第9話 住み込み体験開始

 三十分前。

 三時間の睡眠を経て目を覚ました俺は辺りを見回した。


「白鳥さんの、部屋……そうだ、今日俺は白鳥さんの家に住み込み体験をすることになったんだったな」


 そこまでは良い。

 それでもし一日住んでみて何も問題無ければ本格的に住み込みするかどうかを決めることができる、だからそれ自体には何の問題は無い。

 今、一番問題なのは……


「どうして俺は白鳥さんのベッドで寝てるんだ!?」


 当然のことだが、白鳥さんの部屋には白鳥さんのベッド一つしかない。

 そして今俺が白鳥さんの部屋のベッドで寝ているということは、確実に俺は白鳥さんのベッドで眠ってしまったということだ。


「何やってるんだ俺は、いくら眠かったとはいえ白鳥さんのベッドで寝るとか……あり得ない」


 他の人の家で眠らせてもらうだけでもかなり親しい間柄じゃないとおかしなことなのに、それもその人のベッドでなんて……それも異性の。

 せめてソファとかで寝れば良かったものを……

 俺が後悔に苛まれているとドアが開いて、白鳥さんが部屋の中に入ってきた。


「あれ?皇くん起きてる」

「お、おはようございます」

「え〜!私さっきまでずっと皇くんの横居たんだよ!?今はほんの一瞬飲み物取りに行ってただけで!それなのに起きてるところ見れないの悔しい〜!」

「は、はぁ……」


 白鳥さんはせっかくずっと横に居たのに、起きた時には立ち会えなかったことが悔しいらしい。


「それより、すみません、白鳥さんのベッドで寝ちゃって」

「私が貸してあげたんだから気にしないで良いよ……皇くん三時間寝てたけど、やっぱりまだ眠たい?眠たそうな顔してる」

「今は寝起きだからっていうのもあると思いますけど、昨日寝てなくて今日の疲れも溜まってるので、三時間の睡眠でそれを全部回復するのは難しいみたいです……でも、三時間寝ただけでも結構体が軽く感じます」


