かつて剣聖と呼ばれたアラサー社畜、会社の命令で撮ったダンジョン料理配信にてバズり散らかす~元最強のブラック社畜が、S級モンスターをあっさり食して伝説になった話~
第12話 アラサー社畜、修羅場に居合わせる
第12話 アラサー社畜、修羅場に居合わせる
「お、田中っち! こっちこっち~!」
翌朝、都内の瀟洒なカフェに入ると、奥の席に彼女はいた。
短い金髪に、小麦色の肌をした、タンクトップ姿のサーフィンとかやってそうな女性。大学の先輩、中山なおである。
「ご無沙汰してます。先輩」
「おひさじゃん田中っち~!」
席の方へ行くと、彼女はハグしてきた。帰国子女の彼女は、このように結構スキンシップを取ってくる。俺はそれがちょっと苦手だった。それに、いまは気恥ずかしさもあった。というのも――。
「あの? なんで抱き合ってるんですか?」
俺は振り返る。そこには、こちらを睨む新城さんの姿があった。
絶対帰った方が良いと何度も言ったのについてきた彼女は、犬歯をむき出しにして中山先輩のことを睨んでいた。まるで威嚇する犬みたいだった。
「えっと、これは先輩の挨拶みたいなもので……」
「へぇ、挨拶ですか。ふぅん……」
彼女は横目に俺を見てくる。明らかに機嫌が悪そうである。徹夜だからだろう。
「あ、配信にいたダンジョン管理局の子じゃん。初めまして~!」
そんな彼女にも、中山先輩は抱きついた。この通り、分け隔てなく人と接するのが中山先輩の特徴である。
「ほ、ほあっ!?」
「いやぁ、ちっこくて可愛いねぇ、君。見てたよ~、配信」
「は、はぁ、ど、どうも……」
彼女は新城さんの頬を指でくりくりしながら楽しげに笑っていた。相変わらず、エネルギーが有り余っているというか、人生を楽しんでいるような雰囲気の人だった。
「……眠いので、要件に入ってください。先輩」
「ふふふ、ごめんごめん。ま、座って座って」
俺と新城さんは席へ着く。やってきた店員に、全員コーヒーを頼んだ。そのとき気付いたが、なぜか新城さんは椅子を俺の方へずりずりと近づけてきていた。なんでなのだろう。
「さて、単刀直入に言おう。田中っち。うちの事務所で配信しない?」
彼女は名刺を渡しながら上目遣いにこちらを見た。俺は名刺を受け取って、その内容を確認する。株式会社セイブ、代表取締役、中山なお、と書かれていた。
彼女がダンジョン配信事務所を立ち上げたこと自体は知っていた。『これからはダンジョン配信の時代だよ、田中っち!』そう言って、大学卒業と同時に起業したのだ。バイタリティ溢れる彼女ならではの行動と言える。どうやら彼女の高級そうなスーツを見るに、経営は成功しているらしい。そこは後輩として素直に嬉しかった。
「なぜスカウトするのか、って部分は言わなくて良いよね。最近の田中っちの配信。他に類を見ない勢いで成長してるでしょ? うちとしては、その恩恵にあずかりたいってワケ。っていうか、ずいぶん手慣れてるみたいだけど、昔から配信してたの?」
「えぇ、まぁ」
「ふぅん。私に黙ってそんなことしてたんだぁ」
彼女は組んだ手の上に顎を乗せ、上目遣いに俺を見た。
「寂しいなぁ。私と君の関係なのに、教えてくれないなんてねぇ」
「す、すみません……」
「あの? 先輩だからって教える必要はないと思うんですけど?」
新城さんはテーブルを指で叩きながら先輩を睨んでいた。
「先輩と後輩の関係なら、そんな親しい間柄じゃないし、隠し事だってあるはずですよね?」
「……ははーん」
じっとりと睨む新城さんを見て、中山先輩はにやりと笑った。
「新城ちゃん。やきもち焼きなんだぁ」
「……だったらなんなんですか?」
二人はなぜか視線をぶつける。俺は小首をかしげた。
「あの……?」
「田中っち」
「はい?」
「私と君って、何年来の付き合いだっけ?」
「大学一年からだから……えっと、かれこれ九年か八年は経ってますね」
