第11話 バイトの掛け持ち

 白鳥さんの部屋で白鳥さんのことを待っていると、十分ほどしてから白鳥さんが部屋のドアを開けて中に入ってきた。

 ……ドライヤーでしっかりと髪は乾かされているはずなのに、雰囲気とか匂いとかで、どこかいつもより色気を感じる。

 それに、白色のパジャマも白鳥さんによく似合っている。


「……皇くん、住み込みしてくれるかどうかは決まったかな?」


 そもそも今日は住み込み体験という形で今俺はここに居る、だからこの白鳥さんの質問はそういう意味では今の状況に限って言えば一番大切な質問と言えるだろう。


「正直今日だけでも色々とアクシデントだらけでしたけど、思っていたよりも楽しく生活できそうな感じはするので、住み込んで働いてみても良いと思います……でも、一つ問題があります」

「問題……?」

「別に深い愛着があるわけじゃ無いですけど、俺が今住んでる家を手放すのが勿体無い気がして……蓮とかと家で遊ぶってなった時白鳥さんの家に蓮のことをあげるわけにもいかないので」

「神木蓮……でも、そういうことなら!私も皇くんが生活した家は国宝にすべき大事なものだと思うから、その家の家賃は私が払ってあげる!」

「え!?」


 白鳥さんが、家賃を払う!?


「わ、悪いですよ、住み込みってなったらもうほとんど使わなくなる家なのに、それにお金を払うなんて……」

「大丈夫!そんなの負担にもならないよ!それに、私が残しておきたいの、皇くんの大事な部屋に……いつか、皇くんと行きたいから」

「え!?狭くて面白いものも何も無いですよ!?」

「面白いものなんていらないよ、そこには皇くんが生きてきた場所があるんだから……それだけで十分」


 ……確かに、俺が今まで両親も居なくて一年前までは妹と一緒に頑張って生きてきた場所をお金がもったいないからと捨てるのはやっぱり違うな。

 ……なら。


「それならなおさら、俺はやっぱり自分でお金を払いたいです……幸い俺は他にもあと三つバイトしてるので、それで得たお金をどうにか管理して────」

「待って、他のバイト……?」


 俺がどうにか他のバイトで得た収入で前の家の家賃を払いながらもこっちに住み込みします、という話をしようとした時、白鳥さんは他のバイトという言葉が引っかかったのか、その言葉を聞き返してきた。


「はい、他に飲食店とカフェと花屋さんでバイトしてるんです」

「そうなんだ……ごめんね、お風呂上がりなのに飲み物も用意してないのは良くなかったからすぐに飲み物取ってくるね」


 白鳥さんは突然顔を暗くすると、飲み物を取りに行くと言ってこの部屋から出て行った。

 ……もしかしたら俺が何か気に触ることを言ってしまったのかもしれないが、飲み物を取りに行くと言って出て行った白鳥さんの後を追いかけるのは良くないと思い、ひとまず部屋で待機していることにした。


◇白鳥side◇

 私は部屋の外に出て、この時間いつもキッチンで自分の分のご飯を料理している付き人の知鶴ちづるのところに向かった。

 この時間帯は料理人も帰ってる時間だから、料理を作りたい時にはもってこいの時間。


「……お嬢様?どうかしましたか?」


 知鶴は私がキッチンに来たことにすぐに気づくと、一度火を止めてキッチンの入り口に立っている私のところまで来た……相変わらず綺麗な黒髪してるけど、今はそれどころじゃない。


