第22話 菊①

 この世界には除去システムがある。


 もし仮に、命の概念が存在しなければ、この世界は生物で溢れ帰ることになる。


 いや、生物という概念も命の概念によって生み出されるものである。


「キャキャキャキャ。」


 扇雪みゆき達の目の前にいるこの少女もその装置の一つである。


「まだ、くたっばちゃいねーみたいだな。」


 山田浅右衛門


 江戸時代の首切り役人とはまた別に存在する名前。占星術師織に反乱者が出た場合、それを処理する人物又は部隊が必ず存在しなければならない。除去システムがなければ、地球がやっていけないのと同じように、占星術組織もやっていけない。


 日本の“山田浅右衛門”


 フランスの“暗殺の天使”


 イギリスの“切り裂き”


 中国の“七仙女”


 各国に複数存在し、実体は明らかではない。だが、幕末期のように国防にかり出された場合、極東騒乱のように各国が最終兵器として投入した場合といい、彼らによって生み出される損害は計り知れない。


 そして、彼らは対人戦闘のプロフェッショナル。


「ちっ...。」


「まじ...?」


 浅右衛門の攻撃をよける二人。


 扇雪みゆきは右腕を、深雪みゆきは右足を切られる。


 占星術師にとって四股の欠損は気になることではないが、治すために霊力と時間を消費する。


 その弱点を理解して、それを的確に実行する剣の腕をもっているのが浅右衛門である。


 だが、それは一般的な占星術師に対しては有効であるが、扇雪みゆきと御井家の相伝の“固有式”を運用できる深雪みゆきにとっては意味のないことである。


 扇雪みゆきは一瞬で腕をなおし、右手を浅右衛門に向かって伸ばす。


「キャキャキャキャ。想定済みだよ。“死神”。」


 扇雪みゆきの右手は弾かれる。


「簡易結界か...。ということは...。」


「―略式詠唱―真理しんり除却じょきゃく


 突如として現れるおかっぱの少女。


(ちっ...。倉橋くらはしのやつか...。)


 扇雪みゆきが反応しきれないため深雪みゆきが鎌で少女の攻撃を防ごうとするが、すり抜けて深雪みゆきに斬撃が入る。


「っ...。やばすぎでしょ。“術式解放”の詠唱を略式で済ますなんて...。」


 深雪は体が上下で真っ二つになる前に自身の“固有式”で少女の刀を固定する。


御井みい深雪みゆき様。初めましてですね。私は倉橋くらはし小晴

《こはる》。当代の倉橋くらはし家の当主に御座います。扇雪みゆきの方はお元気そうで何よりといった...。」


 小晴こはるの早口な挨拶を言い終えるよりも前に、深雪みゆきは鎌を振るう。


「あれあれ、せっかちな人は...。と話過ぎました。」


 (倉橋くらはしの当主に浅右衛門...。どういうことだ...。上帝家が指示した...?何故...?)


「我々は上帝家の指示以外でも動きますよ。“柊”の筆頭でもなければ“九重”の人間でもない。」


「キャキャキャキャ。それ以上は話すなという指示だろう。」


「そうでしたね。」


 倉橋家と山田浅右衛門本来であれば扇雪みゆき達と協力するはずの人間達。だが、彼女たちは操られたりすることなく扇雪みゆきと敵対する。それも全て“六合”の調和によるものである。

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