けられないはず。

 それにこの警察官の人たちは……?


「あの、どうして警察官の人がここに?」

「君、あまりお世話になっている人に心配をかけるんじゃないよ、予定していた帰ってくる時間よりも一時間も連絡が取れないなんて、心配の一つや二つしてしまうものさ」

「連絡が取れない……?そんなはずは────」


 俺はスマホの画面を開こうとした────が、画面は真っ暗のままだった。

 ……そうだ、俺は万が一に備えてスマホの電源を切っていたんだった。


「早く行って、安心させてあげなさい」

「は、はい」


 いきなりのことで戸惑いながらも、俺はそのまま警官の人たちと大きな庭を歩いて白鳥さんの家の前まで行くと、インターホンを押した────その瞬間に、勢いよく玄関のドアが開くと、次の瞬間には白鳥さんが涙を流しながら俺のことを強く抱きしめていた。


「し、白鳥さん!?」

「皇くんのバカ!私、本気で心配したんだから、皇くんに何かあったのかもって……本気で心配したんだから!!」

「……心配かけてすみません」

「無事だったなら、なんでも良いよ……」


 白鳥さんはただただ安堵した様子で俺のことを抱きしめている……正直、いきなりのことに驚いている。

 バイト帰りに一時間ほど迷子になってしまって遅刻してしまい、どんな風に怒られるのかと思えば涙を流されながら抱きしめられる。

 白鳥さんが、ここまで俺のことを思ってくれていたとは全く想像していなかった。


「では、私たちは失礼します」

「ありがとうございました、警察官さんたち」

「は!」


 警察官の人たちは俺たちに向けて敬礼すると、大きな庭を歩いて行った。

 ……あの人たちにも申し訳ないことをしてしまったな。


「……じゃあ皇くん、中でお話しよ?私、皇くんが帰ってくるのずっと楽しみに待ってたんだから……今日は学校でも家でも皇くんと離れてて、皇くんは一時間も遅れちゃうしで寂しかったんだよ?」


 白鳥さんは涙を拭いながら笑顔でそう言った。

 ……心配をかけてしまって申し訳無いと思っているし、ずっと待っていてくれたのだから俺も白鳥さんと話をしたいとは思っているが、問題がある。


「もちろん話をするのは良いんですけど……先にお風呂借りても良いですか?一時間ぐらい走って汗だくになってて」

「そうなんだ……じゃあ昨日と同じで一緒に入ろうよ」

「今日もですか!?二日連続は────」

「今日は皇くんに嫌って言われても一緒に入るよ」


 ……理性的に考えれば拒否しないといけないところだが、涙を流させるほどに心配させてしまった今日は拒否できないな。

 俺は白鳥さんの申し出を了承すると、それぞれ別々に服を脱いでタオルを巻いて、俺が先に、次に白鳥さんがお風呂に入ってきた。


「白鳥さん……どっちが先に体洗いますか?」

「私は別に皇くんとなら一緒でも良いよ?」

「冗談言わないでください!それに白鳥さんが良くても俺が良くないんです!……じゃあ、今日は白鳥さんが先に体洗ってください、俺他の方見てますから」


 俺が白鳥さんの居る場所とは反対方向を見ようとしたところで、白鳥さんは俺の腕を掴んで言った。


「待って、今日は皇くんが私の背中流してくれない?」

「……何を、言ってるんですか?」

「私、昨日皇くんの背中流してあげたよね」

「それは……でも、背中洗うってことはタオル取るってことですよね?それはやり過ぎじゃ────」

「前はちゃんとタオルで押さえとくから、それなら問題無いよね?」

「……わかりました、流します」


 昨日俺が背中を流してもらったことと、白鳥さんの静かな威圧感に負けて、俺は白鳥さんの背中を流すことにした。

 俺が白鳥さんの方に向き直ると、白鳥さんはお風呂ようの椅子に座っていて、タオルの結び目を解いた。

 ……一瞬目を閉じた俺だったが、次に目を開けると白鳥さんの色白な肌が広がっている背中が俺の目には映り、約束通り前の方はしっかりと白鳥さんがタオルを肩で押さえているため俺に見えることは無い。

 俺は慎重に、白鳥さんの背中を流し始めた。


「……今日は悪いことと良い事が同じぐらい起きた日だったな〜」

「そうなんですか……?」

「皇くんがバイトって行って私のこと置いて行って、でもその後嬉しいことを知れて、かと思ったら今度は皇くんが帰ってこなくなって、でも今は皇くんと一緒にお風呂に入れてるから、結果的には良い事の方が勝ったかな」


 白鳥さんの顔は見えないが、おそらくは笑顔なんだろうということが声だけでわかった。


「ね、皇くん、私の背中どう?」

「……どうって、何がですか?凝ってるかどうか、みたいなことですか?」

「じゃなくて、異性として惹かれるものはある?」


 ……小学生低学年までは妹と一緒にお風呂に入っていたが、それ以外に女の子とお風呂に入ったことなんて白鳥さん以外に無い。

 というか、血のつながりのある家族である妹のことを女の子とカウントしたくないため、実質白鳥さんだけと思っている。

 そんな俺がこんな女性らしい色白の背中に俺よりも一回り以上細い背中を見せられて惹かれるものはあるのかと聞かれて正直に答えるのであれば────


「少しだけあります」


 正直に答えると思いつつも、少しと表現を濁した。

 だが、白鳥さんはそのことを言及してきた。


「少しだけ?」


 ……もう見抜かれていそうだし、答える他無さそうだ。


「……あります」

「そうなんだ……!……じゃあ────私は?」


 そう言いながら、白鳥さんは後ろに居る俺と顔を合わせた。

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