第8話 夢②

「始めから疑問に思いませんでしたか~?」

「(イラッ)」

「怒らないでくださいよ。扇雪みゆきちゃん。」


 ラスプーチンは草原の先にある沈む太陽を眺めている。空の色は暖色から寒色へと変わり始めている。


「“六合”が脱走し、そこから、聖都に行くという情報が勝手に漏れている。そして、何よりこの船に多くの占星術師達が集まっている。少しは疑問に思ってくださいよ~。」

「...。」

「“太裳たいじょう”が司るのは過去ですよ。彼女では出し抜けない。」


 ラスプーチンは口に含んだ煙を吐き出す。


「“予定調和”それが平和を望む“六合りくごう”が生み出した“固有式”ですよ。極東騒乱の時から全て仕組まれてたんです。」

「まさか...。範囲が広すぎる。」

「そうですよ。もし仮に“太裳たいじょう”がそれを見抜けていなかったとしたら?」

「...。」

「いくら結界を閉じない領域型だったとしても、この船が限界でしょう。ただし、この船に乗ってしまえば...」

「いくらでも、奴の思うとおりってことか。」

「えぇ。そういうことです。ここにさえ入ってしまえば、いつもは疑問に思っていることですら、疑問に思わなくなり、彼女の盤上の駒になってしまう。」

「なるほど、だが...。」


 扇雪みゆきは自身の力量、いや使用可能な術式では“六合りくごう”の能力を防ぐ手立てがないような気がしている。


「結界で閉じるタイプの領域型“術式解放”は必殺とも言えますが、当然それを防ぐ手立て、仮想領域や簡易結界等の対魔式が存在します。ですが、結界で閉じなかったとしてもそれは利用できます。」

「まさか、“霜零そうれい”が発動できなかったのは...。」

「えぇ、彼女の領域から干渉されたともいえますし、押し合いに負けたとも言えます。その地点で扇雪みゆきちゃんは疑問を持つようになった。」

「...。」


「一つだけいえることは、ここは彼女の領域ばしょです。」


 再度、暗闇の世界に戻る。


「一つだけ」

「ん?」

「お前は敵ではないだろうが味方なのか?」

「私は私の目的で神域を顕現する必要がある。そして、彼女もまた目的がある。ただ、それだけです。」


 暗闇の世界に亀裂が入る。


「ふむふむ。これが扇雪みゆきちゃんの対魔式なんですね。」

「ああ、解析に時間がかかってしまった。」

「理想領域自体を解析するなんて化け物って分かってます?」

「...。」


 ラスプーチンの領域が崩壊した瞬間、扇雪みゆきは地面を蹴る。


「っ―。」


 扇雪みゆきはラスプーチンの首に手をつける。


「別に、オレはおまえ達がどうだろうとどうでもいい。だが、あいつの敵になるなら容赦しないぞ。」

「ふ~ん。無条件の信頼。あぁ~あ。退屈。」

「...。」

「私、きらいなんですよね~。過去にとらわれただけの存在が。」


 ラスプーチンは煙草を地面に捨て、それを足で踏みつぶす。


「まあ、扇雪みゆきちゃんがいる限りは敵にはならないですよ。」


 作られたような笑みを浮かべラスプーチンは消える。そして、扇雪みゆきはいつの間にか、船の中に戻っていた。


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「過去にとらわれることは夢を見ないと同じことです。」


 ラスプーチンは海を眺める。


「あの革命も、私が用意したがなければ、成立しなかった。」


「ですが、正統派の影響力が削ぎ切れていない。まあ、外の世界がいくら変わってもこの世界はいつまでも変わることはない。」


「さて、唯一神の名を二つ名に冠することを許された“神速”、“半霊半人エルフ”の末裔、極東騒乱を生き抜いた“聖剣”保有者。この船には曲者揃いですからね~。それに各国占星術組織が追加で聖都に派遣を決めたみたいですね~。さてさて、どうなることやら。


 どこかで聞いたことがありますよね~。兵どもが夢の跡。そうならないことを願いますかね~。久遠くおんちゃんのやり方でね~。」


 いつの間にかラスプーチンは消えていた。

 そして、ラスプーチンが座っていた場所には絨毯がしかれていた。

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