 俺は改めて仮眠というものの重要性を知ることができた。


「良かった……あ、ちょっと待ってて、私ご飯作ってくるから」

「え、白鳥さんが作るんですか?」

「うん、いつもは専属の料理人が作ってるけど……皇くんには私のご飯食べて欲しいから」

「そうですか?わかりました」


 そう返すと、白鳥さんは一度笑ってからこの部屋を後にした。


「まさか、白鳥さんの料理を食べることになるとは」


 とりあえずベッドから降りてソファに座り、白鳥さんが料理し終えるのを待つことにした。

 それから十分と少しして、部屋のドアが開かれると美味しそうなご飯の匂いと共に白鳥さんがこの部屋に戻ってきた。


「お待たせ────あれ!?皇くんが私のベッドから降りてる!どうして!?」

「どうしてって、まさかずっと白鳥さんのベッドの上に居るわけにもいかないと思って」

「皇くんなら気にしなくても良いのに……あ!見て!私皇くんにステーキ作ってきたの!」

「ステーキ……!?そ、そんなのもらえないですよ」

「気にしないで!チラシにも書いてたと思うけど、三食付きで、あと皇くんが望むなら皇くん用の部屋もあるから!……私としては望まなくても────」

「もし住むってなったらそれはお願いしたいですけど、三食って……良いんですか?好条件すぎて怖くなってきました」

「何も怖いことないのに……今皇くんはまだ体調が整って無いと思うから、私が食べさせてあげるね?」


 白鳥さんはそのステーキの乗ったお皿をローテーブルの上に置くと、ナイフで綺麗に切り分けてフォークを使って俺にそれを差し出してきた。


「はい、あ〜────」

「ま、待ってください!別に熱出てるわけじゃないですから、ご飯は自分で食べられますよ」

「ダ〜メ!私が食べさせてあげる!皇くん、あ〜ん」

「ちょっと待────っん」


 それでも待つように言おうと口を開いたとき、白鳥さんはそのステーキを俺の口の中に入れて、しっかりと噛んで飲み込んだ。


「……美味しい?」

「はい、とっても……」

「良かった〜!私が作った料理で、皇くんの体が満たされていくんだね……そう考えると幸せになってきちゃった、もう一回あ〜ん────」

「もう自分で食べれますから!ナイフとフォーク、貸してもらっても良いですか?」

「そう……?……じゃあ、はい」


 白鳥さんはどこか悲しそうな顔をしながらナイフとフォークを渡してくれた。

 俺は慣れないナイフでステーキを切り、それをフォークで口に含んだ。

 ……やはり美味しい、料理人の人が作ったと言われても信じられるほどの美味しさだ。

 ステーキと白ごはんを交互に食べる。

 ご飯を食べる手が止まるところを知らない。


「私の料理を美味しそうに食べてくれてるのを見るのも、良い……!」


 白鳥さんは時々何かを呟いていたが、俺は特に気にすることなくステーキと白ごはんを完食して「ごちそうさま」を言った。


「ありがとう白鳥さん、美味しかったです」

「こんなので喜んでくれるなら、いつでも作るよ!」

「気が向いた時で良いですよ」

「え〜?あの顔が見れちゃうなら毎日気が向いちゃうかも〜!」


 自分の料理を美味しく食べてもらえたことが嬉しかったのか、白鳥さんはとても幸せそうな顔をしている。

 ……幸せそうなのは良いとしても、このステーキのお皿は早く洗わないと色々と面倒なことになりそうだよな。

 今日は住み込み体験っていうことだし、昨日よりも自由に動いてみよう。

 俺はそのステーキのお皿を持つと、部屋の外に出てキッチンを探────


「皇さん?どこかへ用事ですか?」


 部屋の外に出ると、ちょうど廊下を歩いていた白鳥さんのお付きの人に出会った。


「あぁ、白鳥さんのお付きの人ですか、この食べ終わったステーキのお皿をキッチンに持って行きたくて」

「そういうことでしたら、私が運んでおきますよ……それで、お嬢様とは何かしましたか?」

「何か……?あ、ご飯を作ってもらいましたよ?」

「……そうですか、そろそろお風呂に入っても良い時間ですね、本日お着替えは?」

「一応用意してます」

「わかりました、ではご案内します」


 白鳥さんの部屋は二階にあったが、お風呂は一階にあるらしく、廊下を歩き階段を降りて歩き、お風呂の前に着くまでに二分弱かかった。


「ここです」

「ありがとうございます……もう入っても良いんですか?」

「はい、では私はもう行きます……一応言わせていただきますがご安心ください、私は勤務中は全ての欲求と感情を遮断しているので覗き行為を行うことはありません」

「そんなこと心配して無いです!」


 大声でそう返すと、お付きの人は小さく笑って長い廊下を歩いて行ってしまった……感情を遮断していると言っていたが、俺のことを小さく笑うだけの感情は残っているみたいだ。

 ……昨日「どうか引き受けてください!」と俺に慌てて懇願してきていたが、もしかしたらあれがあの人の素なのかもしれない。

 そんなことを考えていても仕方ないため、俺はとにかくお風呂の中に────


「え、脱衣所!?広すぎないか!?」


 その脱衣所は、とても一つの家の脱衣所とは思えないほどに広かった。

 身なりを整えるための鏡の横にはしっかりとたくさんのタオルが積まれており、脱衣カゴなんかも充実しているようだ。

 俺は場違いな気分になりながらも、服を全て脱衣カゴに入れた。

 そのまま奥にあるお風呂に続くドアを開けようかとも思ったが、なんだかいつもと同じ状態で行くのも場違い感を増すと思ったため、俺は腰にタオルを巻いた……気持ちだけでもいつもとは違う自分になったところで、そのお風呂へのドアを開けてお風呂に入った。


「……え?お風呂なのか……?」


 そこで見た光景は、全く俺が想像していたものと違った。

 ドアを開ける前は、俺の家よりもお風呂が広くて湯船も広いんだろうな……ぐらいにしか考えていなかったが、もはやそんな言葉では許容できない。

 まず、湯船が湯船じゃない。

 いや湯船なんだけど、丸い円になっていて……とにかくお金持ちのお風呂って感じの湯船で、言うまでもなく広さも俺の家の湯船の十倍以上は確実にあって、ちゃんと測れば二十倍はあってもおかしく無いほどだ。

 そしてシャンデリア状の電気があって、床や壁は綺麗な白色に、ところどころ金色があって、とにかく豪華だ。


「本当に、別の国に来たみたいだ……」


 とりあえず、体を洗おう……俺はシャワーの前にボディーソープやシャンプー、トリートメントらしきものが置かれていたのでそれらに目を通す。

 まず欲しいのはボディーソープ、だけど……


「容器に書いてある英語が多すぎてどれがボディーソープかわからないな……」


 全ての英語を読むのは時間がかかりそうだったため、俺はそれぞれの容器からボディーソープという英単語だけを探すことにした……そして、二本目の容器を確認している最中、後ろからドアが開いた音がした。


「だ、誰がここに!?」


 俺は咄嗟に振り返って、ドアの方を見た。

 もし女性のお手伝いの人とかだったら厄介なことに……不安に思いながらも、俺は誰が入ってきたのかを確認する。

 最初はお風呂の湯気でよく見えなかったが、その人が近づいて来るにつれて誰かが判明した。


「白鳥、さん?」

「皇くん、私が背中流してあげるね?」

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