第8話 眠気

 登校早々不健康そうな俺の顔を見て、蓮は大声を上げた。


「に、似合ってるだろ?ゾンビメイクだ」

「まだハロウィンには早えよ!昨日連絡無かったし、何があったんだよ!?」


 昨日感想をメッセージで送らなかったのは、仕事先が白鳥さんの家であることを蓮に言うわけにはいかないと思ったからだ。

 メッセージで言えないならもちろん、たとえ実際に顔を合わせたとしても言えるはずがない。


「……」

「……はっ!わかったぜ、俺たちは親友、言葉なんて無くても俺にはちゃんと伝わる!綾斗……仕事先で美人な人見つけて、でもその人のこと口説いて良いかどうか迷ってたんだろ!」


 白鳥さんとお付きの人は二人とも綺麗な人だったから美人な人が居たことに関しては合っている、そのため完全に外れているとも言いづらいが、肝心の悩んでいる理由が的外れ過ぎて台無しだ。


「違う、そんなことで一睡もしないほど悩まない」

「一睡もって、大丈夫かよ?保健室行っとくか?」

「朝早々に保健室に行くようならそもそも朝から学校に来てない、とりあえず授業はちゃんと受ける」


 俺は席に着くと、机に頭を置いて腕で光を遮断して仮眠を取ることにした。


「しばらくの間話しかけないでくれ」

「マジ大丈夫かよ……ま、でもそういうことなら自販機でコーヒーとか買ってきてやるよ!」


 目を閉じているため走っていった姿を見る事はできなかったが、蓮が遠くへ走っていく足音だけはしっかりと聞こえた。

 コーヒーって、蓮は眠たそうにしている俺のことを無理やり起こさせる気満々なのか?

 授業はちゃんと受けるって言って、眠気に抗ってる俺のことを応援してくれるつもりでのことだと思うが、もう少し別に気配りの仕方は無かったんだろうか。

 そんなことを思いながら二分ほどそのまま仮眠を取っていると、俺の方に足音が近づいてきた。

 もう蓮が戻ってきたのかと思い顔を上げると、そこには白鳥さんの顔があった。


「白鳥、さん……?」

「き、昨日!休み時間に話すって言っ────た!?す、皇くん!?どうしたのその顔!?」


 俺の一睡もしていない不健康な顔を見て、白鳥さんも驚いている様子だ。


「す、すみません……実は一睡もしてなくて」

「一睡もって、どうして!?」

「住み込みの件で、悩んでて……別に今の家に思い入れがあるわけじゃないので引っ越しても良いかなと思ったんですけど、もし蓮とかと家で遊ぶってなった時に白鳥さんの家に蓮を連れてくるのも申し訳なくて、でも仕事を受けないのはせっかく昨日時間をいただいた意味が無くなると思って、それで眠れなかったです」

「私とお話しながら決めてくれても良かったのに!でもそれで一睡もできなくなるほど悩んでくれるの良い……」

「何か言いましたか?」

「な、何も……とにかく、その調子だと今日は帰るのも一苦労だと思うから、昨日みたいに私の送迎ついでに皇くんも私の家来る?それで一日だけ住み込み体験してみよ?」


 住み込み体験……そうか、一睡もできないほどに考えていたのに一日だけ試させてもらうという発想が無かった、色々な問題が起きるかどうかを確かめる意味でも実際に行動に移すのはとても重要なことだ。


「わかりました、じゃあそれでお願いします」


 眠くて脳が疲れている俺には、考えることすら疲れることだったので、とりあえず納得できる理由を見つけてそれで決定することにした。


「やった!でも、まず私の家に着いたら寝るところからしないとね、今度からはしっかり寝ないとダメだよ?睡眠は大事────」

「綾斗起きてるか〜!コーヒー買ってき────し、白鳥!?どうして綾斗の席に!?」

「神木、蓮……」


 俺と白鳥さんはコーヒーを二つ持って俺の席に走ってきた蓮の方に目をやった……まずい、白鳥さんと話しているところを見られてしまった。


「蓮、この状況は────」

「こ、怖っ!白鳥!?なんだよその目!?」

「え、何が?変なこと言わないでよ」

「いやいやいや、いつもは青く輝いてる目が今はその輝きを失っていつもより暗くなってないか!?」

「デリカシーって知らないの?よくそんなこと言えるよね」

「デ、デリカシーとかって話じゃなくないか?……悪い綾斗、コーヒー二人で飲んで駄弁ろうと思ってたけどタイミング悪そうだからまた後でな、コ、コーヒーは二人にあげるから、仲良く話しててくれ……じゃ、じゃあな!」


 蓮は俺たちにコーヒーを渡すと、この場から逃げ出すようにして教室の外に走って行った。

 ……朝から行ったり来たりして、蓮は大変だな。


「今日は早くどっか行ってくれて良かった……コーヒーなんて、私はいらな────す、皇くんと同じコーヒー!?」


 白鳥さんは俺に背中を向けると、何かを呟き始めた。


「皇くんと同じコーヒーを飲むってことは、実質皇くんと同じ味を堪能すること、それってつまり皇くんと五感を共有するってこと!?」

「あの、白鳥さん?」

「ど、どうしよ……そんなことになったらとてもじゃないけど冷静で居られる気はしないし……す、皇くん!このコーヒーは、私の家に入ってから一緒に飲もうね?それで良い?」


 再度俺に向き直った白鳥さんは食い気味でそう言ってきた。


「わ、わかりました」


 俺はその謎の勢いに負けてその提案を承諾し……気がつけば放課後。

 体が睡眠を欲している中で、俺はどうにか白鳥さんの家に着くまでは起き続けて、白鳥さんの部屋に入るとベッドを貸してもらえることになったので今日住み込みを選択する場合に備えて持ってきていた部屋着に着替えて三時間ほどそのベッドで眠らせてもらうことになった。

 とても寝心地が良い、それに白鳥さんの良い匂いがする。

 眠気に包まれた脳内でそんなことを思いながら俺は眠りへと落ち……三時間の睡眠と、加えて三十分後。


「皇くん、あ〜ん……美味しい?」


 ……どうしてこんなことになってしまったんだ!?

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