「そうだね田中っち。その間、色々な事があったねぇ」
中山先輩は眉を上げて新城さんのことを見る。
「色々なことが、ね……?」
「……へぇ、そうですか。でも――」
新城さんは俺の方へ体を近づける。
「あなたは田中さんの手料理を食べたこと、あるんですか?」
「……」
再び視線がぶつかる。二人は微笑んでいた。でも目が笑っていない。
「なんでそんなふたりして見つめ合ってるんですか?」
「別にぃ?」
「別に!」
二人はほぼ同時に言う。本当に何もないのだろうか。
「っていうか、話を戻してくださいよ。先輩。俺、早く帰りたいんです」
「はいはい。じゃ、じゃれ合いはこのくらいにして、ビジネスに戻りましょうか。もう一度明確にしておくと、私は田中っちに、私の事務所で配信して貰いたい。それは何故かと言えば、最近の君の集客力はめざましいものがあるから」
彼女は背筋を伸ばし、真面目な顔を作る。
「ま、ともあれ私たちも甘い蜜を吸うだけってわけじゃない。私たちの事務所に入ってくれれば、配信の収益の殆どが田中っちに入る事になる。いまは固定給のままでしょ?」
「はい。でも、そんなに稼いでないと思いますけど……」
「ふふふ、私、田中っちの配信の収益額、計算してみたんだけど。二回の配信で、多分……」
彼女は俺の耳元に顔を近づけて、金額を囁いた。俺は目を瞬かせる。
「お……億……?」
「か、顔が近いんですけど! 離れてください!!」
「はいはいごめんね。ま、そういうことよ。田中っちは会社にしっかり搾取されてるってわけ。私の事務所に入れば、そういうこともなくなる。少なくとも、収益の九割をあなたに還元してあげる。機材の費用も出すし、固定給も出すよ。それに――」
それに、と彼女は店員が持ってきたコーヒーを飲みながら言う。
「深夜に配信してるところを見るに、他の仕事と並行してやってるでしょ。事務所に来ればそういうこともなくなる」
彼女は笑みを作って俺を見た。
「楽に稼げるよ。どう? 相当いい条件だと思うんだけどな」
「は、はぁ……」
「おや、浮かない顔だね。なにか気に入らない?」
「いえ、素晴らしい条件ではあると思うんですけど――」
好待遇だし、きっと生活は楽になる。それはわかるのだが――。
俺中山先輩に向かって苦笑する。
「急に会社辞めたらって言われましても……」
そう。そう言われても、すぐに辞めようという気持ちにはならなかった。
それなりに長く努めていた会社だ。ブラックではあるが、愛着自体はある。
「それに、会社辞めたらあのチャンネルを使えなくなりますよ? また一から視聴者を集めないといけない。それが出来るかどうか――」
「君の視聴者は、会社の調味料が見たくて登録してると思う?」
「……」
「分かってるでしょ。彼らは、君を見たくて配信を見てるんだよ。集め直すのはまったく難しくない」
彼女は真剣な眼差しでこちらを見る。俺は視線を逸らした。
「少し、考える時間が欲しいです」
「……ま、そうだね。即断即決とはいかないか。とにかく、考えておいてよ……ま、私はどうせ、田中っちはうちに来ると思ってるけどね」
「なんでです?」
「配信を見てて気付いたんだよ。田中っちと会社の間には、溝がある」
彼女は真剣な眼差しで俺を見た。
「その溝は、決して埋まらない。近い将来、君と会社は、ぶつかることになる。器用な君のことだ。それくらいは、自分でも分かってるんじゃないかな」
「……」
沈黙。彼女はそこで手を叩き、笑顔を見せた。
「さて、朝食まだでしょ? 私が驕るから、何か食べてきたら? ほら、そこのパン置いてあるコーナーあるでしょ? ここは結構美味しいって有名なんだよ」
「いや、そういうわけには……」
「奢って貰えるんですか!?」
だが、新城さんはぱぁっと顔を輝かせて席を立った。
