第5話 住み込み選択可
ときめかせる……白鳥さんのことを普通の女の子、と仮定して良いのかはわからないがそんなことを言い出したらキリが無いからとりあえず普通の女の子だと仮定して、普通の女の子がされたらときめきそうなこと。
すぐに思いついたのは壁ドンとか顎クイと呼ばれるものだが、そんなこと現実でやってもおそらくただやばい人だと判定されてときめかせるどころかイラつかせることになってしまう。
あぁ、落ち着け、白鳥さんの家まであと何分で着くのかは知らないが、車とはいえ毎日通っている距離ならそう遠くはないはず、とにかく何か行動に起こして見ないことには何も始まらない……でも、行動に起こすって言っても、何をどうすれば────ん?
「白鳥さん、肩に糸くずが付いてる……裁縫の授業の時にでも付いたのか」
俺はときめかせるという目的を一瞬忘れて、純粋に白鳥さんの肩に付いている糸くずを取った。
「あの……ゴミ箱とかってあったりしますか?この糸くず捨てたいんですけど……」
「受け取ります……それと、合格です」
お付きの人は俺から糸くずを受け取ると、蓋が自動で開くゴミ箱に入れた……か、かっこいい、蓋が自動で開くゴミ箱、実在していたのか。
……それよりも。
「合格って、今のテストの話ですか?」
「はい、お嬢様をときめかせたら合格……という話でしたので、合格です」
「……え?」
俺はその言葉の真偽を確認するために、白鳥さんの方を確認する。
よくわからないが、ちょっと糸くずを取るために肩に触れただけでときめくはずが────
「皇くんに……!肩、触られた……!ゆ、夢じゃない……やっとこの日が来たのね!長かった……!あぁ……!」
小さな声すぎて何を言っているのかはわからず、ときめいているのかどうかもわからないが、何かしら感情が動いているのは表情と動きを見る限り間違いない。
「あれ……本当にときめいてるんですか?」
「それはもう、今は童話の世界のお姫様役になった気分だと思いますよ」
「は、はぁ……なら良かったです」
糸くずを取ってもらえたことがそんなに嬉しかったのか、という疑問は残るが、その数分後、俺はいよいよ白鳥さんの家の敷地内に入った。
「車が入れる敷地はここまでですので、ここからは歩きで家に向かいます」
「わかりました」
俺と白鳥さんとお付きの人はリムジンから降りると、お付きの人が俺たちを先導してくれるように歩き出した。
俺たちもそれに続く。
「この庭、全部が敷地内なんですか?」
「はい、数人の庭師によって常に整備されています」
庭師……庭の花とかを管理する人、だよな?
そんな人まで居るなんて……やっぱり白鳥さんは、俺とは別世界の人だ。
「前に見えているのがお嬢様が住んでいる家です」
「あぁ、あれが────え、あれですか!?」
俺の目に映っているその家はヨーロッパを想起させるような外装で、何よりとても大きい、家なのかすら怪しい。
もし博物館と言われてもギリギリ信じられるほどの大きさだ。
「わかりやすく説明すると、邸宅と呼ばれています」
「邸宅……」
聞き馴染みが無さすぎてよくわからないが、とにかく値段が張る家だということだけはわかった。
「明日からは皇さんの住む家でもありますので、後ほどしっかりとご案内させていただこうと思います」
「そうなんですか、わざわざありがとうございます……ありがとうございます!?」
「どうして二回言ったんですか?」
お付きの人は冷静な口調で聞いてきた。
い、今この人なんて言った?
「聞き間違えじゃなかったら、今もしかして明日から俺がこの家に住むとか言いました?」
「おっしゃる通りです、チラシにも書いてあったのでその件に関してはもう了承されているものと思いました」
「チラシ……」
チラシに書いてたことって、確か……
『時給二千円 住み込み選択可 三食、個室付き 高校生以上 仕事が難しくても気軽に聞ける環境です! 電話番号△△△-○○○○-○○○○』
だったよな?
