第7話 迷い
ふと目を覚ますと、甘い香りがした。
俺の部屋はいつからこんなに甘い香りがするようになったんだろうか、という疑問を抱きながらも、俺は何となくまだ寝ていたかったので目を閉じた。
床がいつもより痛く無くて、枕はいつもよりも厚みがあってとても心地良く感じる。
「寝心地は良い?」
「あぁ、とっても」
「ならもう少し寝てて良いよ」
俺はその言葉に甘えて、もう少し眠ることに────あれ、今どういう状況だ!?
俺は横になっていた咄嗟に体を起こして、周りを見渡す。
そうだ……ここは白鳥さんの部屋だ。
「す、すみません、本当に寝ちゃって……」
「ううん、気にしないよ、私の膝の上で気持ち良さそうに寝てたから、それで日々の疲れがちょっとでも取れたなら嬉しいよ」
「……え?」
私の膝の上で、気持ち良さそうに……寝てた?
……そういえば俺はソファにもたれる形で寝ていたはずなのに、どうして横になっていたんだ?
俺はさっき自分が横になっていた場所を見てみる。
そこには、白鳥さんが座っていて、俺が頭を置いてあった場所には白鳥さんの膝があった。
「あの……もしかして、俺って白鳥さんの膝の上で寝てました?な、なんて、そんなわけないですよね?」
「え?私の言葉が聞こえなかったの?それともまだ寝ぼけてるのかな、さっきも言ったけど、皇くんは私の膝の上で気持ち良さそうに寝てたよ」
「……」
俺は即座に部屋カーペットに両手を置いて頭を下げた……つまり、土下座をした。
「すみませんでした!」
あくまでも今日は仕事のために来たというのに、それが白鳥さんの膝の上で寝てしまうことになるなんて……申し訳無さ以外の感情が湧いてこない。
というか、こんなことをもし他の誰かに知られたら色々と変な噂が立って白鳥さんに迷惑がかかるかもしれないし、下手したら俺が糾弾を受ける可能性だってある……というか、もう白鳥さんには白鳥さんの膝の上で寝てしまうという迷惑なことをしてしまっている。
今はただただ白鳥さんに謝罪する他無い。
「えぇ……!?謝らないでよ、私が皇くんの頭を私の膝の上に置いたんだから、皇くんは何も悪くないよ」
「そ、そうだとしても、仕事で来てるのに寝てしまうというのは────ん、そういえばどうして俺の頭を白鳥さんの膝の上に?」
「ソファにもたれて寝ちゃうとソファの角のせいで寝心地悪いと思ったから」
それだけの理由で……今までお金持ちの優等生ということしか知らなかったが、白鳥さんは俺が思っているよりもずっと優しいのかもしれない。
「優しいんですね」
「ううん……それより、もうそろそろ18時30分になるけど、帰らなくても平気?」
「あぁ、俺両親がどっかに行ってて妹も海外に行ってるので、今一人暮らしなんです……なので、特に門限とかは無い、んですけど夜遅くまで居るのも申し訳ないので帰りますね」
「別に良いのに……皇くん、明日からこの家に住んでくれるかどうかは決めた?」
「……その話は、明日学校で話します」
「え、学校で……?」
「はい……ダメでしたか?ダメなら電話とかでも────」
「ううん!学校!学校で話そ!休み時間ね!」
「わかりました」
正直、今でも迷っている。
明日からこの家で住む、ということは同時に白鳥さんと同じ屋根の下で暮らすということ。
お付きの人が言っていたように、確かにこの家は広いから同じ屋根の下と言っても仕事関係以外で会うことはそうそう無いのかもしれないが、それにしても同じ家で過ごすというのはそれだけで何か意味を持ってしまうもの。
だからと言って住み込みを選択せずにこの仕事を続けるのは至難の業。
俺が悩みながら白鳥さんの部屋を出ると、そこにはお付きの人が居て、車で学校前まで俺のことを送ってくれるということだった。
そして車内。
黒髪のお付きの人が、俺に話しかけてきた。
「皇さん、お嬢様とは上手にやっていけそうですか?」
「上手にというか……正直、困惑しています、バイトに応募したと思ったらそれが同じクラスの白鳥さんの家での仕事で、しかもその仕事内容が白鳥さんのお世話だなんて……」
「……いきなり、ですか」
お付きの人は少し間を空けると、窓の方を見ながら言った。
「皇さんがどうしても皇さんの自由です、住み込みを断ることも自由ですし、この仕事自体をやはり受けないというのも自由……ですが、許されるのでしたら一つだけ言わせていただいてもよろしいでしょうか」
「……なんですか?」
喋り口調が重たかったため、俺はどんなことを言われるのかと身構えた……が、窓を見るのをやめてこちらを向いたお付きの人は慌てながら懇願してきた。
「お願いします、どうか引き受けてください!私は毎日毎日あなたのことを自慢されて来たのですが、それでいざ私が「そんなにお好きなのであれば話しかけてみては?」と言っても「緊張するから無理!あといつも邪魔者がいるから……」とかって言って一向に行動しないんです!私は一応お嬢様や皇さんと同い年、それなのにあんな話を毎日されてもただ困るんです、だからお願いします、どうか引き受けてください!」
「す、すみません、何言ってるのか全然わからなかったんですけどとりあえず熱意だけは伝わりました……」
俺は学校前まで送ってもらうと、一言感謝を告げて家に向かって歩き出した。
……どうしたものか。
蓮には感想をメッセージで送るって言ったし、帰ったら蓮にも軽く相談────できるわけないよな、まさか仕事先があの白鳥さんの家だなんて。
「……はぁ」
俺はその夜、ひたすら悩みに悩んで、一睡もすることができなかった。
そして次の日。
「うわっ!?どうしたんだよその顔!?」
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