「ありがとうございます! じゃあ、私パンを選んできます!」
そう言って、彼女は鼻歌交じりにパンのコーナーへ向かった。それを見ながら、中山先輩は子供を見るように苦笑する。
「素直で可愛い子だね」
「はぁ……」
「っていうか、君、髪切りなよ。前髪長くて顔がよく見えないよ」
「時間がなくて……」
「まったく。イケメンが台無し。お、相変わらず大きい手だ」
そう言って微笑むと、彼女は俺の手を取り、弄り始めた。
「……あの……」
「久しぶりに会えてうれしいなぁ。でも、まさか君がこんなビッグになってるとはね。本当は仕事のお話しじゃなくて、どこか遊びに行く連絡をしたかったんだけど」
彼女は俺を見て苦笑した。
「ま、君はいつものようにのらりくらり私の誘いを断るんだろうけどねぇ」
「忙しいものですから」
「ふぅん? でも、うちに来ればそんなに忙しくはなくなるよ?」
彼女は俺の方へ顔を近づけてくる。額と額がぶつかった。
「そしたらさ、一緒に遊ぼうよ。色んなところで二人で行ってさ。それで――」
彼女は微笑み、強く俺の手を握った。
「それで、私と――……」
「先輩は相変わらずですね」
彼女はこちらを見た。俺は苦笑する。
「誰にでもスキンシップをとって、誰とでも近い距離で話す。なんていうか、羨ましいですよ。僕も先輩みたいに、友人とそういう風に話せたら良いのになぁ」
俺は笑った。だが、先輩からの返答はなかった。見ると、彼女は呆れ顔でこっちを見ていた。
「……あの?」
「君は本当に変わらないねぇ」
彼女は溜息を吐く。
「唐変木って感じだ。何年もアプローチしてるのに、これだもんなぁ……」
「あの、すみません。俺、何か気に障るようなこと言いましたか……?」
「相変わらずお優しいことだねぇ。まぁ――」
彼女は憮然とした顔で俺を見る。
「私はそんな君が好きなんだけど」
「俺も先輩のことは好きですよ」
俺は苦笑しながら言った。だが、先輩は不機嫌そうな顔を崩さない。
「先輩――?」
「そういうことじゃないんだよね……あーもう、面倒だ!」
彼女は突然俺の顎を取った。そうして、至近距離に俺の顔を見る。
「え――……?」
「そんなに鈍いなら、教えてあげようか?」
彼女の青い瞳が半月の形を作る。
「私が本当に、君をただの友人として見てるのか。あるいは――」
彼女は指で俺の顎を撫でた。
「これからすることが、本当に友人同士のスキンシップなのか」
そう言って、彼女は俺に顔を近づけてくる。
至近距離に、唇が近づく。
そして――。
「ガルルルルルッ!!!」
そこでうなり声がした。振り返ると、新城さんが歯をむき出しにこちらを威嚇していた。
先輩の舌打ちが聞こえた。
「どうしたんですか新城さん」
「離れろ! 離れなさい!」
彼女は言って、俺と先輩の間に入る。
「公衆の面前で何をするつもりだったんですか!」
「何って、頬にキスしようとしてたんですよ。先輩は。ねぇ、先輩? 先輩は挨拶によくやりますよね」
「……そうだね……」
先輩は大きく息を吐く。何か落ち込むことでもあったんだろうか。
「いいから離れてください! 顎から手を離せ~!」
「はいはい。わかりましたよ~」
二人はそんな感じにじゃれつき始めた。俺はそれを見て苦笑する。
そこで、スマホが揺れるのを感じた。取り出して見てみる。そういえば、しばらく見ていなかった。そう思いながら視線を下げ、俺は眉を寄せた。
そこには、専務から何十件もの電話が届いていたからだ。
★★★
作者です。十二話はいかがだったでしょうか!
少々長めになってしまいましたが、キリも悪くなるので一話にまとめました! もう少しコンパクトに話をまとめられるようになりたいですね!
それでは、また次回お会いしましょう!
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