俺の記憶が間違っていなければ、住み込み選択可っていう表記だったはず。
つまり、あくまでも住み込みで働くかどうかは俺が自由に決められるはずだ。
「チラシには住み込み選択可って書いてただけで、別に強制ってわけじゃないんですよね……?」
「はい、嘘は書いていません」
「だったら、俺はわざわざ住み込みはしません、大体異性と同じ屋根の下で暮らすなんて、そんな簡単にできるわけないじゃないですか」
「邸宅と言うだけあって家は広いので、お嬢様の部屋以外で同じ屋根の下という感覚にはならないと思いますよ……それと、もし住み込みなさらないつもりなのでしたら、毎朝少し忙しくなってしまいますがよろしいのですか?」
「え……?」
毎朝忙しくなる……?
どういう意味だ?
「この仕事は、毎朝七時ほどにお嬢様を起こすところから始まります、もし住み込みなさらないのであれば皇さんは毎朝六時ほどに起きて支度し、徒歩か自転車でこの家まで来てお嬢様のことを起こす、という朝行うにしてはハードなことを毎日していただくことになります」
「え!?ちょ、ちょっと待ってください!起こすって、白鳥さんはいつも遅刻したりしてないですし、起こさなくても問題無いんじゃないですか?」
「お嬢様は朝がとても弱いんです、なので毎朝私が起こしていたのですが……お嬢様と来たら、毎朝毎朝皇くんに起こしてもらいたい皇くんに起こしてもらいたいって言って、そんなこと言われても私は私ですからそんなことできるわけないじゃないですか、それでも私は気にせずに毎朝お嬢様のことを同じ時間に起こしていたのですが、そんなことを何百日も続ければいくら相手がお嬢様と言えど怒りの感情ぐらい沸きますよ、なので────」
「お、落ち着いてください!わかりました、わかりましたから」
本当は勢いが凄すぎて何を言っていたのかわからなかったが、とりあえずここは宥めておこう……あまり感情を見せない人だと思ったが、ちゃんと感情を見せる時もあるんだな。
「……すみません、とにかく毎朝ご自宅からこの家に来てお嬢様のことを起こすのは大変だということをお伝えしたかったのです」
「そうですか……あの、白鳥さん」
「何?皇くん」
俺はずっと黙っていた白鳥さんに素朴な疑問を聞いてみることにした。
「朝、苦手なんですか?」
「えぇ、そうなの……私も起きようとは思っているんだけど、夢の世界の皇くんが────日頃疲れが溜まっているみたいで、どうも朝は弱いみたいなの」
「そうですか」
家柄上、俺にはわからない苦労とかもしているだろうし、その分疲れが溜まっていて朝起きれない、ということなら納得がいく。
……でも。
「本当に俺が白鳥さんと同じ家で暮らしても良いんですか……?仮にも異性同士で、何かトラブルが起きるかもしれないですよ?」
「もしお嬢様が愛を求めて擦り寄って来たらベッド近くにある引き出しの下から二番目に入っているものをお使いください、きっと役立つはずです」
「ペットじゃないんですから……そういう心配をしてるんじゃなくて────とりあえず今は先に案内していただけるとありがたいです」
どうするかを決めるにしても、まずは家の中とか細かい仕事内容を実践的な形で聞いてからだ。
「かしこまりました」
俺たちが大きな庭を歩き白鳥さんの家の前まで来ると、お付きの人は鍵を開けてドアを開けた。
「まずはお嬢様の部屋に案内────」
「待って、ここからは私が皇くんのこと案内する」
「お嬢様……?」
本来ならお付きの人が俺に家と仕事の案内をする予定だったみたいだが、白鳥さんが突然案内役を買って出た。
白鳥さんはどうして突然そんなことを言い出したんだ?
お付きの人は呆れたようにため息を吐くと、白鳥さんが言う通りここからの案内役を白鳥さんに譲り、先に家の中に入って行った。
……ここからは、白鳥さんと二人?
俺はどこか緊張しながらも、仕事だと言い聞かせて白鳥さんと一緒に家の中に入った。
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