第10話 大事な話

 白鳥さんが、俺の背中を流す……!?


「そんなことしなくても良いですよ!だ、大体、どうして俺がお風呂に入ってるのに入ってきちゃったんですか?」


 俺が居ることに驚いた様子は無いし、背中を流すと言っているのだから俺が居たことは入る前から知っていたはず……


「付き人に皇くんがお風呂に入ったって聞いたから、私が皇くんの背中流してあげたいなって思って」

「なるほど……経緯はわかりましたけど、わざわざ白鳥さんが流してくれなくても一人で洗えますよ?それに、異性とお風呂に入ることの方が問題です!」

「気にしなくて良いよ」

「気にしないとか無理ですよ!」


 むしろ白鳥さんはどうして全く気にしていないんだ?

 一応俺がお風呂に入っているからなのか、もしくはいつもそうしているのかはわからないが白鳥さんは体にタオルを巻いている。

 そのため、一応変な事故になるようなことは無いだろうけど、それにしたって普通は少しぐらい恥ずかしがってしまうものだが……もしかして。


「白鳥さんは、俺のことはあくまでも仕事相手として考えてて、異性としては認識してないんですか?」


 そういうことなら、俺も変に意識せずに済むため、できるならその通りだと言って欲しいところ、だったが……


「ううん、今が人生で一番異性っていうのを強く感じてると思うよ」


 今までで一番異性という存在を意識しているらしい。

 だったら何故そんなにも平然としていられるのかがわからないな……俺が真面目にそのことについて考えていると、白鳥さんも真面目な面持ちで口を開いた。


「ねぇ、ちょっと私が皇くんの背中流してあげてる間にお話しない?」

「話……?」

「うん、私にとって……大事な話」


 さっきまでは色々と戸惑っていたが、白鳥さんは今から真面目な話をするとのことだったので、俺も一度今白鳥さんとお風呂に居るということを頭から消して、背中を流してもらいながら話に集中することにした。


「私、高校生になるまで、自分から積極的に仲良くなりたいって思った人はこの世にたったの一人も居なかったの」

「え……一人も?」

「うん、もちろん他の人から話しかけてくれて仲良くなったりはするんだけど、自分から仲良くなりたいって思ったことは一度も無かった……みんな、私の上辺しか見てないから」


 きっと、白鳥さんと俺含め普通の人たちとでは見えている景色が違うんだろう、だからこその価値観。


「それで、高校生に上がった時も、どうせ自分から仲良くなりたいと思える人とは出会えないと思ってたの……白鳥の名前に惹かれて話しかけてくる人たちが居て、今までと同じように高校でもそんな人たちと過ごすんだって────でも、違った」

「違った……?」

「入学してからすぐに、男の子二人で会話してるのを偶然聞いちゃったの」


 おそらく、その会話こそが白鳥さんの価値観を大きく変えるきっかけになったこと……つまり、白鳥さんにとってはとても本当に大事な会話だ。


「会話の内容は────」


◇入学当初◇

「なぁなぁ、隣のクラスの白鳥ってやつ知ってる?」


 廊下を歩いてたら、私からは死角になってる曲がり角の方から私のことを話してる男の子の声が聞こえた。

 どうせ、またお金持ちの────とかって噂されてるんだろうなって思ったけど、なんとなくその時はその話に耳を傾けたの。


「白鳥……?知らない」

「マジか、お金持ちで美人で、しかも噂によると入試のテストも学年一位だったらしいぜ!」


 ほら来た、私はそう思った。

 結局、高校生になっても同じ、小学生も中学生も高校生も大学生も社会人も、みんな人間。

 上辺しか見てくれない。

 私はそれ以上聞いてもまたいつもの話を聞くことになるだけと思ってその場を離れようとした────けど、もう一人の男の子の声が私の足を止めた。


「バイトで忙しくて学校のことあんまり知らなかったけど、そんなに苦労してる人が同じ学年に居たんだ」

「っ……!?」


 苦労……?

 私の話を聞いて、一番最初に苦労してるって言った人は今まで居なかったから、その時私は驚いて思わず足を止めた。


「苦労って……って変わってるよな〜、今の話聞いて苦労してるとか思うか?普通」

「だって、お金持ちってだけでもプレッシャーがすごそうなのにおまけに美人で頭も良いとか、絶対見えない苦労をしてるはず……多分なら三日も耐えられない」


 私はその話を聞いて、今までに無い感覚に包まれて胸を打たれていた。

 今まで誰も理解してくれなかったことを、私のことを知りすらしていなかった男の子がわかってくれてたから。


「中学の時もバスケ部で高校になってもバスケするつもりだから体力には自信がある俺によく三日も耐えられないとか言ったな!?」

「入学式の時から思ってたけど、もしかしてバカなのか?」

「はぁ!?入試テストの順位言ってみろよ!」

「今のはテストとかじゃなくて地頭の話だっただろ、そういうところもバカだな……ちなみにテストは22位」

「うっ……俺より9位分高い……」

「え!?学年人数167人の中で31位なのか!?……悪かった、神木は地頭は悪いかもしれないけど学力は低くない」

「皇〜!!近々ある身体測定で勝負────」


 そこからは普通の男の子の会話って感じだったけど、私はなんとなくその人の顔が見たくて、その二人が話してる曲がり角を曲がった。

 一人は茶髪でワックスを付けたりしてて、もう一人は黒髪で、派手なところはなかった────けど、私はどこか目を奪われて、その黒髪の男の子と目が合った瞬間────私の中に、今まで感じたことの無い感情が芽生えた。

 私の高校生活は、その感情があるだけで、今までの学校生活より何倍も、何十倍も、何百倍も楽しくなっていった。


◇現在」

「────っていう話、長くなっちゃってごめんね?」

「いえ、白鳥さんのことをよく知れて、とても良い話でした……でも、少し驚きました」

「何に驚いたの?」

「俺も入学してから間もない時になんとなく白鳥さんのそんな話を聞いて、同じことを思ったような気がするので」

「……うん、そうだと思うよ」


 鏡で見る白鳥さんの表情は、少し笑っているように見えた。


「でも、今の考えは違います」

「……え?違うの?」

「はい、今は……具体的にはわからないんですけど、白鳥さんは新しいことをとても頑張っている、ような気がします」

「っ……!……頑張ってるのは、皇くんのことだよ」

「え、今何か言いましたか?」

「ううん!何も?」


 その後、俺は白鳥さんに背中を流してもらってから白鳥さんに少し距離を取ってもらっている間に自分で体を洗ってお風呂に浸かった。

 そして、同じお風呂に一緒に居るだけでも大問題なのに、一緒にお風呂に浸かるなんてことになったらもう心の整理が落ち着かないため、白鳥さんが体を洗ってお風呂に浸かろうとしたタイミングで、俺は先に脱衣所に出た。


「皇くんって、やっぱりかっこいい……!」


 着替え終わって脱衣所から出ると、俺はどこに行けば良いのかわからなかったため、ひとまず白鳥さんの部屋に戻ることにした。

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