「ねぇ……浮気ってどうしたら止められるの?」

「……先に断っておきますが、お嬢様と皇さんは恋仲ではありませんよ?」

「そうじゃなくて!仕事の話!」

「仕事……?」


 それから私は、皇くんがこの私のお世話の仕事と他の仕事を掛け持ちするつもりでいることを知鶴に伝えた。


「────ってことなの、どう思う?」

「どう、と言われても……高校生の時分からしっかりと自分で働いて生計を立てていて、とても素晴らしいことじゃ無いですか」

「皇くんが素晴らしいことなんてとっくにわかってるんだから、そういうことを聞きたいんじゃなくて、仕事の浮気についてどう思うって話!」

「浮気ではなく掛け持ちです、仕事は複数持っていても倫理観を問われるようなことはありません、むしろお嬢様の方が異常だと思います」

「だって!私のそばに居てくれて会話とかしてくれてる裏で、他の女の子とかと共同作業してるかもしれないって考えたら────共同、作業……」

「勝手にダメージを受けないでください」


 考えるだけで悲しくなってきた……いっそのこと皇くんのことこの家から出られないように監視役付けて、私が皇くんのお世話してあげよっかな。

 で!皇くんがおねだりしてきたら、私がいくらでも皇くんにお小遣いあげて、そのお金で皇くんは家の家賃を払って、進路とかのお金も貯めていけば良いし────でもそんな皇くんの自由奪っちゃうようなことしたら私が皇くんに嫌われちゃう!それだけは絶対嫌!

 あぁ、もうどうしよう……


「しばらく様子を見てみてはいかがですか?それでもしお嬢様が何かご不快になるのでしたら何か対策を講じるという形でも遅く無いと思います」

「……うん、そうする」


 私は冷蔵庫から飲み物を取って、キッチンを後にした。


◇皇side◇

「お待たせ」


 飲み物の入ったカップを二つ持った白鳥さんが部屋に戻ってきた。


「あ、白鳥さん、おかえりなさい」

「た、ただいま!……皇くんにおかえりって言ってもらえる人生幸せすぎるな〜」

「え?人生……?」

「こっちの話だから気にしないで!……あれ?」


 白鳥さんは飲み物をローテーブルの上に置くと、ソファに座っている俺の顔を間近で見て言った。


「皇くん、さっきまでより眠たそうな顔してる〜」

「そうですか……?それより、さっきの他のバイトの話は?」

「それはもう良いの!それより、もちろん皇くんの部屋も用意してるんだけど、初日記念で五分くらい私の横で添い寝してくれない?」

「添い寝!?無理ですよそんなの!恥ずかし────」

「そんなこと言わずに、五分だけ!」


 ……あくまでも俺は今住み込みをさせてもらっている身、そんな状態で白鳥さんの提案を断って「白鳥さんは一人で寝てください!俺の部屋があるなら俺はそっちで寝ますから!」とか図々しい────とは違うかもしれないけど、そんなことを言うのは少し気が引ける。


「わかりました、五分だけですよ」

「やった〜!」


 俺は五分だけと決めて、白鳥さんのベッドで一緒に寝ることにした。


「こんなところクラスの人たちに見られちゃったら、変な誤解されちゃいそうだね」


 隣で寝ている白鳥さんが意味ありげな雰囲気でそんなことを囁いたが、俺は無視して目を閉じることにして、五分の時が過ぎるのを待つことにした。


「皇くん無視した〜!……でも、添い寝してくれてるから許してあげる」


 それからは互いに何も言わずに、ただ静かな時間が過ぎていった。

 その静寂は、二日間合わせての中で三時間しか睡眠を取っていなかった体には、とても心地良かった。

 ……五分だけって決めてたのに、ベッドの心地良さも重なって────


「私、男の子とこんなに話したり、ご飯食べたり、お風呂入ったり、一緒に寝たりしたの初めてで、不思議な気持ち」

「……」

「さっきお風呂で話した人って、皇くんのことなの……皇くんが、私のことを大きく変えてくれたんだよ」

「……」

「皇くんからしたらどうでもいい小さな出来事だったと思うけど、私にとってはとても大事なこと……それでね、今日一日一緒に生活してみて、やっぱり私は皇くんのこと────って、皇くん?」

「……」

「嘘!?無視してたんじゃなくて本当に寝ちゃってる!?寝顔やっぱり可愛い……でも!私今結構大事なこと話してたのに!……でも、そんなかっこよくて可愛い皇くんも大好き、今日は一緒に寝ようね」


 次の日、目を覚ました俺は驚愕から始まることになった。

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